第50話 鞍の雫

 観音様の頭上で浴びる、朝一番の海風はどこか寂しかった。ヲネは空に立ちながら、両手の上で二つの魂が交差していくのを見た。それは、形を取り戻して地上へと降りていくシオンの魂と、彗星のように光を散らしながら輪廻のなかへ昇っていくカナタの魂だった。朝明けの真下で繰り広げられる魂の交錯を、無数の野良魂たちは静かに見守っている。




「二人とも、いつまでも幸せにね」




 ヲネは両手から二つの魂を解き放った。強い光の中で、それらは本来帰るべき場所へと戻っていくのだった。




「さようなら。……さようなら」




 ヲネは二つの魂と、観音様を見て言った。永遠の時の流れが今は憎らしい。




「満足したかしら?」




 ヰネはどこからかヲネを見ていたようだ。親が子供のたわごとを達観するような素振りで言った。




「してないよ。もっとうまくやれたんじゃないかって思う」


「そう。それならよかったわ。次の世界でも、よろしく頼むわね」


「うん、わかった」




 野良魂の光がむなしくヲネの横顔を照らした。ヲネは光のもやの中で瞬きをして続ける。




「ヲネね、人間についてわかったことがあるの」


「なに? あの娘から何か学べたというの?」


「うん。人間はね、すべてを分かり合っているから仲良しでいるわけじゃない。似ている部分や異なる部分を探して、お互いを分かり合うために仲良くなるの」


「そこまでして仲間を増やしたいなんて、人間は愚かね。やはり弱い生き物だわ」


「違うよ! 弱い部分と向き合えることは強さの証。自分よりも他人を、大切にできる心を持った者の証だよ」




 ヲネは胸に手を当てて、話を続けた。




「ねえ、ヰネ。ヲネたちエコウも、変わらなきゃいけない時が来ているのだと思うわ。もっと上手く、誰の犠牲も出すことなく、『雫』を回収する術すべを見つける必要があると思うの」


「残念だけどヲネ、それは不可能よ。私たちは『装置』なの。与えられた通りの仕事をしなければならない。変わることもできないし、変わる必要もないわ」


「じゃあどうして、『装置』であるはずのヲネの胸がこんなにも苦しいの? 熱くなったり、苦くなったりするの? ヲネたちが『装置』であることは誰が何時きめたの?」




 ヲネの問いに対する答えをヰネは言わなかった。答えが見つからなかったのかもしれない。




「もう時間よ。輪廻のなかへ戻りましょ」




 ヰネがそう言うと、ヲネの周りの空がまるで毛布のように包まってヲネを包んだ。そうして優しくヲネを撫でるように覆った。魂の色が見えなくなり、暖かな日差しが遊園地を照らしはじめる。穏やかな海風が吹いて、雑草をしなやかに揺らした。メリーゴーラウンドの木馬には、剥げ汚れた鞍の上に小さな夜露が一滴、どこからか滴り落ちていた。




☆☆☆




「なんかマリ嬉しそうだね。いいことあった?」




 いつもの気だるい昼休み。4人でお弁当を囲みながら、カンナが言った。




「ふふふーん」




 マリは、にやついて鼻歌のような声で答える。




「なに? 焦らしてないで早く言いなさいよ」


「実は……」


「実は……?」


「ハンドメイドのピアスが、やっとメルカリで売れました!」


「なーんだ、そんなことか」




 カンナは残念そうに肩落とした。その様子にマリは不満そうだ。




「そんなことかじゃない! うちにとっては大ニュースだよ!」


「たしかに一人だけ売れなくて困ってたもんね」




 シオンは頬杖をつきながらマリに言った。からかっているのか、フォローを入れているのか分からない。




「ちなみにいくらなの?」




 カンナが尋ねると、マリはスマホの画面を開いて、3人に見せる。




「えっ、安っ」


「これでも大分値下げしたんだよ」




 そう言って大げさに落ち込んでみせるマリに、3人は笑いあった。そんな様子をみて、コヂカは励ますようにマリに言う。




「でもよかったね、ちゃんと売れて」


「うん……、ありがとコヂカぁ……」




 マリは机にふせて、コヂカの制服の袖をつかんだ。コヂカはそんなマリの頭を優しく撫でる。するとカンナが思い立ったように言った。




「あのさ、もう一回拾いにいかない? コヂカの作品も見てみたいし」


「えっ、私の?」


「うん。どうかな?」




 カンナの問いかけにシオンは躊躇なく同意する。




「いいと思う」


「マリはどう?」




 そう尋ねられたマリは勢いよく顔を上げると、




「さんせい! リベンジだっ!」




と闘志を燃やした。




「じゃあ決まりだね。部活終わったら連絡して」

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