第28話 春の雨

 そんな中でコヂカを救ったのが、マリだった。マリは隣の中学出身で、プールで色素が抜けた茶髪と小麦色に日焼けした肌が、快活な印象をコヂカに与えた。誰とでも仲良くなれるタイプのマリは、すぐにコヂカとも打ち解け、質問されるのが苦手なコヂカを質問攻めにした。




「部活は、もう決めた?」


「ううん、まだ。中学はバレー部だったけど、運動があまり得意じゃないから、文化系でなにか新しいことに挑戦してみようかな」


「いいじゃん。何か気になる部とかあるの?」


「写真部とか、中学まではなかったし、気になるかも」




 マリは出会った初日から、コヂカの全てを知り尽くしたそうだった。そんなマリに引かれないように懸命に答えを練りながらも、コヂカは不思議と彼女に対して嫌な気持ちがしなかった。マリはコヂカの答えを絶対に否定しない。「しそう」「っぽい」と考え方を型にあてはめない。どんなことを言っても、「面白い」で許してくれそうな気がする。何度か一緒にいるうちに、コヂカはマリの雰囲気が好きになった。気兼ねなく話せる、カンナと同じような暖かさをマリは持っている。それでいて、彼女は前向きで明るい。コヂカたちが集まると、話題はいつもマリの口から始まる。


 そんなマリと対照的な存在だったのが、シオンだ。シオンはカンナと同じダンス部で、カンナとは中学時代からの付き合いだった。コヂカも同じ中学だったので顔や名前は知ってはいたが、特に仲が良かったわけでもなく、廊下で会ったら挨拶をするかしないかくらいの関係だった。入学式でコヂカを見つけたシオンは、抑揚なく滑らかに唇を動かして




「あなたも一緒なんだ、これからよろしくね」




と言った。艶やかな黒髪に、二重瞼をぱちくりとさせている。




「あ、うん。こちらこそ」




コヂカはシオンを見て、緊張している自分がいることに気づいた。学年でも圧倒的に美人で、こんな子と友達になれたらと、コヂカはカンナやマリとは違った憧れをシオンに抱いていた。この頃はまだ、コヂカは彼女のことをよく知らなかったし、シオンもまたコヂカのことをよく知らなかった。お互いに、カンナの友達の友達。そんな程度の認識だった。


 そんな程度の認識でも、同じ学校に入って、同じクラスになれば、必然的に会話は増える。コヂカは、風鈴のような淑やかさと気高さを持つシオンのことを、もっと詳しく知りたくなった。マリにされたように、今度はコヂカがシオンを質問攻めにしてみたい。密かにそんな瞬間を、コヂカは待ち望んでいた。


そうして、その時は出し抜けに来た。5月の終わりの雨の昼休み。マリは珍しく風邪で欠席していて、コジカとカンナ、シオンの3人だけが机を寄せていた。湿り気が塩ビタイルに張り付き、おしゃべりがこだまする。




『1年2組の山県カンナさん、職員室で先生がお呼びです』




 3人ともお弁当を食べ終えたころ、校内放送でカンナが呼ばれた。突然の放送に教室はいったん静まり返る。




「え? なんだろ……」


「やらかした?」




 シオンはスマホから手を放して、少し笑いながらカンナに尋ねる。




「そんなことないと思うけど……。あっ、わかった、たぶん奨学金だ」




 思い当たることがあったのかカンナは目を開くと、慌てて引き出しから書類を抱え、




「ちょっと行ってくるね」




と急いで教室から出て行った。




「いってらっしゃーい」




 無気力そうなシオンの返事。続けてコヂカもカンナを見つめ、




「いってらっしゃい」




と呟いた。すっと静けさが広がって、さっきまで凪いでいた心が、波うちを始める。




「あはは、大分慌ててたね」




 コヂカが乾いたように笑うと、シオンは




「そうだね」




と小さく笑って、雨粒を見つめた。コヂカは一呼吸置いて、シオンに声をかける。




「部活はダンス部だっけ?」


「うん」




 頬杖をついたシオンは、大きな瞳をコヂカに向けて、続けた。




「海野さんは?」


「それがまだ、決めてなくて」


「え? 早く決めないと、入りづらくなっちゃうよ」


「……そうだよね。中学まではバレー部だったんだけど、あんまり運動するのが、得意じゃないから」


「そうなんだ。じゃあ文化部とか?」


「うん。そう思って、何個か体験入部に行ってみたんだけど、なかなかいいなあって思える部活が無くて」


「この学校、文化部少ないからね」


「ほんとだね、もっと増えればいいのに……」




 コヂカの言葉を最後に少し会話が途切れる。するとシオンは、付いていた肘を机の前で組みなおして、




「じゃあダンス部に来なよ。カンナもいるし」




と含み笑いをしながら、コヂカを誘った。




「えっ、でも」




 その笑いに嘲るような意味合いがあったことを、その時コヂカは察した。コヂカがシオンのことを知りたがっているのに対して、シオンはコヂカのことなど気にも留めていない。入れるものなら、入ってみなよ。そう言いたげだった。




「でも、リズム感がなくて、ダンス苦手で」


「そっかー。じゃあ無理かな、ここのダンス部、結構ガチだし」


「うん、遠慮しとく」




 冷や汗が一瞬、背中を伝った。




「早くいい部活、見つかるといいね」


「あ、うん」




 それからしばらくは、言葉が途切れたままだった。そうしているうちにカンナが戻ってきて、コヂカたちは、またいつもの関係に戻った。


 4人で仲良くするようになった今でも、シオンと二人だけで話すことはほとんどない。シオンの目はいつもカンナやマリの方を向いていて、コヂカは視界にさえに入っていないような気がする。美麗な彼女と凡庸なコヂカでは釣り合わないと思われている。


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