第23話


 実力テストは問題なく終わった。

 一週間後に結果が返されたのだが、夏休みの受験勉強の成果が出たのか、成績は上々だった。

 放課後になると、こだまは期末テストの時と同じように、嬉しそうな顔を浮かべてやってきた。

「みゆきちゃん。私は何位でしょう」

 彼女は少し興奮しているようだった。前回よりはいいのは明らかだから、なんとなく素数に狙いを絞ってみた。

「二十九位……とか?」

「惜しい!正解は二十一位でした!」

「すごいじゃない」

「へへん。みゆきちゃんとの夏の特訓の成果が出たのですよ」

 こだまは得意そうに胸を張る。

 その遠慮がちな膨らみに思わず目を奪われていると、後ろから暗い声がした。

「あ、あか、あか……」

「ついに来たか……ちっと遊びすぎたかな」

 ――西尾さんたちだ。

 ちなみに私の高校の赤点は平均点の半分だ。定期テストで赤点を取ると……まあ詳しくは知らないが、それ相応の処置が施されるらしい。実力テストは成績とは関係がないので、最初から捨てている者もいるが、実際赤点を取ると結構ショックだろう。

「大丈夫。レッドポイント・ガールとか、むしろかっこいいよ」

「こだま、あまりフォローになってない気がするわ」

 好意的に直訳すると赤点女子。

 二人は銃弾を胸に浴びたようなポーズをした。そして元気そうな見た目とは裏腹のしゃがれた声で聞く。

「こだまちんは、どうだったのん」

「私はね~えへへ」

 そして個票をちらりと見せた。

「ま、まじ?」

「こだまちん、うちらより成績いいのは知ってたけど……まさかこれほどとは」

 二人は一緒に戦った戦友を亡くした、というように泣く真似をする。

「夏休み、みゆきちゃんと一緒に勉強したんだよ」

 そう言いながら、彼女は、私の左手首を優しく掴んだ。何気ない行動だったと思う。


 驚いてしまった。どうして彼女が私に触れるのか、すぐには理解できなかった。そしてすぐスキンシップの一環だと自分に言い聞かせたのだが、私の心臓は単純すぎた。

 ――彼女の手に触れるのはとても久しぶりな気がする。

 優しくて、繊細で、温かい。細く小さなその手からは、彼女の温もりが伝わってくる。私はそれで彼女に触れた時のことを思い出した。

 ……もしかしたら、「あの日」以来初めてなんじゃないか。

 それに気づいて思わずこだまの方を見ると、彼女もこちらを向いて、大きな瞳と視線が一致する結果となった。

 

 一秒にも満たない沈黙だっただろう。


 こだまは小さく「ごめんね」と言って手を振りほどいた。左手が宙ぶらりんとなって元の位置に戻る。彼女の手無しにまだ私の体についているのが不思議だった。

 西尾さんたちはそれには気付かず「部活でまた絵里にいじられるわ」と言ってげんなりしているのだが、私はその会話が頭に入らなかった。ただ、彼女の、何かを思い出したような目が悲しかった。

 今日が金曜日で本当に良かったと思う。今日一緒に帰るのは気まずいだろうから。

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