第37話 カンナの助言

 運動部のじゃれ合う声が虚しく校庭に響いていた。夕日が沈み、学校に残っている生徒もほとんどいない。コヂカとカンナは気まずい雰囲気の中、二人だけでバス停を目指して歩いていた。




「難しそうだよね、生徒会の仕事って。みんなの意見を反映させなきゃいけないし」




 カンナがフォローするように言った。さっきまで行われていた部長会議は、結局答えが出ることなく終わった。体育館とグラウンドの使用割り当てについて、部長たちだけでなく、生徒会内でも意見が割れたのだ。カヅキと他の役員たちが揉めている間に、みんなが思い思いに話しはじめ、その様子にあきれた何人かの部長は勝手に会議を抜け出していった。


 コヂカは生徒会長として、場をまとめることができなかった責任を感じていた。書類を片付けるため生徒会室に戻ったコヂカに、苛立ちを隠せないカヅキが言った。彼の目にはコヂカが、日和見的に態度をころころと変えているように映ったのだろう。




「会長は結局、どっちの意見に賛成なんですか?」


「私は……、私はただ誰にも嫌な思いなんてしてほしくなくて。みんな仲良くしてくれたら、それでいいの」




 カヅキは眉間をピクリと震わせ、何か言いかけたが、




「わかりました、もういいです」




と言って荷物を片付けてはじめた。コヂカが彼を止めようと言葉を選んでいるうちに、カヅキは早足で会室から出て行った。コヂカのまぶたには、今まで見たことがないカヅキの表情だけが焼きついていた。




 「コヂカはよく頑張ったよ。そもそも男子バスケ部があんなこと言いださなかったら、こんなに揉めることはなかったわけだし、全部あいつらが悪い!」




 うつむいたまま何も言わないコヂカに、カンナは冗談っぽく怒った口調で言った。励まそうとしていることはわかったが、今のコヂカには、その優しさが苦しかった。小さく首をふってから、コヂカはカンナを見つめた。彼女はコヂカの表情からすべてを察して、励ますのをやめた。




「コヂカの真面目で素直なところ、うちは好きだよ。でも正直、ちょっと要領が悪いと思う時もある。完璧を目指そうとするあまり、失敗しちゃうっていうか。テストで全教科満点を狙いにいって、全教科撃沈みたいな」




 カンナの可笑しな言い回しに、コヂカは思わず小さく吹き出した。




「うちも長い間ダンスをやってて、似たような気持ちになっちゃうときはある。練習では完璧にできたのに、本番では失敗しちゃって、もう終わった、今すぐやめたいって、曲の途中なのにすごく落ちこんだりもする。でも一か所だけのミスを気にしていたら、全体の演技に影響がでてしまうでしょ。だからいつも、仕方がない、次に進もうって自分に言い聞かせて、最後まであきらめずに演じきるようにしてるの。結果的に完璧じゃなくても、今の私が出せる最高の演技を見せようって。満点をとれないからやめるじゃなくて、満点じゃなくてもいいからゴールまで向かってみる。その姿勢が、うちは一番大事なんじゃないかと思う。これって生徒会の活動にも言えることなんじゃないかな?」




「つまり、全員が納得できる完璧な答えじゃなくてもいいから、私なりに答えを出してみるってこと?」




 コヂカは少し先を歩くカンナを見つめながら言った。




「うん。コヂカがいつまでも悩んでばかりいたら、他の生徒会の子たちがどうすればいいか分からなくなっちゃうよ」


「そっか、そうだよね」




コヂカが前を向くと、木枯らしが鬱陶しく髪を頬に巻き付けた。カンナの言っている意味はわかる。でもコヂカには、嫌われるかもしれない決断する勇気が、まだ湧いてこなかった。




☆☆☆




 その夜、コヂカは疲れた体をベッドに預け、天井を眺めていた。視界には入っていないが、えんじ色のシーグラスが気にかかる。そんなコヂカをのぞき込むようにして、ヲネは立っていた。




「コヂカちゃーん。ひさしぶりー」




 語尾をゆっくりと伸ばして、ヲネは言った。かわいい八重歯が見えている。




「クリヲネちゃん?!」




 コヂカはハッとして起き上がると、ベッドに座った。




「願いを叶えたから、もういなくなっちゃたのかと思った」


「ふふふふっ。ただいまー」


「今までどこに行ってたの?」


「ちょっとね、里帰り」


「里帰り?」


「うん」




 ヲネは頬をぷっくりとさせて、続ける。




「ヲネのね、お母さんでもありお父さんでもあるエコウと会ってきたの。心配させてごめんね」


「そうだったんだ。また会えてよかった」




 コヂカはそう言うと、目を下に背けた。一瞬、良くない考えが浮かぶ。ヲネの魔法を使って、生徒会を悩ませているあの部活の存在を――。




「コヂカちゃん、どうかしたの? 悩ましい顔をしてるけど」




 ヲネの声にコヂカは強く目を瞑った。やっぱりそんなの駄目。自分の力でなんとかしないと。




「ううん、なんでもない。ちょっとカナタとゲームしすぎて疲れただけ」


「ふーん、ならいいけど」




 ヲネは退屈そうにベッドに寝転んだ。コヂカの真横で小さな体が弾ませ、ベッドを揺らす。




「クリヲネちゃんはいつまで私の傍にいてくれるの?」


「ママでありパパが、人間への恩返しが完了したよって認めてくれるまで」




 コヂカは何も言わなかった。するとヲネは、自分が揺らしたベッドに体を預け、海の上を漂うようにして天井を見つめながらつぶやいた。




「だからね、コヂカちゃんにはヲネの魔法いっぱい使ってほしいなあ」




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