第18話

「気分はどうだ?」


 重たい足取りで登校してから、教室に着くやいなや机におんぶ状態の俺に、何とも気楽にそう話しかけてくる人物は、昨日と変わらず俺の親友の春人。

 上から見下ろすように話しかけにやって来る春人と、彼を見上げる俺の構図は、昨日のそれと同じだった。


「最高に清々しいね。もう、どうにでもなれって感じで」

「そうか。とりあえず、お疲れ様とだけ言っておくわ」


 キリキリと歯ぎしりを立てて、俺はお気楽野郎を睨みつけた。

 俺のヘルプを聞いておきながら、我関せずを決め込んでいたのだから当然。しかも、困った時は助け舟を出してやると言っていたくせに、だ。


「そんな顔をするなよ。俺は三嶋にピッタリだと思うがな、奉仕委員は」


 開き直りでしかない裏切り野郎の、そんな一言。否、そんな他人事ひとごと

 誰が好き好んで、あんな面倒しかない委員に入るって言うんだよ。しかも、俺はただ巻き込まれただけだってのに。


「そんなことを言うなら、春人も入れ。いや、もう俺が強制的に仕事させる」

「まぁ、少しならいいけどさ。どうせ、お前みたいに部活やってる訳じゃないし」

「よし。じゃあ、今日の河川敷の清掃活動からな。時間は放課後の一時間だけだから、夕飯までにゲームする時間も確保できて、お前が困ることもなし」

「いやいや、待て待て。今日は流石に急すぎるだろ。しかも、清掃活動なんて」

「なんだよ。責任取る気あんのか?ぁあ?」

「なんで喧嘩腰なんだよ。そもそも俺に責任なんかねぇし」

「くそぉ、ちきしょぉ。春人のバカ野郎」

「何を言ってんだか……」


 呆れたように言いながらも、俺に付き合おうとしてくれる友人だった。


「……で、俺は今日の放課後を空けておけば、いい訳か?」

「……え?マジで一緒にやってくれるの?」

「まぁ、これといって予定もないし、どうせ付き合わされるんだろうし。少しお前が気の毒ってのもあるし」

「親友はやっぱり言うこと違うぜ」

「親友らしいことなんて、別に言ったつもりないんだけどな」


 俺は「流石だわ」と言って、春人に握手を求める。

 それにぎこちなく応じる友人。そして、もう片方の手で紙とペンを取り出す俺。


「なんだよ、それは」


 俺の取り出したルーズリーフと油性ボールペンを訝しむように、そう春人が聞いてくる。


「言質だけだと、言い逃れをされる可能性があるだろ?」

「なんだ?サインしろってか?……って、逃がさないために手を掴んだのかよ!握手かと思ったわ!」

「えっ、当たり前だろ?」

「サインなんかしねぇよ。どんだけ信用してねぇんだ。ちゃんと付き合ってやるから安心しろ!」


 俺の手を振り解かんと暴れる春人。やっと逃れた頃には、少し息を荒げていた。


「朝から、こんなに疲れるとは思ってなかったわ」

「本当に何してるんだか」

「お前の所為だろうが」

「でも、俺はまだ、お前を許したつもりはないからな」

「何をだよ」


 何をって。そんなの決まっているだろう。


「昨日の裏切りのことさ」

「裏切り……?なんだ、委員決めのときに、『お前が奉仕委員に相応しくない』とでも言って欲しかったのか?」


 本当にわかっていないのか、そんな間抜けなことを言い出す春人。

 俺は溜息を吐くと、焦らすことなく罪人に罪状を告げてやった。


「人の連絡先を勝手に教えるってのは、やっちゃいけないだろ」


 そう。俺が最も怒っていることは、委員決めの話し合いで俺の不信任を申し出てくれなかったことじゃない。というか、それには俺もとやかく言う気はないし。

 春人の犯した罪。それは人のプライバシーを侵したことだ。

 先日、俺が斎藤にやらかした罪と同じ。

 しかし、斎藤の時と違うのは、侵された本人が気にしているのかどうかだ。斎藤は気にしないどころか、俺にスマホを自ら見せてきた。

 が、俺の場合は気にしている上に、被害まで受けたのだから、怒って当たり前だろう。

 まぁ、春人とは長い付き合いだし、何を目的に『はるか』ちゃんに俺の連絡先を教えたのかも想像が付くから、結局許すことになるんだけどさ。


「どうして彼女に俺の連絡先を教えたんだ?」


 その問いかけに対して少し考える様に黙るも、心の中で吹っ切れたのか、友人は真剣な面持ちでこちらを向くと言い淀むことなく答えた。


「昔の関係に戻れるのかなって思ったからだよ。大体、察しは付いてるんだろ」

「……やっぱりか」

「何かあったのか?」


 昔の関係とは、『はるか』ちゃんが転校する前の関係の事だろう。三人でよく遊びまわっていたあの関係に戻れたら、とそう思ったわけだ。まぁ、高校生にもなれば、遊ぶというより気兼ねなく話せる関係と表現した方が適切か。

 けれども、だ。


「連絡先を知らなかったとて、俺は必要性を迫られて、『はるか』ちゃんと話すことになると思うというか、絶対そうなるというか」

「委員会が一緒だからな」

「いや、それだけじゃないんだよ」

「それはどういう……」

「部活さ」


 春人が、何を言っているんだと言いたげに首を傾げる。

 そりゃあ、そんな反応になるだろうさ。関係者たる俺でさえも、ソレを知ったのは一昨日だからな。


「俺の所属する地域調査部に『はるか』ちゃんも入っているんだよ」

「……マジか」

「マジだ」


 本当に、マジだ。


「でも、それなら逆に良かったんじゃないか?部活まで一緒なら、土日に活動することだってあるだろうし、家で作業しないといけないことも出てくるだろ?お互いの連絡先が分からないのは不便だと思うがな」

「まぁな」


 実際、俺は『はるか』ちゃんとアドレス交換すること自体は、仕方のないことだと割り切れてはいる。どうせ、近いうちに嫌々ながらも交換する羽目になっていただろうし、その件に関してはあまり問題はない。

 違うのだ。俺が問題視したいのはそこじゃないのだ。


「じゃあ、何が不満なんだ」

「時期……というか、この場合、順番と言った方がいいのか……」

「順番?なに、自分から聞きに行きたかったのか?」

「いや、それはない。というか、それだと今、お前に八つ当たりしてることになるだろ。そうじゃなくて……」


 「なら、なんなんだよ」と、じれったそうに言う春人。

 だが、それを言い出すには少し男として恥ずかしいというか、情けないというか。


「モジモジするなよ、気持ち悪いから。どうしたんだよ」

「気持ち悪いとか言うなよ。……………。……少しみみっちい部分を晒してもバカにしたりしないか?」

「聞いてみないと何とも言えない。が、少なくとも真剣な話だったら、笑ったりはしないぞ」

「どちらかと言うと、笑われた方がマシというか——」

「鬱陶しいなぁ、もう。そっちの方がみみっちいわ。男なら勇気出して言えよ。ほら、さんはい」


 煽るように、春人が目の前で手を叩く。

 「言うから、その鬱陶しいのをやめてくれ」と、俺は春人の手を押さえつけた。

 気持ちを落ち着ける様に深呼吸するも、それが既に溜息にしか聞こえない。

 ……って。あぁ、もう自分で自分がじれったく思えてきたわ。緊張する必要なんてあるかよ。相手は春人だ。少し情けない話をするぐらい気にするな。


「俺、斎藤に連絡先をまだ教えてなくて……さ。でも、やっぱりそういう大事なことと言うかプライベートなことは『はるか』ちゃんよりもやっぱり先に斎藤から教えるべきだろう?だからさ、その……」

「斎藤?」


 春人は、再度わからないと体現する様に、首を大きく傾けた。ついでに眉をひそめた辺り、全くもって話を把握できていないようだ。


「咲菜だよ。斎藤咲菜。『はるか』ちゃんの前の席の」

「どうして彼女の名前が挙がるんだ?彼女は関係ないだろ?」


 ……………………ん?

 え?あれ?

 俺はここで一つ、重大なことに気付いてしまった。


「俺、春人に斎藤とのこと言っていなかったんだっけ?」

「それを俺に聞かれてもわからないから」


 あぁ、そうか。

 部活設立の話をしたことはあったけれども、その経緯はあまり触れてなかったんだったな。

 ……待て。 

 『彼女にすら連絡先を聞けない俺』からの『情けない』という罵倒の流れを覚悟していたけれど。

 斎藤と付き合っていることをばらせば、『実は彼女いる俺』からの『マジかよ』という驚きと羨望の眼差しを向けられる流れに変換できるんじゃ?

 俺は少し自慢げに口角を上げる。それはもう、うざったらしい程に。


「俺、今彼女持ちだから」

「彼女自慢乙」

「驚くと思ったら煽ってきた!?」


 某有名動画サイトのコメント欄で、度々目にするようなネットスラングを口にする春人。

 俺の彼女できた宣言など気にも留めていない様子で、スマホを弄っていた。

 

「少しは興味を持ってくれたっていいだろうに。これでも、俺はお前のことを信用して話しているんだからさ」

「……………………」

「おい、春人。話聞いてんのか?」

「……………………」

「いくらゲーム以外に興味ないからって、スマホに集中しすぎだろ。そもそも、そんなにスクロールして何を調べてるんだよ」

「………………………………………………」

「おい、何を検索して——」


 俺がスマホ画面を覗こうと春人の肩を引き寄せると、やっとこちらが話しかけているのに気付いたのか、俺の方を気持ち悪いくらいに笑いかけてくる。


「……ん?あ、あぁ、聞いてるって。彼女が可愛すぎるって話だろ。うん、幸せになれよ。俺は一人でもゲームで楽しめるから、大丈夫だから。大丈夫だから。大丈夫だから……」


 どうにも、大丈夫ではなさそうだった。

 見ると、スマホ画面はとうにボトムまで下がり切っているというのに、スクロールを継続している。 

 検索内容は『三嶋の彼女』。そんなの調べても出てこねぇだろ。


「おい、こっち見ろ、こっち」

「見てるって」

「目が泳いでんだよ。何をそんなに動揺してやがる。俺が彼女を作ったのが、それ程あり得ないってか?」

「え?あぁ……って、痛ッ!!」


 俺はバチンと、気持ちの良いビンタを喰らわせてやった。


「何すんだよ!」

「お前が茫然自失としていたから正気を戻してやっただけだ」

「……………。そうか……」

「飲み物でも買いに行くか?」

「……そうだな」


 俺たちは席を立つと、自販機のある食堂棟までおもむろに歩いて行くのだった。

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