第2話 密入国

大陸中央に位置する大国カサン。

その遥か南方、切り立った山脈を超えた先にタラハと言う小国があった。


この国は周りが険しい山々に囲まれている為、北の国々との国交を持ち合わせておらず。

土地は痩せ、唯一交易を行っている南のダラバン帝国からはその国力の差から不利益な条約を結ばされ、国益が無常に吸い上げられている。


そんないつ消えてもおかしくはない貧国。

それがタラハと言う国だった。


「全く失礼な話だわ」


荒れ地の様な場所を歩きながら、以前の事を思い出して腹を立てる。

カサン王国を出る時の事だ。


「確かに息子の顔はお世辞にも美しいとは言えん。だが仮にも第二王子だ。なんとか我慢して貰えんか?」


カサン国王は、まるで私が顔だけで王子を嫌がっていると言わんばかりの言葉を投げかける。

確かにカンダダ王子が超絶美形だったなら、あるいは俺様男子として婚姻を受け入れていた可能性もあったかもしれない。


だが現実は不細工で、評判も性格も悪い。

しかも婚約発表の即日に部屋で私の事を押し倒そうとした、もはや獣以下の屑だった。


あんなのと結婚したら不幸になるのは目に見えている。

「お断りします!」そうきっぱりと断言して私は国を出た。


「ったく。国王だけなら兎も角、大神官様迄あんな事を言うなんて……」


国王に話を通した後、聖女の位を返す為に神殿に寄った時の話だ。


「人の美醜など皮一つの事。顔だけで――」


仮にも聖女と呼ばれた私が、顔だけで人の判断をするわけがないと言うのに。

ひょっとして、私って面食いだとでも思われていたのだろうか?

まあ否定はしないけど……誰だって不細工よりハンサムな方が良いに決まっているし。


「あら……」


国境?に当たる山間部を抜け、荒れ地を暫く進むと前方から騎士?――と言うには乗っている馬も装備も貧相――達が近づいて来るのが見えた。

タラハの旗を立てているので、この国の騎士で間違いないだろう。


私はその先頭の馬に乗る男性に目を奪われた。

意志の強そうな黒い瞳。

顔立ちは整っており、短髪で肌は少々浅黒い。

飛びぬけた美形という訳ではないが、その男性に何故か私は強く心惹かれた。


「僕達はタラハの騎士だが、お嬢さんはこんな所で何を?」


すぐ目の前まで近づいた所で、先頭の男性が馬から降りて声を掛けて来た。

勝手に越境しましたとは言えないので、私はこういう時用の嘘を口にする。


「山へ薬草を取りに行っていました」


私は背負っている大きなカバンを見せた。

実際は薬草など入っていないのだが、中を検めさせろと言われたら幻覚系の魔法を使ってやり過ごすつもりだ。


「一人でかい?」


「はい、私は魔導士ですので」


タラハ国に入るにあたり、最低限の知識は仕入れてある。

まあ国交がないのでかなり断片的な物ではあったが。


話によるとこの国では珍しい薬草が多くとれるらしく、それを求めた魔導師がこの国に住まうケースが多いらしい。

ダラバン経由のルートで買うと目玉が飛び出る様な価格になるそれらも、現地でなら比較的簡単に手に入れる事が出来るからだ。


「魔導士か……なら一人でこんな危険な所をうろついているのも頷ける。身分証を見せて貰ってもいいかな?」


「申し訳ありません。採集の為だけだったので、身分証は家に置いてきました」


魔導士が住み着くと言っても、無条件でこの国に入り薬草を採集する事が許されている訳では無い。

ちゃんと国の許可を貰い、その上で税――採取した薬草を一定量納める――事でタラハ王国での活動が許される。

当然彼らにはそれを示す身分証が与えられ、身に着ける事を義務付けられていた。


とは言え、世の中うっかりと言う事はある物だ。

私はそれを装う。


「ふむ、じゃあ名前と住所。それに登録番号を確認させて貰っていいかな?」


「あ、はい。名前はテラー・リア。住所はサクテルで……すいません、番号の方はちょっと……」


名前は偽名。

住所は実際にある――事前にタラハの地図は頭に叩き込んである――この付近の村を告げる。

番号に関しては覚えていないで大丈夫だろう。

一々そんな物を暗記する人間も少ない筈。


「サクテル……か」


男性の表情が変わる。

背後に控えていた騎士達もそうだ。

どうやら、何か失敗をやらかしてしまったらしい。


「サクテルは魔物の襲撃で、1週間程前に壊滅している。僕達が此処に来たのは、その魔物を退治するためだ」


「……」


壊滅したはずの街の住人が呑気に薬草取り。

流石に一週間以上山に籠っているというのは無理がある。


致命的なやらかしだった。


「悪いが、話を聞かせて貰うよ。素直に話してくれるのなら、悪いようにはしない」


一瞬魔法で蹴散らそうかとも考える。

だがそれは止めておいた。


彼らは魔物退治のため此処へとやって来ている。

つまりこの辺りには大型――村を壊滅させるレベル――の魔物がいると言う事だ。

一刻も早く退治が必要な状況下で、目の前の騎士達に怪我を負わせたりするのは避けたかったのだ。


「分かりました」


まあ力技は最後の手段にとっておこう。

こういう時の為に、ちゃんと作り話は用意してある。

それで切り抜けるとしよう。


「悪いが拘束させて貰うよ」


そう言うと、騎士の青年は革袋から魔法の手錠を取り出して私にかける。

これには魔法を阻害する効果が含まれていた。

使ったのは、私が魔導士を名乗ったからだろう。


……まあこの程度なら、魔力の放出だけで簡単に弾き飛ばせるので全く問題ないけど。


こうして私は彼らのベースキャンプへと連れていかれ、そこで尋問を受ける事となる。

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