第29話 言葉の弱さ

「人間って愚かな生き物ね。言葉を交わせただけなのに、心まで通わせた気になるのですもの」




 コヂカが涙を啜る中、ヲネが沈黙を破った。夜のバス停を抜ける風は、どこか悲しげな憂いを帯びている。




「そうかもしれないけど、あなたたちと違って、私たちには言葉しかないんだから、仕方ないじゃない。言葉で、自分の心を伝えなくちゃ」




 ヲネの言ったことを、今のコヂカは痛いほど理解できた。それでもコヂカはそのすべてを認めることはできなかった。




「ならどうして、心を伝えるたった一つの手段であるはずの言葉で、嘘をついて本心を隠すのかしら?」


「それは……」




 コヂカが答えに詰まると、ヲネはすぐに続けた。




「それは、人間がとても弱い生き物で、群れていないと、すぐに孤独で死んでしまうから。人間たちは、誰も嫌わない自分たちを優秀な種族だと勘違いしているけど、本当は嘘をついてまで本心を隠して、自分を守ることで、頭がいっぱいなの。自分が嫌われないために、誰も嫌わない人間を演じながら、必死で群れにしがみついてる」


「……違う、そんなことない」


「違わない。貧相なコミュニケーションに頼って群れているから、疑念が生まれて、最終的には誰も信じられなくなる。心に嘘をついてまでみんなと仲良くしていても、水面下で腹の内を探り合っているのなら、何の意味もないの。このまま八方美人で生きても、コヂカちゃんを真に理解してくれる存在が現れると思う?」




 ヲネの指摘は残酷なほど的を射ていて、コヂカは抗う事すらできなかった。小さく首を振って、涙を拭いながら、




「じゃあ私は、どうすればいいの?」




とヲネに助けを求めていた。




「ヲネはね、嫌いな人に、あなたが嫌いと正直に打ち明けることが悪い事だとは思わない。むしろ、それはお互いにとって、お互いのためになることだと思う。だって、嘘をつくより健全だし、無理に仲良くしてお互いに嫌な思いをするよりも、心が通い合っている者同士だけで仲良く楽しくやっていたほうが、ずーっと居心地がいいんだもの。人間には魔法がないから距離を置くくらいのことしかできないけど、ヲネたちには『トレード』の魔法がある。疑念や憎悪の種になる存在は、初めから居なかったことにして、消しちゃえばいいの」




 ヲネは可愛く笑って、最後にこう付け加えた。




「大丈夫よ。誰かを嫌うことは、嫌われる覚悟がある強さの証だから」




 ヲネの言葉は、傷ついたコヂカの心を優しく撫で、最後には傷口に入った。はじめからこうすればよかった。無理に、嫌いな相手に気を使って、仲良しを演じる必要なんてなかったのだ。




 全部、シオンが悪い。思い返せば最初から、シオンはコヂカのことなんて気にも留めていなかった。コヂカにとっての仲良し4人組は、シオンにとっては3人組だったのだ。上辺だけの友情の下で、コヂカの本質を見抜いていたシオンは、密かにコヂカを仲間外れにするべく謀っていたに違いない。濃縮された憎悪と怒りが、コヂカの支配を始めていた。




「私はシオンが嫌い! シオンなんか、いなくてもいい……」

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