第12話 多動市

「うッ……」


 約半年ぶりの陽光にオーガは思わず目を細めた。


「こいつァ毒だぜェ」


 本来なら人体に様々なプラスの効果をもたらす陽の光も今のオーガにとっては煩わしいものであった。


「先が思いやられるな」


 施設から出てきたオーガを外で待っていたのはロッチロだった。いつも一緒にいるはずのドコスタの姿はない。


「うるせェよ。慣れだろ? こんなもんはよォ」


「そうだな。いざサイコロリアンと戦うときまでにコンディションは整えておけ」


「無茶言ッてくれるぜェ。『BUTBAKO』ん中じャカラダひとつまともに動かせなかッたんだからよォ」


 その割にはオーガーの筋肉はまったく衰えていなかった。今ここで暴れられでもしたらロッチロでもかなわないだろう。実際は何重にも手枷が嵌められているのでその心配はない。


 ロッチロとオーガがヘリに乗り込んで島を発つ。そしてヘリは対サイコロリアン討伐軍基地に到着。ロッチロがヘリを降りると、ひとりの兵士が慌てた様子で駆け寄って来た。


「大変です!! サイコロリアンの目撃情報が出ましたっ!! 町を襲っているようです!!」


 ヘリのローター音に負けないぐらいの声量で叫ぶとロッチロはオーガを連れてまともに会話ができる場所へと移動する。


「おいッ。なんだッ?」


「ヤツらのお出ましだ。悪いがすぐにでも向かうぞ」


「なにィ? おいおいおい! 俺様の仲間を集めるッて話はどうなる?」


「すぐに呼べる人間だけ集めろ。現場に向かう道中で拾っていく」


「けッ。性急なこッて」


「善良な市民の命が掛かっているんだよ」


 それからオーガは自分が覚えている限り連絡がつくかつての仲間たちに連絡を入れた。オーガ自身が連絡できた仲間のはごく僅かだったが、仲間の仲間、そのまた仲間という具合に情報が広がっていき最終的には結構な数が集まることになった。

 そしてロッチロはオーガと数名の兵士を引き連れ装甲車に乗り込んだ。またオーガの仲間を運ぶための大型車両も用意して、現場に向かうのだった。


 ……………………


 …………


 対サイコロリアン討伐軍に連絡が入る一時間ほど前、マズとコビドは宇宙船の傍にいた。


 サズとマズが乗ってきた宇宙船に備蓄されていた食料は1日で底をついた。元々少なかったことに加え2人分を想定していたところにコビドが追加されたためだった。3人は地球人殲滅の前に空腹という難敵にぶち当たっていた。

 食べ物がなくなったことを受けサズは食傷調達することにした。しかしそこで彼女の頭に懸念が起きる。それはコビドとマズにまともに食料調達ができるのかという問題だった。


 王宮育ちのコビドに関しては身の回りの世話はすべて給仕がやっていた。そんな彼女には食事を自分で用意するなどという習慣がないため、食べ物探しなど出来るはずがない。マズもほぼ同じで、彼女の身の回りのことはすべてサズがやっていたので食料調達など無理だろう。そこでサズはコビドとマズに留守番を頼みひとりで食料調達に向かうことにしたのだった。


 留守番するコビドは地面に大の字に寝転んで空を見上げた。青空をゆっくりと風に流れていく雲を眺めながら「あれはわたがしの形ににてるんだぞ」などと呟いていた。


 そんなコビドのもとにマズがトタトタと駆け寄ってくる。


「みてみて、コビドちゃー。かえるさ~ん♪」


 マズは自分の手よりも大きなカエルを寝ているコビドの顔の上に落とした。


「ぎゃ!? い、いきなり何するんだぞ!?」


 コビドは慌てて飛び起きて顔にへばりついた大きなカエルを掴んで投げ捨てた。


「ああ~ん。かえるさ~ん」


 マズがコビドが投げ捨てたカエルを追いかける。地面に仰臥するそれを拾い直して再びコビドの元にやって来て見せびらかすように差し出す。


「かえるさ~ん♪」


 小さな手で掴まれたカエルは特に逃げようともせず、もうどうにでもしてくれと言いたげに手足をだらんと四肢を投げだしている。


「カエルなのはわかったんだぞ。でもビックリするからいきなり顔に落とすのはなしなんだぞ」


「そっか~」


 そう言いながらマズはベレー帽を持ち上げ頭の上にカエルを乗せてその上からベレー帽をかぶせた。


「……何やってるんだぞ?」


「だいじだからしまったんだよ~」


 大事なものを一時的に帽子の中に隠すというのはマズが時々やる癖のようなものだった。


「でもカエルだぞ。そんなの頭に乗せたら汚いんだぞ」


「かえるさんはきたなくないよ~?」


「そう思ってるのはきっとマズちゃんだけだぞ」


「あ! みてみて~! ちょうちょさ~ん♪」


 コビドの話などまるで聞いていないマズが目の前を飛んでいく蝶に興味を示す。かと思えばマズは大きな胸をゆさゆさと揺らしながらその後を追い駆けていく。


「って待つんだぞ! マズちゃん、留守番してないとダメなんだぞ!」


 走り去っていくマズをそのままにしておくことはできず、コビドはその後を追いかけた。しばらく山を走って蝶を見失いマズの興味は尽きた。しかし、山を走り回った結果2人は迷子になり、迷ったまま何も考えずに適当に歩いて、彼女たちは山の麓にある町へと足を踏み入れてしまっていた。


「ヤバいんだぞ。お腹がペコペコで疲れちゃったんだぞ」


「マズちゃーもだよ~」


 すると、2人のもとにどこからともなく美味しそうな匂いが漂ってくる。時刻は昼食時。その匂いの正体は昼食を作る家庭から出る香りであった。


「コビドちゃー。おいしそうなにおいがするよ~」


「もしかすると食べ物があるかもしれないんだぞ! 行ってみるんだぞ!」


 2人は匂いに誘われるように近くの民家へ移動する。そして家の窓からひょいと中を覗き込んだ。すると、年若い一組の夫婦とその身内と思われる老婆が今まさに食事をしている姿が見えた。


「何食べてるかわかんないけど美味しそうなんだぞ」


 コビドは声を潜めた。


「コビドちゃー。あれもってかえったらおねえちゃーよろこぶかな~?」


 コビドを真似てマズも小さな声で喋った。


「それはいい考えかもしれないぞ!」


「でもくれるかな~?」


「その必要はないんだぞ。どうせ地球人は殲滅だから無理やり奪って帰ればいいんだぞ!」


「あ、そっか~♪」


 そして2人は民家に押し入った。


 いきなりコビドたちが家に上がり込んできて戸惑う住人たち。しかし2人の見た目が子どもだったため住人らは警戒心を持たなかった。そんな彼らが異変に気づいたのはコビドの右手がチェーンソーに変わるのを見た瞬間だった。しかし時すでに遅く和やかだった食卓は3人の血で染め上げられ、テーブルの上にあった美味しそうな食事には生臭い血のドレッシングがかかりとても食べられるものではなくなってしまった。


「しまったんだぞ。やりすぎちゃったんだぞ」


「これもうたべれないね~」


「ん? でもこっちからも美味しそうな匂いがするんだぞ!?」


 コビドがキッチンへ移動するとそこにはスープの入った鍋が置いてあった。


「さっきのやつはきっとこれなんだぞ! 持って帰ったらサズちゃんも喜ぶんだぞ!」


 コビドは鍋を持って家を出る。――が、すぐに立ち止まる。


「そういえばどうやって帰るかわかんないんだぞ」


「ええ~。そうなの~?」


「もとはと言えばマズちゃんのせいなんだぞ」


「あらま~♪」


 マズは特に責任を感じている様子もなくニコニコと笑っていた。


 するとそのタイミングでひとりの青年が家の敷地内に入ってきた。先ほどコビドが血祭りにあげた住人の家族だった。


「き……きみたち。いったい……」青年が訝しげな表情でコビドたちを見る。「ってか、それうちの鍋じゃ――」


 青年がコビドの持っている鍋に気づく。


「ヤバいんだぞ! バレたんだぞ!」


「どうするの~?」


「決まってるんだぞ! こういうときは殲滅なんだぞ!」


「え? え?」


 青年が戸惑っている間にコビドは持っていた鍋を投げ捨て右手をチェーンソーに変えて青年の体を袈裟斬にした。


「ふぅ……。これで一安心だぞ!」


 実際は安心できるような状況ではなかった。コビドが青年を殺す瞬間を見ていた女性がいたからだ。悲劇を目の当たりにした女性は思わず悲鳴を上げる。その悲鳴を聞いたコビドはすかさず女性に襲いかかる。すると今度はそれを別の人間が……というふうに騒ぎはどんどん大きくなっていき、町中がてんやわんやの大騒ぎ。コビドとマズは次から次へと目撃者に襲いかかり町中が大パニックに陥った。


 コビドは問答無用で通行人に襲いかかりチェーンソーを振り回す。マズは己の力を存分にふるい、道路の脇に止めてあった車を持ち上げ放り投げた。それが別の車にぶつかりその衝撃で炎上した。


 空腹のことなどすっかり忘れ、まるで鬼ごっこを楽しむようにコビドが逃げ惑う人々を追いかけ回した。追いつかれた者はチェーンソーでズタズタにされた。


 気が狂った子どもが暴れているという話を遠くに聞きつけた住人たちは急いで避難を始める。その中にはターニャの両親であるアリョーナとミーシャの姿もあった。


「母さん!」


 ミーシャが玄関先で屋内でもたつアリョーナを急かす。


「待ってあなた。すぐ行くから!」


 アリョーナが玄関を出ると、その先で待っていたミーシャが彼女に向かって手を差し伸べる。


「さあ、速くひな――ん……」


 アリョーナがその手を取った瞬間、突如飛んできた車によって彼は押しつぶされた。


「……?」


 何が起きたかわからず、あるいはそれを理解することを脳が拒絶しているのか、アリョーナは硬直した。ゆっくりと自分の手を見る。そこには確かに彼の手が握られていた。彼の腕だけがだらりと垂れ下がっている。手を離すとそれは地面にボタリと落ちた。


「……ぁ。……ああ――」ようやく現実を理解したアリョーナは転覆した車にすがりつく。「嫌ああぁぁ!! あなた!!」


 そして彼女は必死になってそれをどかそうとする。


 もう助からない。そもそも車を持ち上げるなど出来るはずもない。そうとわかっているのに彼女は気が動転してしまってそういう行動を取った。


「あなた!! あなたしっかり!!」


 何度も持ち上げようとするが車は1ミリも動かない。


「あ~、いた~!!」


 そうこうしているうちに、彼女のもとにマズがやってきた。町中の騒ぎに似つかわしくない彼女のおっとりとした口調がアリョーナを現実に引き戻す。


「え? 子ども……?」


 マズがサイコロリアンであることを知らない彼女は見たことのない格好の少女が現れたことに首をかしげる。


「それもちあげるの~? マズちゃんがおてつだいしてあげよっか~?」


 こんな子どもが助けに入ったところで車が持ち上がるわけがない――。アリョーナはその少女のトンチンカンな発言にどう対応したものかと逡巡し、その気持だけを買うことにした。


「えっと……どこの誰かは知らないけど気持ちだけでいいわ。それよりあなたも早く避難――」

 

 しかし彼女の話が終わる前にマズは持ち上げた。


 車ではなくアリョーナを――


「え? な、何?」


 自分の体が軽々と持ち上げられてしまったことに対する驚きと、車を持ち上げるという話ではなかったのかという困惑。アリョーナの思考の整理が追いつく前に、マズは彼女の身体を思いっきり上空に向かって投げた。


「え? あ? ひゃあああああああぁぁっぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ――!!!?」上空へ上がるに連れ声が小さくなっていく。「――ぁぁぁぁぁっぁぁぁぁあああああああああああ!!!?」下に落ちるに連れてまた声が戻ってくる。


 あり得ない恐怖体験の最中にアリョーナは思い出していた。事件を起こしているのは気の狂った子どもだったことに……


 アリョーナはものすごい勢いで地面に叩きつけられ破裂し、臓器をぶち撒け、四肢がばらばらになって飛び散った。地面には花火のような血の模様ができあがった。


「あ~、クルマとまちがえてなげちゃった~♪」


 てへへ、とマズが笑った。


 それからしばらく騒ぎは続いた。


 そんな騒ぎを起こしていればそれは当然のように軍の耳も入る。そして、その報せはすぐにロッチロのもとに届いた。

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