第24話 クーデター

 ラスラとイオの考えは早い段階からまとまっていた。

 打倒戒めの民をかかげるトハーンの考えを知った時から、どうにかできないものかと折に触れては二人で話し合ってきたからだ。

 いくら強固な盾の中にいるとしても、外から弓の弦を引きしぼられて平気なわけがない。

 戒めの民の里は結界に守られているが、かといってトハーンからの攻撃を放っておくわけにはいかなかった。

 村を守れるのは、村の外にいる自分たちしかいない。


 だが、気持ちはあってもどうすればいいかが分からなかった。うまく立ち回るには、二人はまだ幼すぎたのだ。


 しかし星の主は、二人にチャンスを与えた。


 王は広場の中ほどにある、石組の祭壇の上に立った。六人の警備に囲われた王はトハーンの片端から集めた新人兵に向かって長い演説を始めた。

 王の脇に控えた記録係がその演説を一字一句逃さず書きとめたので、ここではその詳細を省くことにしよう。

 王は有望な若者たちに、かつて戒めの民がいかに悪行に手を染め、先人たちがどれほど勇ましくそれらを退けたかを語った。


「今我らトハーンは大いなる危機にひんしている!」


 王は背を曲げながらも、堂々と叫んだ。


「近日、大いなるトハーンの目と鼻の先で戒めの民が現れた!それを発見した我らが勇敢なる兵はかの斥候を捕らえようとして名誉の負傷を得たのだ!そして本日、忌々しき毒の血は町に攻め入った!諸君らの何人かは、その姿を目でとらえた者もいよう」


 王はざわめきが去るのを待つためにしばし口を閉ざした。


「我らは今一度、武器を手に取り戦わねばならぬ!かつての英雄がなした偉業を、そしてなしえなかった悲願を果たさねばならぬ!戦士たちよ!これは聖戦である!我らがトハーンを守り抜き、戒めの民を一人でも多く狩り尽くし、二度とこの地を踏むことのないよう滅ぼすのだ!」


 広場はシンと静まり返った。


 若者たちの多くは本当に戒めの民がトハーンを攻めるのかと疑っており、通りを蹴散らして行った戒めの民を実際に見た者たちでさえ、王の言葉をうのみにするのをためらったのだ。

 王の支持はそこまで下がっていた。

 それでも誰一人異論を唱えなかったのは、王の立つ祭壇のすぐ後ろに首吊台が立っていたからだ。

 朝日に照らされた処刑器具は不気味にたたずみ、静かに次の獲物を待っていた。


 いや。


「だまされるな、みんな!」


 首吊り台を飛び越え、そう声を張り上げる者がいた。

 すばやく祭壇に駆け上がったシュトシュノは、吹き矢を二人の警備の鎧の継ぎ目に突き立て、王と対峙する。


「俺たちの本当の敵はだれだ!俺たちから大事なものを奪ったのはだれだ!王のほら話に付き合って、共に生きる隣人を追い立てるのか!目を覚ませ!」

「あの謀反者を捕らえろ!」


 王の怒り狂っただみ声に、二種類の反応があった。


 一つは警備隊だ。鱗を逆立て、王に今にも襲いかからんとしている命知らずの若者を捕らえようとした。

 そしてもう一つは、全てを見ていた若者たちだ。彼らの内の何人かはすぐさま己のなすべきことを見つけた。王に楯ついたあの勇敢な男を援護しようと、警備隊に素手でなぐりかかっていったのだ。


 かくして広場は前代未聞の乱闘騒ぎになった。だれが敵で、だれが味方なのか。時には間違えて隣の若者をなぐってしまい、喧嘩を起こす者たちもいた。暴徒と化した若者たちにひるんだ警備兵が動きをにぶらせ、まだ分別のある指揮官が汚い言葉でののしった。

 混乱は混乱を呼び、嵐となって広場全体に広がる。

 だれもが目の前の敵しか見えていなかった。だから祭壇の上でどのような決闘が行われたか、ほとんどのトカゲの長が目の当たりにすることはなかった。


 シュトシュノは戒めの民の血を入れた小瓶をぎゅっとにぎりしめた。

 チャンスは一度きりだ。決して無駄にしてはいけない。

 ちらとシュトシュノは短い間共に過ごした小さな戒めの民たちに思いをはせた。

 ラスラとイオは無事にトハーンを出ることができただろうか?

 ここに来る途中小耳にはさんだ戒めの民目撃情報にシュトシュノは息が止まりそうになった。

 しかし、見たという話は聞いても捕らえたという話は聞かない。


 きっと大丈夫だ。

 シュトシュノはなかば強引にそう思い込んだ。今は自分のなすべきことに集中しなければ。


 槍のほこ先はじりじりとシュトシュノへ距離をつめていた。

 シュトシュノは苦い顔をした。

 広場にまじっていたレジスタンスの仲間たちが中心になって警備の注意を引きつけてくれているが、それでも王を囲う兵の数は十を超える。


 ラスラに捕まれた左足首がじくじく痛んだ。

 まるでシュトシュノを責めるように。

 ラスラはそれほど深く手を切らなかったようで、シュトシュノが触れた戒めの民の血は少量だった。それでもこの焼け付く痛み。手の中の小瓶をぶちまければきっとただではすむまい。


 腕一本は覚悟で突っ込むか。


 シュトシュノは身がまえた。同時に、シュトシュノめがけて四方から槍がせまる。

 その時だ。


 グォォオオオオオオッ!


 祭壇全体をも震わす咆哮が轟いた。


 シュトシュノだけではない。間近で聞いた広場の若者たちが一様に目を丸くしてひるんだ。

 なにやら鈍い音が聞こえたので、何人かは腰を抜かしてしまったのだろう。


 雄叫びの主は祭壇の脇でビクビクしていた。


「グドー…?」


 シュトシュノは目を疑った。

 今のはあいつの声?

 まさか。

 あの気弱な親友がなぜ騒ぎの渦中にいる?


「あ……、う……う……」


 周囲の視線をいっせいに浴びたグドーは見ていて哀れになるほどうろたえていた。

 きょろきょろ小さな瞳を動かして立ちすくんでいる。

 思わずシュトシュノはそちらに足を踏み出しかけた。友を守らねば、と思ったのだ。

 その瞬間、シュトシュノの腕に衝撃が走る。手の中にあった小瓶は弾き飛ばされ、床の上で割れた。


「あぁ!」


 真っ赤な液体がどろりと祭壇の上に広がる。


 運悪くその液体を踏んでしまった兵がギャッと声を上げてのたうち回った。

 戒めの民の血は触れるだけで鱗を焼き、体内に入ればトカゲの長の強靭な身体を腐らせる。、

 そのすぐそばに突き立った矢に、シュトシュノは恐る恐る振り返った。


 彼らの行動はすばやかった。


 グドーの後ろから飛び出した小さな少年たちは、悲鳴を上げて飛び退くトカゲの長の間をすり抜けて即席の玉座へと一段飛び乗る。


「全員静まれ!」


 ラスラは上空に向かってもう一発、矢を放った。


〈天の大木〉へ一直線にうち上がった矢は甲高い音で風を切り、あっという間に見えなくなった。


 イオは手の中の〈瞳〉をそっとかかげた。

 青い珠玉はきらりと光り、戒めの民の呼びかけにこたえる。

 遅れて二人に降り注いだ矢は〈瞳〉の結界にはばまれ、透明な膜に突き立つ。

 ばらばらと矢の束が落ちる頃には、広場は水をうったような静けさに包まれていた。


「トハーンの王よ。あなたに話がある」


 イオは〈瞳〉を手にしたまま厳かに口を開いた。




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