第13話 ヴァイオレンス・ネヴァーデッデン 前編

 サズは片手に食べられそうな山菜を抱え、もう片方の手で仕留めた獣を引きずりながら宇宙船の場所に戻ってきた。しかしそこに2人の姿はなかった。


「マズ……? マズっ!?」


 妹の名を叫ぶも返事はない。何かあったのだと思ったサズは声を上げながら周囲を捜し始める。すると、山の開けた場所から麓の方から黒煙が登っているのが見えた。それを見てサズは嫌な予感に苛まれる。


「まさか……違うわよね?」


 だが、一度抱えた不安は簡単には消えなかった。


 こんなことなら足手まといでもマズを自分の傍においておくのだったと後悔しながら、サズはその町の様子を確認しに行くため山をおりるのだった。


 ……………………


 …………


 ロッチロの乗る軍用車輌が2台の装甲車を引き連れサイコロリアンに襲われている町の近くに到着した。ここに来るまでにピックアップしたオーガの仲間は総勢108人にも及んだ。これはロッチロの想定を遥かに上回っており、彼らをのせた装甲車はすし詰め状態になっていた。


「私は先行していた者たちと合流するのでここでお別れだ」


「あいよッ」


 ロッチロと同じ車輌に乗っていたオーガは車を降り、仲間たちが詰め込まれている装甲車の運転席に移動する。それまで装甲車を運転していた兵士と交代し兵士はロッチロの運転する車輌に乗り込む。


「約束は忘れんじャねェぞ?」


「ああ。わかっているさ」


 そう言い残してロッチロは先行部隊が待機する近くの丘へと車を走らせた。


「おいヤロウどもッ!! 派手に暴れんぜッ!!」


 オーガが仲間たちに檄を飛ばすと怒号のような声が周囲に響く。そして彼らの乗った装甲車はサイコロリアンがいる町中に向かって猛スピードで突っ込んでいった。


 2台の装甲車は町中で止まると装甲車から屈強な男たちがワラワラと降りてくる。


「ひょ~。宇宙人とやらは派手にやってるじゃねえか」


 町の惨状を目にしたひとりが興奮を隠しきれないで言った。


「おい、見ろよ! これ……」


 また別の誰かが地面に転がっていたちぎれた足を拾う。


「こりゃひでぇ」


 ここに来るまでにサイコロリアンに関する情報を聞いていた彼らだが、その時は馬鹿げた話だと真面目に取り合ってなどいなかった。だが、現実を直視したことで、彼らの中にほんの僅かに緊張感が走った。


「確かサイコなんちゃらってのはガキって話だったよな? ガキにこんな芸当ができるってか?」


「怖気づいたかよォ、おめェら!! 所詮はガキ。しかも何やッても問題なしッて軍のお墨付きだぜェ? だッたらたァッぷり狩りを楽しもうやァ!!」


 オーガが鼓舞すると、男たちはやる気を出し雄叫びを上げる。


「はえェもん勝ちだ!! 散れェい!!」


 オーガの号令で男たちは町中に散らばっていった。するとすぐに男たちはコビドとマズを発見した。


「もしかしてあれじゃねぇか!?」


「よっしゃあー!」


「すげぇぜ! マジでガキじゃねぇか!」


「しかもあっちの子は体つきがやべぇぜ!! トランジスタグラマーちゃんだ!!」


 飢えた蛮人たちが煩悩をむき出しにしてコビドたちに襲いかかる。


「うわ? なんかヤバいのが来たんだぞ!?」


 コビドは男たちがこれまで蹂躙してきた町の人間とは違うことを本能で感じ取る。


「コビドちゃー。うしろからも~」


 コビドが後ろを振り返ると、背後から別の男たちが近づいてきていた。そしてその一団の興味はマズに向いていた。


「うわ~ん! コビドちゃー助けて~!」


「マズちゃん!?」


 鬼気迫る男たちのあまりの迫力に、マズは応戦することを忘れ逃げ回っていた。


「逃げるなよっ。カワイコちゃんっ!」


「そうだぜぇ、オレたちと遊ぼうぜ! なあ?」


「鬼ごっこのつもりかい? だったらすぐにでも捕まえてやらぁなぁ!」


「ほほー!? 揺れる揺れるー。サイコーだぜ!」


 男たちがからかうようにマズに語りかける。


「ひぃ~ん!」


 マズは涙目になりながら必死に逃げる。それを男たちが追いかける。さらにその男の群れをコビドが追いかけた。


「こらー! マズちゃんをいじめるのはダメなんだぞ!」


 コビドはすぐに集団に追いつき一団の最後尾を走っていた何人かをチェーンソーで切り伏せた。すると集団の中の数人がマズを追いかけるのを止めコビドと対峙する。


「おい!? こいつマジ殺りやがった!?」


「しかも見ろよ。手が変形してんぜ」


「でもよく見りゃこっちも十分イケてるぜ!?」


「マジで言ってんのかよ。オマエ!?」


 などと男たちが余裕をかましているところにコビドが切り込んでくる。


「ぎゃば――!?」


 ひとりがチェーンソーの餌食となった。ついで、別のひとり目掛けてチェーンソーを振り下ろす。


「おっと!」


 が、それはあっさりと躱されてしまった。


 平時であればコビドが普通の人間相手に遅れを取ることはない。しかしながら今の彼女は空腹だった。そのためいつものようなキレのある動きが出せないでいた。


「俺はまな板のガキンチョには興味ないんで、ね!!」


 チェーンソを回避した男は回し蹴りを繰り出すと、コビドの顔面に踵がクリーンヒット。


「へぶっ!?」


 そしてコビドの身体は軽々と吹っ飛んで、倒壊寸前だった家の壁に激突。その衝撃で家は崩落してコビドは瓦礫に埋もれてしまった。それから男は何事もなかったかのようにマズを追いかけることを再開した。


 ――――

 

 マズはピンチを迎えていた。彼女は男たちに扇状に囲まれていた。遅れていた男たちが徐々に集まり、そのは数80人近くに及んでいた。


「さぁ、お嬢ちゃん。これからお楽しみの時間ですよ!」


「ふひゃ! 盛り上がってきたゼ! 色んな意味でナ!」


「俺もう我慢できねぇ――!!!」


 集団の中のひとりがマズに襲い掛かかる。


「いや~ん!」


 マズは男から逃げるように背を向けるが、足をもつれさせてその場で盛大に転んでしまった。そんなうつ伏せになったマズに襲いかかる男だったが、


「ぎゃあああああああああああああ!!?」


 ピョコンとマズの後頭部に現れたそれを見て悲鳴を上げ、慌てて男たちの集団へと逃げ帰った。


「なんで帰って来てんだよ!!」


「カエルがいたんだよ!! カエルだぜカエル!! 俺は爬虫類が苦手なんだよバカヤロウ!!」


 マズの後頭部に鎮座まするカエルは、彼女が帽子の中に仕舞っていた例のカエルだった。


「バカはオマエだ! カエルは爬虫類じゃなくて両生類だろうがよ!! だいたいカエルごときにビビってんじゃね!! オーガさんもなんとか言ってやってくださいよ……?」


 男はオーガに話を振ったつもりだったが、


「オーガ……さん?」


 彼の姿はどこにもなかった。


「おい! チンタラしてっとあの娘逃げちまうぞ!」


「こうしちゃいらんねぇぜ!」


 ひとりの男がマズ目掛けて走っていくのを皮切りに全員が鈴なりになって一斉に走り出す。


「一番はオレだ!!」


 先頭を行く男が転んで起き上がろうとしないマズの体に腕を伸ばす。が、その腕はマズの体に触れることはなかった。


「んあ……あ、ああああ! ぎゃああああああっぁぁぁぁぁぁ!!!?」


 男は手首の先が失くなった自分の腕を見ながら悲鳴を上げた。それから男たちの集団は血風に巻かれながら次々と息絶えてく。事態が急変したことを察知した残りの男たちが波のように後退っていく。


「マズに触れるんじゃないわよ!! クソ地球人どもが!!」


 マズと男たちの間に割って入ってきたのはサズだった。山を下ってきた彼女は間一髪のところで間に合ったのだった。


「おい……なんか別のガキが来たぜ」


「しかも不良っぽい恰好だ!」


「正直あり!!」


 どよめきだつ男たち。そんな男たちに向かって、「黙れ!! 妹に手出ししたらぶっコロす!!」と、サズは会心の迫力で持っていた剣の切っ先を男たちに向けた。


 その瞬間、ズドン――という轟音が遠くに響いた。その音でサズと男たち全員が動きを止めた。


「なんだよ、今の……」


 誰かが呟くように言ったその後再び轟音が響いた。その刹那、男たちのいた場所に砲弾が着弾し辺り一帯を完全に吹き飛ばしていた――


 ……………………


 …………


 オーガと別れたロッチロが町から少し離れたところにある丘の上に到着すると、そこにいたドコスタが彼女を出迎えた。


「お疲れさまです。中佐」


「悪かったね。想定外のことが起きて――いや、これは言い訳か」


 戦闘とは何が起こるかわからない災害のようなもので、いついかなる状況でも万全の準備を怠ってはいけない。これは人間相手でも同じだ。実戦では『見合って用意』や『待った』など存在しないのだから。


「状況は?」


「既に戦いは始まっています」


 ドコスタはロッチロに双眼鏡を渡しながら丘の一番上まで移動する。


「ほぅ。バカどもにしては中々やるではないか」


 双眼鏡を覗き町の様子を確認したロッチロが意外だなと漏らした。


「本当に彼らに頼んでよかったんでしょうか?」


 同じく双眼鏡で戦況を確認していたドコスタがロッチロの方を向いた。


「うん?」


 ロッチロもまた彼の方に顔を向ける。


「失礼を承知で言わせていただきます。彼女たちは、その……すごく幼い見た目をしています。そんな彼女たちが大人、ましてあのような下品な男たちにいいようにされるのを黙ってみているのは……倫理的にも些か問題かと……」


 ドコスタはこのやり方に納得がいかない様子だった。


「倫理……か。ドコスタ君は優しい心をお持ちのようだ。――ならばこの事態、どう収拾をつける?」


「例えば、そうですね、話し合いなどは?」


「なるほど。その場合、実際にそれをやるのは我が国の政府連中になるな。――しかしながら彼らにそれができるとは思えない」


「なぜです?」


「ドコスタ君は国会中継を見たことがあるか?」


「ええ。もちろん」


 国会での決まり事は直接軍に影響が及ぶものもあるのでドコスタは情報収集を欠かさないようにしていた。


「ならばわかるだろう。政治家連中は上院下院問わずどちらも建設的な話は二の次で党利党略ばかりに注力している。その結果まともな会話が成立していないことがほとんどだ。同じ言語体系を有し同じ文化圏で育ってきたはずの者同士でこの体たらく。そんな彼らに価値観のまったく異なる異星人と話し合いで物事を解決に導けるとは到底思えない。仮に政府連中に対話でこの戦いを終わらせることができる能力があるなら今頃世界平和が実現していてもおかしくないだろう?」


 ロッチロが皮肉っぽく笑う。


 妙に説得力のある彼女の言葉にドコスタは押し黙るしかなかった。


「そもそも話し合いの過程をすっ飛ばしていきなり我々に牙を向いたのはサイコロリアンの方だ」


「ですが……」


 それでもドコスタは幼い子どものような外見のサイコロリアン討伐にオーガたちを当てることに納得できなかった。


「見た目に惑わされてはいけないよドコスタ君。例えば、ゴキブリやネズミのような害虫や害獣の類がサイコロリアンのように少女の姿をしていたらどうする?」


「え? えっと……それはどういう……?」


「人にとって害をなすとされている生物を人は躊躇なく排除するだろう。だがもしもそういう存在が少女の姿をしていたら、ドコスタ君は殺すのを躊躇うかい?」


 ドコスタは少しだけ考えを巡らせ、「……それは……その時になってみなければ、わかりません」と、言葉を濁した。


「本質は変わらないよ? 残飯を漁り、家壁に穴を開け勝手に住み着き梁を齧って腐らせる。止めろと言っても言葉は通じずそれらは己の本能のままに行動する。それを許すのかい? ――私は殺すよ、躊躇いなくね。自らの生活圏を脅かす存在を生かしておく道理はないからね。……そして今我々の前に立ちはだかる存在は地球を脅かす異星人。奴らのせいで多くの仲間が死に、そして今あの町の住人たちが蹂躙されている」


 ロッチロが丘の下の町を指差した。その指に誘われるようにドコスタが視線を変える。目下、サイコロリアンに蹂躙されている町が広がる。家屋は倒壊し各所で火の手が上がる。のどかな町の様相は見る影もない。


「奴らは地球人ではないのだよ。そうでないものに慈悲など無用。この星のルールや道徳、倫理も通用しない。なにより異星人に人権などありはしない」


 ロッチロは自らの意見を朗々と紡ぐ。彼女の残忍さが垣間見える瞬間だった。


「何を生かして何を殺すか……それは結局のところ人間のエゴによって選定される。ならば、仲間は活かし敵は排除する――それくらいシンプルな方がわかりやすくていいと思わないか?」


 ドコスタはイエスともノーとも言わなかった。ただ黙ってロッチロを見ていた。


 そんな会話をしている2人のもとにひとりの兵士が近づいて来た。


「ロッチロ中佐。全部隊の配置完了しました!」


「そうか……彼らもうまい具合に足止めしてくれているようだし。タイミングはバッチリのようだ。――それではこれより本作戦を開始する!」


「はっ! 了解!」


 兵はビシッと敬礼を決め持ち場に戻った。


 ロッチロの作戦――


 それは前回同様大型兵器でコビドたちを攻撃するというものだった。しかし、前回と違うのはコビドたちに自分たちの存在を気取られぬように秘密裏にそれを実行するというものだった。いわゆる不意打ちである。


 まず、BUTABAKOに収容されていたオーガを囮に使い人気のない場所にサイコロリアンたちをおびき寄せる――今回はコビドたちが勝手に町を破壊し尽くし人気のない場所を自ら作り出してくれたので必要なくなった――。そしてそのままサイコロリアンの足止めをしてもらって、そこを大型兵器で一掃するというものだった。ちなみにオーガを生存させることは端から考慮されていなかった。

 オーガが死ねば各地で暴動が起こるかもしれないという懸念はあったがサイコロリアンによる被害のほうが圧倒的に大きいというのがロッチの見解だった。


 ロッチロは無線のスイッチを入れて各所にいる兵士たちに攻撃準備に入るよう命令すると、町を囲むように配置している8台の戦車の砲身が、一点に狙いを定める。


「作戦開始――ッ!!」


 ロッチロの号令で戦車の砲塔が火を吹いた。

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