彼女の希望

 ギルドマスターの話は終わりました。ここですることもありません。

 ですが、気になる事があります。

「サーシャは、何故この男に死んで欲しくないのです?」

 サーシャは、できる事なら、ギルドマスターを殺さないで欲しいといいました。

 エメラルダから、貰ったリストを見た時のことです。

「この人は、この街に住む人たちから視れば、英雄です・・・」

 そう言う彼女の顔は、すこし暗い。

「まぁ、目立つ部分を見れば、そうなりますね。戦後の処理に当たって、英雄を作るのもよくある事です」

 被害が多ければ、それから目を逸らす必要があります。実際問題、冒険者の家族と、兵士の家族、どちらがこの街に多くいるのでしょう?

 ガルという男が死んだ出来事から、5年過ぎているみたいです。その間、ギルドマスターは、的確な仕事をして、街の防衛に貢献しています。その辺は、評価するべきでしょう。心の奥底で、何を考えているかは、普通は解りません。

 神であるエメラルダは、ある程度内面を見抜きます。恐ろしい事に、先を見抜く事も可能です。

 あのリストに乗っていた人物、ほとんどが現時点では問題ない存在です。

 加護の影響を、悪い意味で受けるのは未来の出来事。

 それを、事前に刈り取って欲しいという願いもありました。

 この男の場合、現時点ではある程度更正の可能性はあります。餌で釣れば、軌道修正も可能です。

「彷徨いし魂よ、顕現せよ」

 私がそう呟いた時、ギルドマスターが喜びの表情になりました。呪文から、ガルを呼び寄せたと思ったのでしょう。

「これは?」

 現れたのは、1人の少年です。

「死んですぐだけど、少し話をさせてもらうよ」

「やっぱり、俺は死んだのか・・・」

「私が殺したんだけどね」

「それは、仕方ない。俺が弱かっただけだ・・・。って、納得できるわけないだろうぅぅっ!」

 その少年が叫びます。

「まだ、これからだったんだ。俺の力で、多くの人を救い、魔物を倒し、世界を平和にして・・・」

「それが、望みだった?」

 叫びの途中をとめ、本音を聞きます。かつて、勇者としての加護を受けた少年。苦難の道が待っていたとしても、栄光を掴む事も出来たかもしれません。

「ちがう、ちがい、ちがったっ。もっと、色々と手に入れたかった。名声、財宝、出来れば、女の子と仲良くしかたった。もっと、もっと、色々、色々・・・」

 死者の無念というのは、大体同じ。過去に何度も、経験しているけど、気持ちの良いものではない。

「なんだ、助けてくれなかった?何で、俺は死んだんだ?」

「弱かったのと、喧嘩をうった相手が悪かった。守るべき大人が悪かった。色々と原因はあるけど、結局は、運が無かったかな?」

「運?」

「運命、定め。世の中の理不尽な存在。めぐり合わせとか、色々な結果。大体、この世界に私が来なかったら、君は生延びていたかもしれない」

「そうなのか?」

「もっとも、ほとんどの確立で死んでいるね。違いは、そのまま消滅するか、送られるか」

「送られる?」

「戦いの世界。永久に続く、終わりの無い世界。頑張れば良いことがあるかもしれない不思議な場所。君達は、その場所に行く権利がある」

「俺達?」

 勇者だった少年の周りには、その仲間が集まっていた。彼らも、死んだ事に対する恨みを、悲しみを、叫んでいた。嘆いていた。

「戦女神の使途、レッドの名の元に、永久の戦場へと誘おう」

 不思議な光が集まって、空間に扉が現れる。

「戦いは、人それぞれ。頑張れば新しい道が開かれます。願わくば、私の休暇が終わるまでは生延びて、共に戦いましょう」

 扉が開く。

 吸い込まれるように、勇者になれたかもしれない少年たちは歩き出す。

 それは、一つの救いだった。

 そのことを、彼らは理解した。

 くすぶっていた色々なものが流されていく。

 その先に、過酷な戦いがあるとしても、歩みを止める理由はない。

 その前の少女に対して抱いていた、恨みが消える。

 恐怖が、洗い流される。

 あるのはただ感謝。

 厳かな、神聖な気配が、辺りを支配する。

 静かに扉が閉まろうとするとき、声が響いた。

「待ってくれ!」

 ギルドマスターの叫び。

「私も、そこに連れて行ってくれ!」

 たとえ、今死ぬ事になっても、その先があるなら、その場所に行きたい。

「お願いだっ!私もぉぉ!!!」

 その願いは、届くことなく扉は閉まる。

「送れば良いじゃないの?」

 レンが、不思議そうに聞いてくる。

「神様のリスト、叶えなくても良いの?」

「だって、サーシャが殺さないでって言ったでしょ?」

「それだけで?」

「エメラルダの事も大切だけど、サーシャに嫌われたくないからね」

「私ですか?」

「まだ、知り合ったばかりだからね。これから、仲良くした相手の願いは、叶えたいよ」

 正直、色々と不安な部分もあるの。神の使途という立場を利用するのは、どうかなと。

「レッド様の意見をいうなんて、恐れ多い事をしたと、処罰も覚悟していました」

「そんな事で、処罰なんかしないよ」

「ですが・・・」

「お父さんなんでよね?」

「はい・・・」

「娘を認めない、駄目な父親でも、生きていて欲しいの?」

「この男を、一番苦しめる結果ですから」

「色々と、複雑なのね」

 腑抜けて、灰になっている男を見ると、サーシャの言っている事も理解出来ます。それだけではない、色々な思いがあるみたいです。

「色々と、狙っておいて何を言いますか・・・」

 不機嫌そうに、レンが文句を言います。

「何の事かな?」

「サーシャの父親の事。知っていたよね?」

「不機嫌?」

「うぅ、何で、私がこんな気持ちにならないといけないのよ」

「どんな気持ち?」

「解っていない、人垂らし!」

「???」

 サーシャは、理解していないみたいですね。

「私も、レッド様に優しくされたいなんて、こんな気持ちは理解できないです!!」

 レンは、叫びながら走って行きます。残されたサーシャは、そのことに気づいたみたいです。

「優しくされました?」

「どうだろうね」

 彼女の希望を叶えただけです。それを、どの様に理解するのかは彼女しだいです。

「優しくされた事にします」

 

 

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