幕間 その1

 【悠】


 今日は夏日。雲一つない青空は、お出かけ日和と呼ぶにふさわしい。

 ゴールデンウイークが過ぎて、少し退屈な時期の土日にこの天気は、最高に気分が良くなる。

 

「(今日は張り切っていこう!)」

 

 私は心の中で、自分自身に発破をかけた。

 なぜって?それは……。


『おはよう。わざわざ俺の最寄駅の集合にして悪いな』

『いえ、私も別に遠くはないから大丈夫よ』


 咲菜の尾行という大役があるからである。

 私は昨日の放課後、咲菜から直接今日にデートがあることを聞き出していた。


「(まぁ、その時に少し喧嘩みたいにもなっちゃったんだけど……。でも、あれは咲菜が私のことを友達呼びするからだし!)」


 私は友達呼びされるのが好きじゃない。最近だと、やたら男子から「友達だから話をしてよ」と声を掛けられるのも相まって、一層腹立たしく思えるようになってきた。

 そして、それ以上に咲菜から友達と呼ばれることは嫌だった。

 ただ、どうして『友達』呼びの話になったのか、すぐには思い出せなかった。

 私は考え込むように眼を瞑ると、昨日のやり取りを思い返した。


   *


『咲菜、今週末、一緒にデートに行かない?』


 私は帰りのホームルームを迎えて人がまばらになった教室で、部室へ行こうとする咲菜を引き留めるようにそう声を掛けた。


『ごめんなさい。明日は他に約束があるし、部の備品を購入しに行かないといけないの』

『備品の購入?』

『そうよ。悠も行く?』

『当たり前じゃん。でも、明日の約束は誰と?陽菜乃なら、私も一緒に行きたいんだけど』

『地域調査部の人よ』


 その言葉に、私は一瞬唖然とするも。


『誰それ!?男子?女子?』


 それ以上に好奇心の方が勝ってしまって、口を滑らせるようにそう言葉を吐いていた。


『男子だけど……』

『本当に誘ったんだ!?』

『あなたから言い出したんでしょ?』

『そうなんだけどさ……』


 彼女から新しく部を立ち上げたいと聞いたとき、男子でも誘ったらどうか、と『青春』に対してのアドバイスとして言ったのは覚えているが、まさか本当に行動を起こしてしまうとは思わなかった。

 しかし、もう起きてしまったのだから、今から取り消すこともできない訳で。

 もはや、興味は別のことに移っていた。


『で、どんな子なの?』


 咲菜の可愛らしさに気付いた見所のある野郎は誰なのかと、私は探りたくなった。


『えぇ……っと、そう言われると困るのだけれど……』

『いいじゃん。勿体ぶらずにさ、ほら話してみなって!』

『どうしてそこまで聞いてくるのよ』

『私たちの仲じゃん?それに部員なら知っておくべきでしょ?』


 その言葉に嫌そうな顔をする咲菜。

 自分の発言がマズかったと気が付くのは、彼女の表情を見てからだった。


『そうね。私たちは友達だものね』

『いや、友達って……』

『あっ、……ごめんなさい』


 咲菜は、私が『友達』と呼ばれるのが嫌なことを知っている。

 だからこそ、咲菜は言葉の選択を間違えたとでも思って、誤魔化そうとしたのだろう。


『その……、私はもう部室に行くから』


 咲菜は逃げるように行ってしまった。

 私たちの関係のことで、咲菜とは何度もぶつかってきた。

 けれど、彼女と出会った当初ならまだしも、高校生となった今は気にするべきじゃないと考えている。否、考えようとしている。

 話題にさえしなければいいのだ。今の関係で私は満足なのだから。


   *


 思い返して、少し不機嫌になる。

 いつまで過去を引きずっているのかと自分が情けなく思えるのも、その悪感情を助長させてしまっている要因だった。


「(……って、いつまでへこんでいるのよ、私は。今日はそれどころじゃないでしょ!今日の私には使命があるんだから!)」

 

 私は物思いに耽りたい気持ちを一旦頭の隅に追いやって、咲菜と相手方の後ろ姿を確認する。

 見覚えのある後ろ姿に、同じ二年二組の生徒なのだと理解した。


「(それにしても、一向にこっちを向いてくれないから、誰か判断できないんだけど。こうなったら……)」


 もう私から動くしかないと決断する。

 垣根の裏を離れて、ベンチに座る二人の顔を確認できるような位置へ、移動しようと――


 ――動き出したその時だった。


 私は、咲菜の隣で立って歩き始める彼の横顔を、はっきりと確認した。その懐かしさも感じさせるクラスメイトの横顔を。


「い、いや、どうしてあの子、みっくんと!?」


 気付けば、そう吃驚の声を漏らしていた。

 そして、その驚愕の事実から立ち直った私は。

 予定していた尾行プランの練り直しを即座に図る――否、謀るのだった。




 *




 作者より。(追記)

 『陽菜乃』さんは、まだここまでの話にも出てきていない方です。

 この後、ちょくちょく出てくる名前に『佐久間さん』という方がいらっしゃって、その方の名前が『陽菜乃』なのです。

 彼女は悠ちゃんと咲菜の共通の友人です。

 しかし、彼女と主人公の絡みが増えてくるのはまだまだ先になります。

 それまでお付き合いいただけたら、幸いです。

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