第36話 会長の役目

 月一で行われる部長会議の教室に、コヂカは資料を持って急いでいた。胸に抱え込んだ紙の束には、各部の要望をまとめたものと、カヅキと遅くまで残って考えた生徒会からの提案が記されている。大丈夫、きっとみんな納得をしてくれる。コヂカはそう自分に言い聞かせると、教室に入り、生徒会長として制服を正した。


 まだ開始まで20分ほどあり、部長の席はまばらだった。話し合いが円滑に進むよう、後輩の役員たちが机をコの字型にしてくれている。会長であるコヂカは黒板の前の机に書類をおき、各部に2枚ずつ紙が行き届くように、部長たちの席の前にプリントを置いていく。




「海野会長、手伝います」




 手の空いたカヅキがコヂカの横に来て言った。




「ありがとう」




 コヂカはカヅキに半分だけ紙を渡すと続けた。




「みんな納得してくれるかな」


「あれだけ時間をかけて考えたんですから、大丈夫だと思います」


「そうだね」




 カヅキとコヂカは目を合わせて、作業に戻った。開始が近づき、部長たちがぞろぞろと教室に入ってきた。代替わりをしたのだろうか、知らない顔が目立つ。コヂカにとってもこれが生徒会長として挑む初めての会議だ。大きく息を吸って気合を入れると、部長たちの中に見知った顔を見つけた。




「あれ? カンナ?」




 カンナはコヂカを見るなり、気が抜けたように笑った。そして、ほっとしたような顔でコヂカに近づき、




「コヂカ!」




と声をかけた。




「どうしたの?」


「部長の子が出られなくなっちゃってさ、今日は代理。会議、頑張って」


「うん、ありがとう。カンナもね」


「ふふっ、眠らないように気をつけるわ」




 カンナは笑いながらそう言うと、コヂカの両手を取って握った。慣れない会議で緊張しているようだったが、コヂカを見つけて少しは安心したようだ。コヂカもカンナの温もりを両手に感じて、少し気が楽になった。二人はそのまま、生徒会長とダンス部部長の席に着いた。




☆☆☆




 カンナの言葉に反して、会議は眠る暇なんてないくらいに白熱した。とは言っても、グラウンドの整備の分担は肯定的に受け入れてくれたし、囲碁部の部室を吹奏楽部へ受け渡すことも、しぶしぶではあるが了承してくれた。しかし問題は、体育館使用の割り当てだった。カヅキが理由を説明したが、男子バスケ部を除くすべての部活が、この提案に猛反対した。




「今まで各部が均等に割り振られていたのに、いくら大会成績がいいからって、男子バスケ部だけ使用時間が長いなんて納得できません」


「私たちだって週に2回の予定で練習メニューを組んでいます。急に変えろと言われたって無理です」




 そうした反対する部長たちの意見に耳を傾けつつ、短く髪を切りそろえた小柄な男子バスケ部の部長は、落ち着いた様子で話を切り出した。




「僕たち男子バスケ部は、おかげさまで去年も全国大会に出場することができました。しかし部員の数も増え、AチームとB、Cチームにわけて練習を行うためには、体育館を一面使わないと厳しくなってきました。皆さんの気持ちは痛いほどわかります。ですが、わざわざうちの部活に入るためにこの学校に入学してくる新入生もいるんです。どうかお願いします」




 彼はそのまま深々と頭をさげる。しかし他の部長からため息が漏れ、険悪なムードになりはじめた。議事進行のシホが慌てて会議を進める。




「じ、じゃあ次はダンス部の方、お願いします」


「あ、わたしか」




 急に呼ばれたカンナは一瞬戸惑ったが、すぐに一呼吸を置いて話を始めた。みんなを見回すようにして、わかりやすく。生徒会長のコヂカより話慣れている。




「私たちダンス部も、この割り当てには反対です。確かに男子バスケ部さんの成績は素晴らしいと思います。でも私たちだって遊びで部活をしているわけではありません。うちの部も部員が増え、練習場所と時間の確保には苦労しています。大会成績がいいからといって、男子バスケ部さんだけ優遇するような割り当てには納得できません」




 即興で考えたとは思えない口回しだった。カンナの意見に他の部長たちも頷いて同意をする。これで体育館部活の話がすべて終わり、あとは生徒会長であるコヂカのまとめを待つのみになった。コヂカが「仕方ないよ」という表情で眉を下げると、カヅキと男子バスケ部の部長は残念そうに肩を落とした。




「各部の反対意見が多数ありましたので、今まで通り、各部平等な割り当てとします」




 コヂカが目の前の書類をまとめ、会議を終えようとした時、それまで黙っていたラグビー部の部長が手を挙げて発言した。




「ちょっと待ってください。僕たちグラウンド組は大会成績で割り当てが決められています。体育館組だけ平等だなんてフェアじゃありません」


「僕たちも同感です」




 隣に座っている陸上部の部長も彼に同意する。確かにグラウンドの使用割り当ては、大会成績が良い野球部とサッカー部が多めになっている。彼らからしてみれば、体育館だけ平等なのは納得がいかなくて当然だろう。こうして終わり始めていた会議に再び火が付いた。コヂカは大荒れになりそうな予感に、胸が締め付けられそうだった。


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