最終話 バカガール

 事件解決後、流麗は阿穴に自分が責任を持って子どもたちを送り届けると説明し、保健室にいたカオリと合流し、5人は初めてコビドと出会った海岸へとやって来た。時刻は日をまたぎ深夜。夏の夜空には星が輝いていた。


「次の問題はこいつだな」


 真が持っていた懐中電灯でコビドを照らした。


「まぶしいんだぞ! やめるんだぞ!」


 コビドは両手で顔を覆った。


「警察がいるんだからこのまま渡せばいいのよ!」


 先程のやり取りでコビドに痛い目を見せられているカオリはどこかつっけんどんな態度だ。


「警察はやなんだぞ」


「なんでよ」


「きっとあれですよ。ほら、外国人なら不法入国になっちゃうからじゃないですか?」


「フホーニューコク? よくわからないけどそんなことしなくても自分で帰れるんだぞ」


「帰るって……おまえ自分がどこから来たかわかってるのか?」


「うん? うーん」


 コビドは腕を組んで必至に思い出そうとする。


「なんだよ。知らねぇなら帰るもなにもないだろ」


「うーん。たしか、インフェルちゃんがツユノクニって言ってた気がするぞ」


「ツユノクニ……って、露の国ってことか?」


「それって北にある寒いところじゃないのよ!」


「そんなところから流されてきたんですか!?」


「たぶんそうなんだぞ」


 3人が驚く中、当事者であるコビドは至って普通だった。それは彼女が自分の置かれている状況をよく理解できていないのと何があっても自力で対処できるだけのポテンシャルを持ち合わせているからだった。


「で、ツユノクニってどっちなんだぞ?」


「向こうの方角ですねえ」


 答えたのは流麗だった。


「よし。なら泳いで帰るんだぞ!」


「泳いでって、バカかおまえ! 無理に決まってるだろ!」


「そうよ海にはサメとかいっぱいるのよ!」


「サメ? サメってたしかおいしい魚のことだぞ? 楽しみだぞ!」


「なんでそうなるんですか!? 逆に食べられちゃいますよ!?」


「あたしはサメに負けるほど弱くないんだぞ? それに泳ぎも得意なんだぞ!」


「こいつ……本気で言ってるのか。バカってレベルじゃないぜ……」


 真は呆れてしまっていた。


 もちろんコビドの言っていることは間違いではない。だがそれはコビドの常識であって、地球人の常識とはかけ離れていた。


「そんじゃ行ってくるんだぞ!」


 コビドは夜の海に向かって駆け出した。


「おい! 待てってば!」


 真、カオリ、秀夫の3人はコビドを止めるために声をかける。だが彼女はさっさと海の中に入って行ってしまった。


「ほ、ほんとに泳いでいっちまったぞ!?」


「だ、大丈夫なんですか……」


「常識で考えなさいよ! 大丈夫なわけないでしょ! 今すぐ呼び戻さないと――!」


「その必要はありませんよ」


 慌てる子どもたちとは打って変わって流麗は実に落ち着いていた。


 流麗は彼女の正体に見当がついていた。

 流麗の記憶にピンク色の髪を持った人が住んでいる国はない。そして子どものような見た目なのに自分は19だと言いはるその態度。さらには自力で海を渡ることに微塵も恐怖を感じていない胆力。これらのことから導き出せる答えは……


 蛇の道は蛇。本来一般市民には秘匿されている情報であっても、流麗の立場上どこかしらから裏の情報が流れてくることはある。人の口に完全に戸を立てることは不可能なのである。


 その正体に感づいていた流麗はコビドを刺激しないよう彼なりに調子を合わせて接していたつもりだった。推理の際にうんちをするなどというふざけた発言をしたのもそのためだ。それが功を奏したのかはわからないが彼女は人を襲うようなことはなかった。


「ほんとに大丈夫なのかよ。うんち探偵?」


 真が心配そうに流麗の顔を見上げる。


「ええ。大丈夫です。私の推理が正しければ彼女は――」


 流麗はその先を言葉にしなかった。自分を見上げる真の顔を見て言葉に詰まったのだ。


 金田真はもともとこの町の人ではない。今ではすっかりこの町に馴染んでいるが、彼がこの町に来たのは5年前のことだ。もともと彼が住んでいた場所はとある災害――ということになっている――に見舞われ、母親と2人で疎開してきた。父親はその災害で命を落としている。

 流麗はその災害の本当の意味を理解している。そして、ここで彼女の正体を口にすることは彼のためにならないと思った。だから口を噤んだ。


「その正体は……?」


 真がその先の言葉を待っている。


「彼女は……オバケなんですよ」


 流麗なりに頑張って誤魔化したつもりだった。


「オバケ!?」


 だが、3人はそれは絶対ウソだと思っていた。


「そうです! オバケです! ほっほっほっ……ほっほっほっほっほ――」


 流麗は尚も笑って誤魔化すことに徹した。


 子どもたち3人は顔を見合わせる。そして何か言えない事情があるのだろうと察したのだった。そして4人は夜の海に視線を向ける。そこにはもうコビドの姿はなかった。


 ……………………


 …………


 警察側でサルベージを行っていた映像は無事復旧することができた。しかし……


「阿穴さん……これって……」


 映像を確認していた若い刑事は見てはいけないものを見てしまったというように顔が青ざめていた。


「何も言わないでちょうだい」


 阿穴は今見た映像を記憶から振り払おうとするかのように額に手を当て頭を振る。


 復旧した映像は暗視モードの映像でかなりブレていた。撮影者の秀夫がいかに恐怖に苛まれていたかがわかるほどだ。最初はただ廊下が映っているだけの映像だったがなんの前触れもなく外側の窓がガラガラと音を立て開きそこからひとりのショートカットの少女が姿を表したのだ。窓枠に手をかけながら縁にしゃがみ込む少女がこちらを向く秀夫の小さな悲鳴が聞こえてカメラがブレる。そこから映像がめちゃくちゃに乱れ大きな音を立て映像が回転して止まる。しばらく壁を映し続けていたビデオがふっと上に移動してさっきの女の子がカメラを覗き込むようなドアップの映像になった。「これってカメラだよね。映ってるとマズいよね」と女の子の声が聞こえ、彼女はビデオカメラをどこかに持ち運ぶ。最終的にバケツの水に沈められるその瞬間に映像が切れた。


 阿穴と若い刑事が言っているのはこの映像に写っていた女の子のことである。その少女の正体はエボラに会いに行こうとしていたデングなのだが、彼女の存在を知らない2人にとってはそれは得体のしれないものとして映っていた。少なくとも2階の窓から現れるなんてことは普通の人間にはできない。


「このことは忘れましょ。サルベージはできたけど何も映ってませんでしたってことで削除ね」


「え? いいんですか?」


「逆に聞くけど、報告書にどう書くつもり」


「たしかに……」


 こうしてサイコロリアンに関する重要な手がかりであるはずの記録映像は闇に葬られるのだった。

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復讐幼女(リベンジガール)サイコロリアン 桜木樹 @blossoms

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