第25話 Examination

梅ヶ丘の駅前でたおれてしまった蘭堂友梨佳らんどうゆりかの手当てを手伝うため、一度家に戻った妹は、「くわしい話は後で聞きます」と俺に言い残すと、再び外出した。


回復した蘭堂友梨佳らんどうゆりか帰宅きたくさせるため駅までった俺には、もう一つの心配事が残っていた。


彼女と妹がクラスメートである事が分かった以上、この問題は妹と無関係という訳にはいかない。


美野里みのりが俺に説明を要求するのは、ある意味当然と言える。


くわしい話か・・・今日の事を一体何て説明すればいいんだ?』


いくら妹であっても、さすがにキスの事まで話すのは危険な気がする。


しかし蘭堂友梨佳らんどうゆりかと付き合う事になった件については、かくしておくわけにはいかないだろう。


そして夜になって帰宅した妹は、着替えもしないまま俺の部屋に入って来た。


「さて、それではどうして兄さんと蘭堂らんどうさんが知り合いなのか教えてもらいましょうか。」


床に正座させられた俺の目の前に立った美野里みのりは、検察官けんさつかんさながらの口調で取り調べを開始する。


俺は蘭堂友梨佳らんどうゆりかとの偶然の出会いから今日までの事を妹に説明した。


俺の話を一通り聞いた妹は尋問じんもんを続ける。


「確認しますけど、兄さんは蘭堂らんどうさんに対して彼女にするって認めてしまったんですね?」


「俺はそんなつもりは全然無かったんだけど、事情があって、そうせざるを得なかったんだ。」


「事情?どうせ彼女にもうアタックされて、断り切れなかっただけじゃないんですか?」


「み、見てたのか?」


「・・・そんな訳ないでしょう。本当に分かりやすい人ですね、兄さんって。」


「だけどその時は蘭堂らんどうさんに無理やり抱きつかれてしまって、俺が付き合うと言うまで離れないって言うからさ・・・」


俺の言い訳を聞いた妹の目が一層厳いっそうきびしくなる。


「お人好しもそこまで行けば天然記念物てんねんきねんぶつものですね。いいですか、それがあの女の手なんです。そんなの力ずくで退ければいいだけの話じゃないですか?」


「女の子相手に、そんな事して大丈夫なのか?」


「兄さんの事だから、相手を傷付けたくないとか考えていたんでしょうが、大体兄さんは、相手を傷付けないで女を振る事が出来ると本当に思っているんですか?」


俺は昔から口喧嘩くちげんかで妹に勝てたためしが無かった。


今回も妹に完全に論破ろんぱされてしまった俺は返す言葉を失ってしまう。


「まあいいです。起こってしまった事は仕方ありません。それで兄さんは蘭堂らんどうさんの正体を知った上で、付き合う事にしたんですか?」


「正体?どういう意味だ?」


美野里みのりは大きくため息をつくと、話を続ける。


「やはりそうですか・・・では質問を変えます。兄さんは蘭堂らんどうさんの事をどんな人だと思いますか?」


「どんな人?そうだな・・・純粋じゅんすい一途いちずな人かな。」


「良く言えばそうです。でも、もし兄さんが蘭堂らんどうさんを振ったら、彼女は兄さんに付きまとうか化けて出ますよ。」


「そうなのか?」


「大体、兄さんは女子に免疫めんえきが無さすぎです。私のような特別に性格がいい女の子ばかりではないんですよ。特にああいう恋もろくにした事も無いような女が恋をした時ほど危ないものはないんです。あの手の女は、付き合ったら直ぐに婚約とか言い出すタイプですから。兄さんは彼女と婚約しても構わないんですね?」


「婚約って・・・お前、良くそこまで断言できるな。」


「そんなの常識ですよ。相手が仕掛しかけたわなに簡単に引っ掛かる兄さんが悪いんです。兄さんが蘭堂らんどうさんと付き合う事を認めてしまった事で、兄さんは蘭堂らんどうさんに地位を与えてしまったんです。」


「地位?」


「兄さんの彼女という特権的地位とっけんてきちいです。その地位を得た蘭堂らんどうさんは兄さんに近付く女を排除はいじょする権益けんえきを手に入れました。蘭堂らんどうさんは間違いなく兄さんに近付こうとする女を片っ端から排除はいじょしようとするでしょう。私の男に手を出すなという事です。蘭堂らんどうさんの性格を考えれば、彼女は遠慮えんりょなく徹底的てっていてき権益けんえき行使こうしするはずです。これから兄さんは間違いなく苦労するでしょうね。兄さんが可愛い子猫だと思って拾ったのは、実は人食いトラだったって事です。」


「つまりお前は、俺が蘭堂らんどうさんと付き合う事に反対なのか?」


「別に・・・兄さんが誰と付き合おうが兄さんの自由ですし、そこまで干渉かんしょうするつもりはありませんよ。」


美野里みのりは一旦言葉を切ると、スッと目を細め、言葉を突き刺す。


「それとも兄さんは私が蘭堂らんどうさんと付き合うのをやめて欲しいと言ったら、やめてくれるんですか?」


「いや、それは・・・お前、もしかして怒ってる?」


「怒ってません」


自分は怒っていないと言い張る美野里みのりの顔はかつてなく怖かった。


俺は妹と喧嘩けんかをした時に妹が激怒げきどした顔は何度か見た事があったが、今の美野里みのりの表情は、それとは別の物だ。


何かをかくし、苦痛くつうえているような、そんな表情をしている。


「私は妹ですからね。そんな権利が無い事ぐらい分かっているんです。」


その日をさかいに、妹が俺の部屋で寝る事はピタリと無くなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る