第7話 異邦人、来る来る 中編

 ロッチロの連絡を受けた本部は直ちに別部隊を現場に急行させた。ギャリコ大尉率いる第三中隊が近隣住民の避難誘導にあたり、グレゴリー大佐と数名の兵士が3台の戦車を引き連れロッチロのもとに駆けつけた。


「大佐自らですか!?」


 思わぬ人物の登場に面食らいつつロッチロは敬礼する。


「ふん。サイコロリアンとやらを一度この目で見たくてね」


 グレゴリーは愉快そうな笑みを見せ、ロッチロから双眼鏡を受け取り確認する。


「ほほぅ。あれがサイコロリアンか……。噂に違わぬ外見だな」双眼鏡をロッチロに返して話を続ける。「で、奴を倒すのにこれだけの戦力が必要と?」


「はい」


「こんな街中でそれをやろうとは君もなかなか大それたことを言う」


「恐れながら……」


「いや、いい。責めているわけじゃない。なにせ君は数少ない“経験者”だ。ここは君の策に従おう」


「は! ありがとうございます!」


 ロッチロはやや緊張した面持ちで作戦を語った。


 まずはサイコロリアンを銃撃により誘導し袋小路に誘導、その間に3台の戦車を所定の位置に着ける。その後対象に向かって砲撃するというものだった。


「袋小路で砲弾を浴びせる、か。最悪背後の建造物が崩れる可能性もあるが?」


「そこは砲撃手の腕の見せどころかと」


「言ってくれるなぁ」


 グレゴリーはカカと盛大に笑った。


 こうしてロッチロ作戦はすぐに実行に移された。


 最前列で盾を構えていた部隊が徐々に前進しコビドを誘導する。コビドが想定外の方向に進もうとすれば後方からの狙撃で進行方向を矯正する。こうして少しずつ少しずつコビドを袋小路に追いやっていった。コビドがその事に気づいた時には完全にロッチロの術中に嵌っていた。


 市民の避難を行っていたギャリコ大尉から近隣住民の避難が終わったとの連絡が入った。


「よし」


 ロッチロは指示を飛ばし、コビドに狙いを定めるように3台の戦車を10時、12時、2時の方角に配置させた。配置完了の合図で前衛で盾を構えていた兵士たちがサッと後方に下がる。


「ヤバいんだぞ! 逃げ道がないんだぞ!」慌てふためくコビド。「こうなったらイチかバチかで無理やり突っ込むしかないんだぞ!」


 窮鼠猫を噛むを体現するかのように追い詰められたコビドは正面の戦車に向かって突っ込んでいった。


「撃てぇ!!!」


 それを見たグレゴリーの号令で、正面の戦車からコビド目がけて砲弾が放たれる。それは真っ直ぐに彼女目がけて飛んでいく。しかし――


「んにゃああああああ!!!」


 コビドは右手のチェーンソーを思いっきり下から上に振り上げた。それがうまい具合に弾に当たり軌道が反れ砲弾はコビドの後方にあったビルの上部に着弾した。


「なんだとっ!?」


「まさか!?」


 グレゴリーもロッチロも、そしてその場にいた兵士たちも驚きを隠せない様子だった。


 しかしコビドの方も無傷とはいかなかった。チェーンソーに擬態した腕が先程の衝撃で解除され、本来なら曲がらないはずの方向に折れ曲がっていた。


「痛い、ぞ……めちゃ痛いんだぞ……」


 コビドは痛みを堪えるように左手でだらりとぶら下がる右腕を抑え、その場に膝を付いた。


 唖然とする討伐軍一行の中最初に我に返ったのはロッチロだった。


「――っ、だ、第二射開始!!」


 帯刀していた細剣を抜きコビドに向けて叫ぶと、ロッチロの乗っていた戦車がコビドに向けて砲弾を打ち込む。これが見事コビドの体に直撃、彼女は通路の奥の壁際に押し込まれた。


「ごぼぇ……」


 それでもまだ彼女は生きていた。


あいだを空けるな!! 第三射目を!!!」


 今度はグレゴリーが叫ぶ。


 続けざまに3発目がコビドを襲う。その砲弾はコビドの左足を吹き飛ばした。


「ぐべぇえ!?」


 コビドは変な声を出しながら地面でもがいた。


「よし、効いてるぞ!! 続けて四射目を――」


「待ちたまえロッチロ中佐!!」


 止めたのはグレゴリーだった。彼はコビドの後方に建つビルの上部を指差す。そこには先程コビドが弾いた弾が当たった箇所があり、コンクリートが抉れバランスを失っていた。そしてそれは今にもこちらに向かって崩れ落ちてきそうな状況だった。


「あれが崩れたらここにいる我々もただではすまん。一度後退だ」


「ですが――」


「今この状況でサイコロリアンに向かって砲弾を打ち込めば奴が背にしているビルにも衝撃が伝わる。――その意味、わかるな?」


「……はい」


 ロッチロは心底悔しそうにグレゴリーの指示に従った。でもそれは正しかった。グレゴリーが全隊員に後退を命じるのとほぼ同時にビルの上部が崩れた。そして動けなくなったコビドに向かって落下する。


「あれの下敷きになればいくらサイコロリアンといえども無事ではいられまい……」


 後方に下がる戦車から身を乗り出すグレゴリーが漏らした。彼だけではない。そこにいた誰もが勝利を信じて疑わなかった。


 だが……


 落下する巨大なコンクリートの塊はどういうわけか地面から1メートルほどの高さでピタリと止まった。そして、その塊は重力に反するようにぐわっと浮き上がり放物線を描くように後退していた兵士たちに向かって飛んでいった。


 ありえない現象に誰もが呆然とするばかりだった。そして多くの兵士が下敷きとなり周囲の者たちはその衝撃で吹き飛ばされ――


 一瞬にして多くの兵士が命を落とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る