第6話 異邦人、来る来る 前編

 コビドが気を失ったいろはを見下ろす。彼女にとどめを刺そうといろはの頭部に狙いを定めてチェーンソーと化した腕を振り上げた。その時コビドの足元に銃弾が打ち込まれ反射的に彼女は飛び退いた。


 それから、コビドをいろはから遠ざけるように立て続けに2発3発と銃弾が打ち込まれる。


「ん? お? お? なんだぞ?」


 それは、ターニャからの連絡を受け、現場に駆けつけた対サイコロリアン討伐軍の部隊による攻撃だった。迷彩柄の服に身を包んだ兵士が集結し隊列をなして、そのままいろはが倒れているところまで前進する。


「まだ息があるぞ!」


「すぐ医療班を!」


 気を失い瀕死の状態のいろは担架に乗せられ、隊の後方へと姿を消した。


 現場に駆けつけたのは対サイコロリアン討伐軍の第四中隊。その部隊の後方で指揮を取るのは、装甲車の上部ハッチから身を乗り出すオリーブ色の軍服に身を包んだ女性、ロッチロ中佐だった。ブロンドのストレートヘアに厚ぼったい唇が特徴的で、男顔負けの筋肉質な体つきをしている。腰には細剣を携えている。

 彼女は、ターニャからの報告を受けた際に万が一を想定し自分の部隊を引き連れてここまで来たのだった。


「やはりな……。間違いなくサイコロリアンだ。しかし……」


 双眼鏡で前方にいるコビドを捉えながら小さく呟いた。ロッチロは違和感を感じていた。数時間前に対サイコロリアン討伐軍が駐留する基地に宇宙観測所から謎の飛翔体についての連絡が入っていたのだが、報告を受けていた落下の予測地点とは違っていたからだ。


「たったひとり……というのは不思議ですね」


 傍らに立つ整った顔立ちの青年、ドコスタ少尉が双眼鏡で対象を捉えながら言う。


「それは違うよドコスタ君。これまで世界各地で発見されてきたサイコロリアンも基本的には少数で行動していた。報告されているもので同時に発見された個体数は最大で3匹だ。奴らがどうして少数にこだわるのかは知らんが、それはこちらにとってはありがたい話だ」


「なるほど」


「だが、右腕がチェーンソーになっているタイプは聞いたことがない。警戒は怠らないことだ」


「中佐、次の指示を」


 装甲車の下で控えていた兵士がロッチロに指示を仰いだ。


「できればこの場で仕留めておきたい。だが奴の力量がわかるまでは必要以上に出すぎるな」


 サイコロリアンの存在が世界各国で発見されるようになると、当然のように露の国にも対サイコロリアン討伐を目的とした軍が編成された。一からの発足ではなく既存の陸海空軍に所属している兵士たちを集めそれなりに腕の立つ者が集結していた。

 しかしながら軍発足以来これまで一度も国内でサイコロリアンが発見された例はない。それは同時にサイコロリアンとの戦いに関してはまったくの素人であることを意味していた。

 だが一部の人間だけは多国籍軍として軍備の整っていない地域に派遣された経緯を持つ。ロッチロ中佐もそのひとりだった。もちろん経験者であっても油断はできない相手であることに間違いはない。慎重な対応が求められる状況だった。


「了解!」


 兵士が前衛の部隊へ指示を飛ばす。それと入れ替わるようにして担架を運ぶ別の兵士がロッチロの乗る装甲車の傍を通りかかった。


「ん? 待ちたまえ」


 ロッチロはその兵士を呼び止め、装甲車から飛び降り担架に近づいた。その上にいるのは右腕を失ったいろはだった。ロッチロの興味を引いたのは彼女……ではなく、彼女の足にくっついていた“腕”だった。


 それを見たロッチロは最初、失われたいろはの腕がそこについているのかと思ったが、近くで確認してそれがいろはのものにしてはやけに細く短いことに気づいた。


 ロッチロはなんの抵抗もなくその腕を引き剥がした。


「もう行っていいぞ」


「はっ!」


 担架を運ぶ兵士は再び歩き出した。


「ドコスタ君!」


 名を呼ばれた彼は装甲車からの上から降りロッチロの元へ。


「ひとつ頼みたいことができた。お願いできるかな?」


「なんでしょう?」


「これを今から私が言う場所へ運んでほしい。それと伝言も頼む」


 そう言ってロッチロはちぎれた腕をドコスタに向けて差し出した。


「うっわ!?」


 いきなりそんなものを向けられてドコスタは驚いたが、恐る恐るそれを受け取って、ロッチロの命令に従うのだった。


 ……………………


 …………


 数時間前――


 ものすごい勢いで地表に迫る宇宙船があった。形はコビドが搭乗していたものと同じだが色はハガネ色をしていた。宇宙船は地表に迫る数十メートルほどの高さで急激に減速し船体を地表と平行に保つ。そして周囲の木々をなぎ倒しながらゆっくりと山間の森の中に着陸した。


 その船に乗っているのは小柄な体型の姉妹。


 姉のサズは金色の髪で、ドクロがプリントされたTシャツに黒の革ジャンを羽織り、黒のズボンというパンク系ファッションに身を包んでいた。手には革製の指ぬき手袋をしている。


 妹のマズは金色のツインテールで頭に緑のベレーを載せている下がり眉が特徴的な少女。服は白のブラウスに黒のサロペットスカートと縞柄のニーソックス。特筆すべきは小柄な体型に似合わぬ大きな胸だ。


 そして彼女らもまたコビドと同じくヴィル星からやってきた『悪魔の雷イビルフラッシュ』の被害者だった。


「どうやら着いたみたいね」


 姉のサズがコンパネを操作しながらつぶやく。妹のマズは複座で寝息を立てていた。彼女たちの目的は先にヴィル星を出発したコビドを支援することだった。だったのだが……


「ちょっとなんでよ! コビドの船の反応が見つかんないじゃない!」


 それもそのはずで、ヴィル星を出発したコビドは予定航路を大きく外れるというトラブル(?)に見舞われており、彼女が地球に到着するのはこれから約30分ほどあとだからだ。


 そして、対サイコロリアン討伐軍本部に入った報告というのは、ほかでもないのこちらの宇宙船のことだった……


 サズはマズを起こして一旦外に出ることにした。そして宇宙船を地球人の目につかぬよう隠す作業を始める。幸いこの場所が山間だということもあって木や岩に事欠かない。また、周囲はほとんど整備されていないことから、普段は人が寄り付かない場所であることもプラスに働いていた。


「マズ、お願いできる?」


「は~い」


 マズは間延びした返事をして、手近にあった木を引き抜いた。マズは相当な怪力の持ち主で木を引き抜いたり岩を持ち上げたりなどは朝飯前だった。そうして、マズは周囲から木や岩を集めてきて、それらで船上部のハッチの開閉部分だけを残して宇宙船を覆い隠した。


 端から見れば明らかに不自然な見た目だったが、仮にその不自然さに気づいても地球人に岩や木をどけるのは至難の業。2人はそれをわかっていたわけではないが結果的にうまく隠せていた。


 それからサズはもう一度宇宙船に乗り込んでコビドの船の位置を検索する。すると今度はレ―ダ―に反応があった。レーダーでわかるのはおおよその距離と方角のみ。


 サズはそれをしっかり記憶して、マズと2人でその場所に向かった。


 ……………………


 …………


 コビドの制圧は難航していた。


 コビドが己の右手を振るえばそれをシールドで防ぎ動きが止まったところに銃弾を浴びせ押し返す。射撃が止まればまたコビドがチェーンソーを振るう。そんな千日手のような状況が続いていた。


 個人の能力で言え地球人はコビドに遠く及ばない。だが、露の国の軍には統率力があり、コビドの力を持ってしても即殲滅というわけにはいかなかった。


「ふむ。初戦ながらなかなか健闘できているな」


 とは言うが、ロッチロの中に懸念がないわけではなかった。


 遠くからちまちまと銃撃を浴びせてもそれはかすり傷にもならない。サイコロリアンの治癒力を持ってすばそれはたちどころに修復してしまう。これでは無駄に弾を消費するだけで、そのまま消費し続ければいつか底をつくのは誰の目から見ても明らかだった。持久戦は圧倒的に地球人側が不利。


 それを突き破るような打開策が必要だった。


 例えば、誰かが前に出て戦うこと――


 だがそれは死ねと命じることとほぼ同義であった。誰かが前に出れば同士討ちを避けるため援護の手は止めざるを得ない。だが一対一では勝機は無いに等しい。そんな誰もが及び腰になる中ひとりの女性が果敢に前に出る機会を窺っていた。


 ターニャだ――


 彼女はぼろぼろになったいろはを目の当たりにしていた。そんないろはのためにも一矢報いたいと熱い闘志を燃やしていた。

 しかし、ターニャに与えられた任務は前線で盾を構えること。そんな彼女に何が出来るわけでもない。だがそんな現状とは逆にターニャは勇み足になって列を乱してしまう。


「おいっ! 出すぎだ! 列を崩すな!」


 隣りにいた兵士がターニャを注意した。


「でも――。……はい」


 軍の作戦において調和を乱すことはチーム全体の存続に関わる。それを十分に理解していたターニャは自分の思いより命令に従うことを選んだ。


 ターニャが歯痒い思いをしている一方で後方から戦況を見つめるロッチロが案を練る。


「普通にやっても勝てる相手ではない。ならば究極の一手が必要か」


「と言いますと?」


 ロッチロの指示でとある場所へ向かったドコスタの代わりを務めていた兵士が訊ねた。


「奴を押しつぶす」


「押しつぶす……ですか?」


 ロッチロの意図がわからず、兵士が首を傾げる。


 サイコロリアンに有効な戦術は大きく分けて2通り存在する。


 ひとつは再生不可能な状態になるまで際限なく細切れにしていくこと。もうひとつは大型兵器による破壊である。共通しているのは相手を再生不可能にまで追い込むことで要はどちらの手段を取るかの違いだった。


 その2つにはそれぞれメリットとデメリットが存在する。


 前者は基本的はどういった戦況でも可能だが、相手に近づくことが大前提であり、それがネックでもある。

 後者は相手に近づくことなく遠くから攻撃できるというメリットがある。だが、今回のように街中では複雑な地形や林立する建物に阻まれ思うように使えない。それに加え近隣住民の避難が必須になる。


 それでもロッチロは大型兵器の使用を実行することを決めた。


「このままでは我が兵が疲弊するのが先だ。だったらさっさと片付けるに越したことはない」


「し、しかし街中で大型兵器など――」


「ならば貴様が前に出て奴と戦うか?」


 ロッチロが高圧的な視線を兵士に向けると彼は何も言えなくなった。


「つまりそういうことだ」


 ロッチロはすぐに本部に連絡を入れ大型兵器の手配と近隣住民の避難を要請した。

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