第13話

「今日の放課後までに、各自どの委員にするか決めておくように。それじゃあ、朝のHRは終わりにするぞ」


 担任のその一言で、ホームルームが幕引きとなる。

 俺は眠たい顔を無理矢理持ち上げて、背もたれに寄りかかる様に座りなおした。

 背もたれに収まりきらなかった頭が、だらんと垂れ下がる。その上からひょこんと、春人が顔を覗かせてきた。


「いつにも増して上機嫌だな」

「これが上機嫌に見えるか?」

「いいや。お前のことじゃない」


 そう言って友人が指差すのは、斎藤と『はるか』ちゃんが談笑している光景。正確には、ちょっと反応に困って戸惑っているような斎藤と、その反応を面白がるように笑う『はるか』ちゃんの二人だが。

 昨日の雰囲気はどこへ行ったのやら。あんなに重々しかったのに、一体何があったんだよ。


「はぁぁ……」

「まぁ、頑張れ」


 そんな他人事の頑張れはやめてくれ。親友なら、もう少しあるだろ。

 ほら、アニメやマンガでよく見るアレ。「お疲れ」とか「ファイト」とか、美少女が屈みながら声を掛けてくれるシーン。

 

「声に漏れてんぞ。そもそも男同士のやり取りから、そんな妄想をするな」

「なんだよぉ。冷たいなぁ、春人は」

「なんで俺の方が異常みたいな言い方なんだよ」


 遺憾だと言いたげに、あからさまに不服そうな表情を浮かべる春人。俺は傾けていた椅子を元に戻すと、彼の胸にグーパンをかます。


「なんだ?」

「安心しろよ、親友。俺はお前が周囲から、『異常』扱いされようが気にしないから」

「……………………。……………………。…………そうか」

「引いて答えるな。乗れよ!乗って来いよ!!」

「元気になったようで、何よりだ」


 面倒そうにあしらうこの男が、昨日競り合いを共演した奴と同一人物とは思えない。ゲームが絡まなくなった瞬間にコレか。ゲームに執着しすぎだろ。

 

「(まぁ、いつも通りといえば、いつも通りなんだが)」


 なんて納得しちゃうから、あしらわれるんだろうが。気にしない俺、いい奴すぎるね。うんうん、悪徳商売に引っかからない様に気をつけよう。


「だから、声に出てんだよ。それと、自画自賛を無意識にするのはやめろ。自惚れ感が半端ない」

「いいだろ。ネタでやってんだよ」


 言わせておけば、と俺が突っ込む。というか、完全に狙って『無意識に口にしてた風』を装ってたんだよ。まったくもって自惚れちゃいない。

 それはそれとして。


「で、お前の用件はなんだよ」


 言うと、春人は何かを誤魔化すように目を逸らした。


「いや、一応俺もお前を利用したっていうか、利用しようとしたのは確かだからな。罪滅ぼし的に、お前の要望を聞いておこうかと」

「……罪?お前、何か俺に後ろめたいことでもしたのか?」

「いや、さ……。ほ、ほら、悠からゲームを貰って、先にプレイしちゃったりしただろ……」

「結局、プレイしたのかよ」


 とは言いつつも、もはや大して気にしてはいなかった。

 ゲームの先行プレイは、俺達の間では普段からよくあることなのだ。

 そんなことは今更であって、こいつが罪滅ぼしを望む程の問題ある行動には思えない。


「(……いや、待て。つまり、日常茶飯事のあの出来事の話をわざわざ持ち出してきた上に、あろうことか謝罪までしたいと?)」


 俺にそんな謙虚な友人はいるだろうか。いや、いないだr……待てよ、一人いるな。

 純粋無垢で人のことを疑うことをしなさそうな女子が。彼女の場合、そもそも『しでかす』ことをめったにしないんだが。

 先程とは逆に、俺から覗き込むような姿勢をとって、伺うような問いをぶつけた。


「……本当に、それだけか?」

「……………………。まぁ、そんなところ……だな」


 どうやら、それだけではないらしい。


「……そうか。深くは聞かないでおいてやるから、次はやめろよ」

「善処する」

「困ったときは言うからな」

「あぁ、任せときな。一人分くらいの舟は出してやるさ」

「今回は、最後まで味方でいてくれる訳だ」

「いつもは敵対しているみたいに言うなよ」


 敵対せずとも、『してやったり』は狙っているだろ。お互いにだが。


「いいや、いつも裏切ると言っているのさ」

「誰が裏切るって――」

「否定できるか?」

「部分否定ならできるぞ」


 それを聞いて、「どうだか」と鼻で笑う。「うるせぇ」とだけ返す春人。

 俺が姿勢を戻すと、お互い背中合わせの体勢になった。

 二人してスマホを弄りながら押し黙る。

 その沈黙を先に破ったのは、春人の方だった。


「なぁ、結局のところ、三嶋は何の委員会にするんだ?」


 ようやく、春人が俺に話しかけてきた本題を口にした。


「特に決めてないけど、前にも言った通り、楽なのがいいかな」

「悠ちゃんと一緒じゃなくていいのか?」

「やっぱり、お前はその話を知った上で、『はるか』ちゃんに協力したんだな」

「まぁな。でも、俺はお前に助力したつもりでもあったんだが」

「どういうことだよ」

「だって、お前、彼女のこと——」


 春人の口から「好き」というワードが出た時点で、俺は思った。


 こいつは一体全体、何を口走ってんだ?

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