第17話 涙の屋上

 普段は入れない校舎の屋上で、コヂカは涙を手のひらで拭っていた。知らなければよかった真実なんて、この世界には沢山ある。コヂカは透明になることで、カヅキの生活を覗き見て、その一つを目の当たりにしてしまっただけだ。唇を伝いそうになる鼻水を懸命にすする。




「コヂカちゃん。どうして泣いてるの?」




 音もなく、ヲネは背後に立っていた。心配そうな眼差しでコヂカを見つめる。




「コヂカちゃんが悲しいと、ヲネも悲しい」


「ごめん……なんでもないの。1人に、させて」




 しばらくの間、コヂカが涙をすする音だけが響く。




「あの男の子? コヂカちゃんを泣かせたのは」




 ううん、違う。コヂカは声を出すことなく頭を振って否定した。




「じゃあ、あの女の人?」




 違う。勝手に勘違いしてた私が悪い。そう言いたかったが、言葉にはならなかった。




「ねえ、コヂカちゃん。教えて。ヲネ、コヂカちゃんの力になりたいの」


「だれでも……ない」


「ほんとにそう思ってる? ヲネの手にかかれば、なんだってすぐに消せるよ」




 舌足らずな高い声で、ヲネはそう言った。それでもコヂカが黙っているので、さらに彼女は続けた。




「3番目の、トレードの魔法を使えば、人間だって消せる。存在しない人間を生み出す代わりに、この世に生きている人間の命と取り換えるの。悪い子はみんないなくなって、コヂカちゃんをいじめない、いい子たちばかりになる」




 生贄。それがヲネの言ったトレードの魔法のリスクだった。あまりの恐ろしさに、コヂカは涙が引いていくのが分かった。




「さあ誰を消そうか。コヂカちゃんを泣かせた人を教えて?」


「だめ!!!!」




 そんなことできない。コヂカはそう思った。神隠しの力を使ったことは誰にも知られないのだとしても、それは殺人となんら変らないのではないか。その迷いがコヂカに強くヲネの言葉を否定させた。




「……そう」




 ヲネは残念そうに小さくそう呟いたが、すぐに元のトーンに戻って




「じゃあデリートの魔法で、二人の頭の中から恋人の記憶を消してみない?」




と言った。




「デリートの魔法はね、人間そのものには使えないんだけど、頭の中にある記憶には効くの。あの二人の頭の中にある『恋人』っていう概念を消したら、二人はこれまでと変わらないけど、お互いのことは好きじゃなくなってる。どう? いいアイデアだとは思わない?」


「それって、なにかリスクとかはないの?」


「もちろん、ないわ。ただお互いが恋人だったことを忘れるだけ」




 カヅキとユリカが、お互いの恋人モードを忘れて、付き合う前に戻る。それならヲネの出した妥協案も悪くないのかもしれない。




「じゃあ、お願い……」


「うん、まかせて!」




 コヂカの言葉にヲネは微笑むと、ぷっくりと頬を膨らませて目を瞑った。




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