静かの海

 一人の女性がゆらゆら揺れている、こちらにすっーと向かっており、やがて軽くぶつかる。その女性は見とれてしまうほど綺麗だった。それが理解できた。だがまだ女性であること、人間、生き物であることを理解できていない。

 思わず話しかけた。

「君はなんでここにいるの?」

 これがこの女性が理解できる言葉なのだろう。それをなぜだが感覚的に知っていた。

「えっ、誰か話しかけてきた。誰なの?」

「僕は、もう直ぐ生まれる存在。もしかして君は僕と同じ存在が生んだ賜物かい?」

「な、何を言っているの?」

「分かり難いだろうね。それは僕にも分かる。でも、今はこう言うしかないんだ。僕はもう直ぐ生まれる。そして、きっと君のような存在が生まれてくる、それもわかった。君のような美しいものが生まれてくるなら、僕も生まれてくる価値はあるんだろうね。もしかして迷い子かい?」

「迷い子……そう私、この空間をさまよっているの。なんとかならない?」

「そうか……悪い。僕もまだ完璧ではないんだ。でも、君の美しさに免じてなにかしてあげよう」

「ありがとう。あっ、あともう一人いるの。どこかにいるはずなんだけど、男の人で」

「そうか。それを見つけるのは果てしない冒険になるだろうね。残念ながら僕はまだ生まれていない。探す事はできないよ。よし、君に力を与えよう。ここでも生きているという証をあげる。それは自在に泳ぎ、扉を自由に開けられる力、それでまた僕に会いに来てくれ。きっと生まれてきたらさみしくなるだろうから」

「どういうこと?」

「君はどこで生まれたんだい?」

「どこで生まれたって……日本、地球って星にある日本という国で生まれたの」

「日本、地球か。君に触れているとその匂いを微かに感じることができるよ。きっと美しいところなんだろう。この匂いを頼りに君の探しているものを探せばいい」

「匂いなんて、そんなの分からないよ」

「大丈夫、直ぐにわかるようになる。選ばれた印をつければ……。これで君は自分の意志で飛び回れる。ある意味、超越した存在になった」

 真里は閉じていた瞳を開く事ができた。体勢も横から縦向きに変わる。立っている時と同じ姿勢という事だ。周りは虹色、と言っても綺麗に色が並んでいるわけではない。そんな様々な色で覆われた空間だった。それは時に水色になったり、緑と赤が混じった色になったりと不規則に色の数が変化して、歪曲している。

 目の前には土の色をした塊が浮んでいた。

「あなたがさっきから私に話しかけてきたの?」

「そうだ。やっぱり美しい。これからこんな存在が生まれてくるのかと思うとわくわくするよ。是非また会いに来てほしい。その時はまた違った形になっているはずだ。もっと成長した、美しい」

「どうすれば会えるの?」

「なに、じきに慣れる。血が共鳴する方向へ向かっていけばいいのだから。僕の匂い、忘れないでおくれ」

「そう言われても……」

「なら一度、僕を君の生まれたところへ連れていってくれ。そうすることによって君の持つ力を自覚するだろう」

「私の生まれた場所って」

「君の生まれた場所をイメージするといえばわかるか?」

 真里はそう言われて顔を力ませながらイメージしてみた。ここは壮大にあの、青い地球を。

「えっ」

 そこは月の上だった。正面にはあの地球が浮び上がる。理科の教科書などで見たあの光景がそのままに。

「うまくできたじゃないか。そうか、あれが君の生まれた場所か」

「すごい、どうやって……」

「これが君の力だ」

「どうして、どうしてこんな力を私に?」

「それは僕がさみしいからだ。ある時、突然、自我を自覚した。ここから抜け出したいとおそらく何兆回と叫んだ。そして、ようやく、ようやく目覚める時がきたと予感する。その途端に一人になったとさみしくなるんだ。誰かと会いたいと願うようになる。でも僕は一人だ。今までは一人じゃなかったんだけど、明確に一人になってしまった。そう考えると僕は運がいいのかもしれないな、生まれる前に君に巡り会えたのだから」

「要は一人が寂しいんだね」

「そうだ。それを分かってくれさえすればいい。今ここへきた時のように、その感じを忘れないでいつかまた僕に会いに来てくれ。僕はいつもここにいるから」

 フェードアウトするように消えていった。自分は何か大きな力を得た。真里の目つきが鋭く変わると、大切なあの人、磯村を探しに旅立つ。まだ上手く扱えない、それも分かっていた。でも、じきに慣れるという言葉を信じて、真里は終わりのない旅へ、永遠にこの空間を行き来する存在となる……。

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