第12話

 先程まで騒いでいたアーケード街から所変わって、俺たちが今いる場所はショッピングモールのフードコート。

 リストにあった粗方の買い物を済ませて、たこ焼きを頬張りながら、会話を楽しんでいた。

 と言っても、会話の進行は基本的に俺と『はるか』ちゃんの二人なのだが。


「というか、今日は休校日だって、途中で気付かなかったの?」

「いいや、全く。気付く要素なんてそこら中に散らばっていたのに、一切その考えが思い浮かばなかったよ」

「大分鈍いね。おかげで作戦BとCを決行せずに済んだから、こっちとしてはラッキーだったけど」

「作戦BとCって……。いったい、いくつまで作戦練ってたの?」

「F」


 さも当然のように、たかがクラスメイトを部活の買い出しに誘うだけで、六つも作戦を立てていたことを自白する策略家。その行動力だけは、本当に尊敬するわ。


「それに登校してた時から、結構盛り上がっていたしな。今思えば、アレがあいつの作戦だった訳だ」


 普段なら競走なんて、例え演技でも春人あいつがやる訳がなかった。


「何の話で盛り上がっていたのか、少し気になるね」


 話というより、ママチャリレースで盛り上がってただけだけどな。

 取り上げて言うことでもないから、わざわざ話題にしたりはしないが。

 代わりに、今朝方、春人が言っていた話を持ち出した。


「委員会決めの話だよ。明日の放課後に決めるって言ってたじゃん?それでどの委員にするかって話をしてた」

「へぇ、意外だね。てっきり、ゲーム関連の話で盛り上がっていたのかと」

「まぁ、いつも同じ話題を持ち出しても飽きるしね」

「ふーん」

「何かな?」

「いいや、何でも」

「そうかい」

「で、本当のところは?」

「今までの会話のどこを切り取ってそう聞いているのか、お尋ねしても?」

「春人君と何の話で盛り上がっていたのかってとこだよ。聞かなくてもわかるくせに」

「嘘偽りなく、委員会の話をしていたんだって。疑う余地がどこにあるって言うんだ」

「普段からは考えられないからさ。春人君と話しているときって、八割方ゲームの話題でしょ?」

「中学二年くらいまではそうだったけど、最近は結構世間話すること多いよ。そこまで努力は要らなかったとはいえ、一応高校受験の勉強もあったしね。むしろ、最近は真面目な話でしか盛り上がれないまであるな」

「そっかぁ。それはお気の毒に」

「あの……、バレバレなのに見栄を張り続ける痛い奴を見るような視線、やめてもらえませんかね?」

「え、違うの?」

「春人はともかく、俺はそこまでゲームに浸かってないから……って、斎藤?」

 

 斎藤が羨ましそうに、俺と『はるか』ちゃんを見つめている。

 俺の視線に気付くと、彼女は何を思ったのか、残りのたこ焼きをがっつく様に頬張った。

 口元に付いたソースや青のりを紙のおしぼりで拭き取り、それを丁寧に畳んでから、


「何でもないわよ」 

「いやいやいや、誤魔化せてないから」

「誤魔化す気なんてないわよ」

「無目的で食べ尽くされたら、それはそれで嫌だわ」

「それは……仕方ないでしょ」


 ここまで強情になっている斎藤を初めて見た気がした。

 心なしか、彼女の表情が険しいものになっている気がする。

 再度誤魔化すように、「そろそろ出ましょう」と言い出す斎藤。それに「了解」とだけ返す『はるか』ちゃん。

 あれ、いいのか?斎藤から若干不機嫌さが垣間見えているのを放置して。

 

「斎藤、やっぱりどうしたんだ?いつも無表情なのに、今は若干怖いz――」


 言い終える前にゴスッという音とともに、俺の後頭部が打撃を受けた。

 慌てた様子の『はるか』ちゃんが、手持ちの鞄で俺を殴ったようだ。

 

『ちょっと、君はどうしてそう考え無しに質問するかなぁ。怖い顔している人に、「あなた、怖い顔していますよ」なんて言ってどうするのさ。あと、いつも無表情は余計』

『た、たしかに……』


 囁き声でやり取りする俺たち。それまた不服そうに凝視する斎藤。


『はるかちゃんは、斎藤が不満そうにしている理由はわかっているの?』

『わかっていなかったら、「了解」なんて言って流すはずがないでしょ』

『なら、俺に教えてよ』

『嫌だね』

『じゃあ、斎藤に直接聞くしか方法ないじゃん』

『……って、え、いや、ちょっと待っ――』


 『はるか』ちゃんが止めるのを無視して、俺は知識欲を隠すことなく口にした。


「なぁ、斎藤。お前が不満そうにしているのって理由あるのか……って、痛いな」


 俺の質問を『はるか』ちゃんが止める間はなかった。というより、俺が与えなかった。

 即断即決は即行動を伴わなければ意味がないと言い張る著名人も、仰天する程の素早さだったと思うね。そんな著名人知らないけど。

 え、なに?それは単に、考え無しの安直行為なだけだって?ふっ、そんなこと俺が一番理解しているに決まっているじゃないか。

 現に今、『はるか』ちゃんに頬を抓られているし。やべ、腫れて赤くなったら、女子二人を前にして緊張している非モテ男子みたいで恥ずかしッ。

 そんなことはさておき、抓られたおかげではっきりとわかったこともある。頬は痛いが、心の方は痛まずに済みそうであることに。

 いや、ね。俺だって想像ぐらいしたさ。

 実は斎藤が『はるか』ちゃんに、やきもちを妬いているんじゃないかなってね。

 だが、しかし。それが真実ならば、斎藤の心情を把握済みと豪語する『はるか』ちゃん本人から、俺を抓るような行為は控えるはずだ。つまり、斎藤が不満になっているのは、別事象に対して。

 と、本人が「別に」と口にする。『話す決心が付いた』というよりも、『開き直った』に近いだろうか。どちらにせよ、話してくれるだけ俺には嬉しいが。

 

「私は、あなたたちに怒っている訳じゃないのよ。ただ……」

「ただ?」


 俺の先を促すような復唱に、彼女は一呼吸おいてぼそぼそと口を開いた。


「今日のこれも青春の一つなのかなと思って、つい……」

「あぁ、そういう……」


 ことか、と俺は呟く。

 彼女の楽しみは自身だけでは完結しない。俺たちと楽しめてやっと、いや俺たちを楽しませられてやっと、彼女にとって納得のできる青春の想い出が作れるのだから。


 つまるところ。

 俺は楽しければそれでいい。植物園でそのスタンスを考え直したとはいえ、それは変わらない。

 ただ、その『楽しい』に相手を楽しませることも含めてみるよ、と斎藤に宣言した分、昔ほどは自分勝手な楽しみ方をする気はないが。

 けれども、斎藤は自分が相手を楽しませられなければ、気が済まない——否、そうでないと不安になるのだ。

 『はるか』ちゃんが言っていた、『咲菜は強情だから』の言葉の意味。

 それはこのことかと、斎藤の面倒な部分を再確認した。

 と、『はるか』ちゃんが刺々しい視線を送ってくる。まるで、黙り込む俺に説教でもくれてやろうかと言わんばかりの鋭さを誇っていた。


「確かに、強情だね」 

「理解が遅いよ」

「そう言われてもね」

「まぁ、気付いただけいっか」


 仰る通りで。


「ほら、咲菜。もっとシャキッとして。そんなに落ち込むことじゃないでしょ?」

「……そう、ね」


 斎藤の歯切れの悪い言葉に、『はるか』ちゃんが溜息を吐く。

 斎藤の肩を掴みながら、「しっかりしてよね」と本音が漏れる。


「そんなだから、いつまで経っても私以外に笑顔を振りまけないのよ」

「女性の誰もが持っている最大の武器を、安売りする様に言うんじゃない。千円の商品に付いてくる福袋以上に、安物感出るよ」

「でも、この子笑うとすっごく可愛いからさ。そこらのアイドルなんか、軽く捻り潰せちゃうぐらい愛らしいんだから」

「知ってるよ」


 斎藤の後ろに回り込み、彼女の頬をにぎにぎと摘まむ『はるか』ちゃんのセリフを、俺は軽く肯定する。

 その軽さになのか、俺が肯定したこと自体になのか、はたまたその両方になのかはわからないが、『はるか』ちゃんはアイコンタクトを図るときでさえ不必要な程に、瞼を上下させていた。


「驚くほどのことでもないでしょ?」

「君と咲菜の関係って、もっと薄いものなのかと思っていたんだけれど、案外そうでもないみたいだね」

「そりゃ、どうも」


 まぁ、斎藤の強情さに気付いたのは、つい先程なんですけどね。


「俺からすれば、『はるか』ちゃんたちの方が予想外だったよ。昔からの付き合いって、結構いいよな」

「私にとっては、君も昔からの付き合いのつもりなんだけど?」

「……いや、それは……そうだね。でも、今はそういう関係じゃないしさ」

「……そう……だね」

「だからさ、斎藤とはずっと友達なのが、俺からすれば……って、どうしたの?」


 突如として、二人の雰囲気が変わるのを感じ取って、俺はもう一度彼女らに尋ねた。


「……どうしたの?二人とも」


 何か地雷を踏んだのだろうか。しかし、思い当たることはない。

 すると。


「一応、君には伝えておくけどさ」


 珍しく前置きを入れる彼女。さては重要なことなのだろうと、覚悟する。


「私と咲菜は友達じゃないよ」

「……へ?」


 予想外な内容に、俺は自分の耳を疑った。

 当の本人がいる前で、私たち友達ではないよ宣言。

 『私たち、お友達よね?』っていう脅迫染みたセリフなら聞いたことあるけど、逆は珍しいな。


「それ、どういう意味?」

「そのままの意味だよ」


 笑いごとで済ませていい問題なのかの確認も兼ねて、そう問うも、表情を変えることなく言い切る『はるか』ちゃんに、俺は戸惑いを隠せない。


「え、でも仲が良いってさっき……」

「言ったね」


 自分たちの仲の良さは認めるくせに、私たちは友達じゃありませんって、一体どういうことだよ。


「斎藤、説明してもらってもいいか?」

「えぇっと……その……」

「まぁ、そういう反応になるよな」


 少し悲し気な斎藤の表情。冗談の受容体が不足している彼女のことだ。本気で信じてしまったのだろう。


「大丈夫だ、斎藤。きっと冗談だ——」

「私は本気だから」

「……え?」


 冗談を言って引っ込みが付かなくなったのか、『はるか』ちゃんはあくまで、「私と咲菜は友達じゃない」と言い張るつもりらしい。

 何をそんな強情になっているのやら。これでは、斎藤のことを『強情者』だなんて言えないぞ。

 ここは、俺が一肌脱いで二人の間の蟠りを——


「ま、この話はここで終わりにしとこ。決着が付かないことは知っているから」

「……そうね。今この場で話すべきことではない……ものね」


 ――解消する必要はないようでした。

 え?あれ?俺の出る幕はない感じ?

 二人して殺気立つことはなく、流すようにして場を収めていた。

 『はるか』ちゃんは、時間の確認をしたかったのかスマホ画面をチラ見すると、何事もなかったかのように歩き出す。

 その一方で。

 斎藤は一歩踏み出すも、そこで立ち止まっていた。

 

「でも、悠。私はずっと、あなたを友達だと言っていたけれ——」

「それはもういいよ!」


 振り返りながら、そう叫ぶ『はるか』ちゃん。顔を伏せていて、表情がわからなかった。

 顔を上げた時には、既にいつもの笑顔に戻っていた。


「今日はここで終わりにしておこうよ」

「……そ、そうね」


 『はるか』ちゃんの言葉が、本当の終止符になったようだ。

 彼女らは「付き合わせてごめん」と俺に謝罪を入れると、ホームに向かって一緒に歩き始める。

 様子は、明らかにおかしかった。

 『はるか』ちゃんから話しかけることも、それに戸惑いながらも斎藤が返答することもない。

 喧嘩中の夫婦のような、『嫌だけど仕方ないから一緒にいる』感を受ける。

 衝突をした後だから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。

 二人して顔を合わせようとはせず、一定の距離を保ったまま徐に歩み去って行く姿が少し切なく見えた。

 すると、


「あ、そうだ」


 言い残したことでもあるのか、『はるか』ちゃんが俺に近づいてきた。


「どうしたの?」

「ねぇ、明日の委員決めの時、裏切らないでね。私は奉仕委員だから」

「え?いや、何のことだy……って、ちょっと待って」


 「自分で考えて」とだけ言い残して去って行くのは、流石に酷いと思うんですがね。

 そんな俺の気持ちなどお構いなしに、彼女は去って行ってしまった。

 もはや彼女らの問題以上に、明日の自分が心配になっている俺だった。

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