映画地獄

東方雅人

第1話 呪いの映画

【チャンネル名】

 実録ホラーチャンネル〝オカルトカルト〟

 登録者数 2.13万人


【タイトル】

 都市伝説〝呪いの映画〟の謎を追え!


【ディスクリプション】

 それを観た者は必ず呪われる――そんな噂がある90年代の都市伝説〝呪いの映画〟。その実物と思しきフィルムを入手した〝オカルトカルト〟チームは、都市伝説の真偽を検証すべく、実際に鑑賞してみることに……。

 果たして呪いは実在するのか?

 〝オカルトカルト〟のメンバーは無事でいられるのか?




「動画をご覧の皆さま、おはこんばにちは。チャンネルディレクターのジョージと――」

 三脚に取り付けられたカメラの前に立つ彼――古地ふるち浄司じょうじが切った言葉のあとを、私――折田おりた譲那ゆずなが間髪入れずに継いだ。

「同じくディレクター、兼カメラマンのユズナです」

 二人で声を合わせて、

「ジョージとユズナの、オカルトカルトです」

 番組の冒頭に必ず入るお馴染みの口上だ。

「本日、私たちが取り上げるテーマは……ズバリ〝呪いの映画〟です。ホラー映画マニアの間ではそこそこ有名なネタなので、ご存じの視聴者も多いかもしれませんね」

 それは90年代初めに囁かれはじめた都市伝説だ。

 ある駆け出しの若手映画監督が一本のホラー映画を撮影した。試写会でその作品を観た者は一人残らず発狂か謎の自殺を遂げる。以来、その映画は〝呪いの映画〟としてどこかにひっそりと封印されている、というものだ。

 たまに〝本物〟と称されたそれらしい映像が電子掲示板で紹介されることもあったが、インターネットの隆盛とともに大量生産される無数の都市伝説のなかに埋没し、次第に人々の記憶からも忘れ去られた。

 そんなカビの生えた都市伝説を、いまさらどうして私たちが取り上げるかというと――

「以前この番組にも出演して頂いた、映像蒐集家の高橋たかはしたたり先生がSNSにこんな投稿をしていたんです」

 ジョージはスマートフォンをカメラの前に掲げた。

『あの〝呪いの映画〟のフィルムを入手! さっそく見てみようと思います』

 文章の下には、小汚いフィルム缶を手に持つ高橋の写真もあった。日付は8月5日――1週間前だ。

 私たちはすぐさまフィルムを借りたいと申し出て、彼は快く応じてくれた。こうして車で3時間かけて隣県T市にある高橋の自宅までフィルムを取りに来たというわけである。


 カメラを三脚から外し、高橋邸に向ける。見た目はどこにでもあるような日本家屋だ。

「では早速、呼び鈴を鳴らしてみますね」

 しばらく待っても物音ひとつない。半透明の引き戸に額を押し付けて室内の様子を伺おうとするが、動くものは何もない。不在か、と思った次の瞬間だった。目の前にぬぅと人影が浮き出たと同時に、ドアが勢いよく開かれた。

 その影の主は、自称〝映像考古学者〟のホラー映像コレクター、高橋そのひとだ。

 数か月前のコラボ収録のときは恰幅のよい中年男性と記憶していたが、いまはけた頬とひどく悪い顔色のせいで、数年分も老けたように見えた。何かにひどく怯えているような落ち着きのない眼球が私とジョージを交互に捉える。

 小刻みに震える両手にはフィルム缶がひしと握りしめられていた。缶の上には剝がれかけたテープで留められた黄ばんだ紙。そこに書かれていたのは、『堕獄』――そして監督と思しき名前、「三宮教人」

「これが……例の映画ですか? だ……だごく? さんのみや……」

「そう、堕獄だごく。文字通り、地獄に堕ちることを意味するそうだ。監督の名前は、三宮みみや教人のりひとさ」

「見たんですか? この中身……」

 彼はこくりと頷き、

「これは紛れもなく正真正銘、〝呪いの映画〟だよ」と断言してみせる。

 何を根拠にそんな――とは思ったが、この異様な怯え様に私は妙な説得力を感じていた。

「どんな内容だったんですか?」

 彼はふるふると頭を振った。

「言えない。いや、言いようがない、と表現したほうが正確かな。内容を知りたければ実際に見てもらうほかにない」しばしの沈黙のあと、「本当に……本当に見るのか?」

 ガチガチと上下する歯の隙間から絞り出すように聞いた。

「ええ、そういう企画なので……」

 私は高橋からフィルム缶を受け取り、「見たらすぐに返しに来ますね。失礼しました」と半透明の引き戸を閉める。高橋が真っ黒な人影に戻るその直前、彼の口元がぐにぃと吊り上がった瞬間を、私は見逃さなかった。


 高橋邸からの帰路。車を走らせること1時間、県境の林道を走る頃合いにはすっかり日が暮れていた。

 ジョージがハンドルを握り、助手席の私は撮れ高のためにカメラを回し続けている。

 二人が敬愛してやまない映画監督、坂下さかしたよう——呪いの映画に関する噂話を一通り話し終えると、私たちの話題は自然と彼の新作に移った。

「ああ、そうだジョージ。あれ観た? 『まつろわぬ家』」

「もちろん、公開日に駆けつけたよ。俺は傑作だと思うね」

「だよね。事故物件専門の除霊師って設定は斬新だった」

「そうそう。初期の作品と比べれば見劣りはするけど、最近の『まつろわぬ』シリーズのなかでは断トツに良かったね。幽霊屋敷モノの新機軸だよ」

 などと映画の感想で盛り上がっていると、不意に白い何かが窓の外を横切った。

 すぐさまカメラを車の後方に向ける。と、遥か後方に白く細長い物体が見えた。ひっと私は喉を引き攣らせる。街灯もない暗闇にあって、なぜかそれははっきりと白く見えたのだ。

「え、何あれ? 人に見えなかった?」

「まさか。ビニール袋か何かを見間違えたんだろう」とジョージは鼻で笑いながらまるで取り合わない。

「ユズナは相変わらず怖がりだな。そんなんじゃ……」

 彼は急に言葉を切った。車の後方からドンッと音が鳴ったからだ。私たちは互いに顔を見合わせる。

「聞こえた? 聞こえたよね?」

 しばらくして後方から、今度はより大きな音で、ドンッ――

 私は持っていたカメラを豪快に取り落とす。床に転がったカメラを目で追ったあと、私たちはまた顔を見合わせた。先ほどの恐怖に歪んだ顔と打って変わって、今度は笑いを必死に抑える滑稽な表情を湛えて。

「いまのはちょっとやり過ぎじゃない?」

「あれぐらいやんなきゃ最近の視聴者は満足しないんだよ」

 二人してけらけらと笑いだす。

 有り体に云えば〝ヤラセ〟である。種も仕掛けもある自作自演。はっきり怪現象と分かる大胆さで、それでいて嘘っぽくならないギリギリのラインを攻めるのがコツだ。

「それにしても迫真だったね、高橋さん。先に云っといてよ、マジで怖かったんだから」

 ジョージはきょとん、とした表情で私に向き直った。

「え、あれって……ユズナの仕業だろ?」

「ううん、私は何もしてないよ。高橋さんと連絡とってたのってジョージでしょ? てっきり事前に演技をお願いしてたんじゃないかって……」

「じゃあ番組的に気を使ってくれたんじゃないか? 動画にすることは伝えてたわけだし、自主的に演技してくれたんだよ。きっと」

 ジョージの云う通りだ。きっとそう。そうに違いない。私は繰り返しそう自分に云い聞かせた。



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