第4話 田植えは初体験

 俺(スサノオさん)よりも先に田植えをしていた農民たちが声をかけてきた。


「あっ、おはようございます! そのお姿は……」


 ギクッ。バレたら終わりじゃねえか! 大丈夫か……?


「スサノオ様本人じゃなくて影武者の方ですよねっ!」

「だよなっ」

「スサノオ様は謹慎中の身だべ。家出なんかすたっきゃアマテラス様がらお怒り受げるもんなぁ」


 ふぅー。良い具合に勘違いされている。何とか事なきを得たぞ。影武者だと思われているからそれを貫くぜ。


『威厳ある言葉遣いにするのだぞ』

(わかってますって)


 今までスサノオさんがしゃべってきた口調を真似してみる。


「いかにも。主君より代役を承った」

「ありがとうございます、影武者様っ!」


(なんか影武者様って言われるのはやりづらいなぁ。本名だとこの辺りの人たち呼び辛れぇかもな。)

『ならばセンゾウと名乗るが良い』


 偽名を貰えたのは今後の冒険者活動で動きやすくなるかもしれないな。あざっす、スサノオさん。


「そち等には私のことをセンゾウと呼ぶと良い」

「わがった、センゾウさん!」

「今の煌びやかな御召し物では汚れてしまいますし、着替え方が良いですよ」

「了解した。案内してくれ」


 まだ田んぼに入っていない男性に着替えを手伝ってもらい、動きやすい着物へと着替えた。

 オレが戻る頃には一区画分はもう終わってる。

 何て速いのだろうか。


「オレは遠目で見るだけでやったことはない。どうやるのだ?」

「今回は見ての通り手作業で植える『手植え』というのをやってもらいます。隣の田んぼはすでに『ヒモ植え』をやっているので格子が交わる中心部に苗を植えるだけです」


 少女が指す先を見るとまだ苗が植えられておらず、格子状の凹みがあった。これならオレでも出来そうだ。


「ふむ、これなら私でも出来そうだ。裸足で入るのか?」


 皆履き物を履かずに裸足でやっていたのが気になった。怪我しそうで危ないと思うのだが。


「なぜ、履き物を履かない?」

「水温と土質のわかり易さや歩きやすさを考慮して裸足なんですよ。センゾウ様は気になるのでしたらこちらを。」


 女性から履き物と苗を貰った。


「わたしは萌木もえぎチトセと申します。本日は宜しくお願いします」


 茶髪に黒い瞳は、オレの姿を映すほど美しい。白い柔肌は田んぼの水面に溶けてしまいそうなほど、淡くて綺麗である。


「改めて見ると美しい御仁だ。宜しく頼む」

「そんな、影武者ともあろう方からそんな賞賛を受けるなんてきょ、恐縮です……」


 恥じらいの表情を浮かべる彼女を見て募る何とも言えない感情にスサノオさんが冷やかしをしてきた。


『なんだ、ヴィセンテ。お主恋したのか。この世界の文法はチトセの部分が名前となる。呼んであげれば彼女も浮かばれよう』

(恋なんすかね……。この娘気に入ったんでキープしておいて欲しいっす)

『わかった。特典の一つに入れておく』


 俺の恋心を一旦沈めて田植えを再開することにした。


 田植え靴を履いた所で早速田んぼに入ってみる。


 ぬちゃ。


「ウッエエエエェェェェ??!」


 何だこの気持ち悪い感触はぁァ!?  靴越しでも伝わってくるぞ!!?


「フッ、フフフ。 センゾウ様って面白いですね。初めての方は皆そうなるんです。そのうち慣れますよ」


 チトセは口元を覆って微笑んだ。その微笑みは宝石の輝きのように優美だ。


「あっ、あぁ」

「先程申したように等間隔に格子が交わる所に植えていって下さい」


 指示通り等間隔に植えていく。ふと気付いたが、オレはこういう地味な作業が案外好きなのかも。


「田植えはリズム感が大事ですよ。踊りのように拍子をつけてやってみて下さい」


 リズム感を意識してやっていくと段々と楽しくなってきた。これは武にも通じる所があるな。

 敵の鼓動を読み、機会を見計らう。隙をついては苗を植える。そんなイメージってやってみる。


「いよっ。ほっ。はっ」


 怒濤の勢いで連撃の苗植えを繰り返していく!  次へ次へと進んでいき、気付けば9つは終えていた。


「オォーー、早いですな! しかし、植え込みが浅いですぞ」


 この中で一番年上そうな年輩の男性が忠告してきた。明らかに素人ではない。軍師のような気高さを感じるジィさんだ。


「速さ、リズム感はもちろん重要でございます。しかし、相手は植物。植え込みが浅ければ上手くは育ちませぬ。故に深く根を張って育って貰うには愛も必要ですぞ」


 丁度、一陣の風が吹くとオレが植えた苗たちは次々と倒れていった……!


「ふむ、愛か。全てに思いを込めるということか?」

「その通りですぞ。どれ、小生が手本をお見せしましょう」


 ジィさんは俺よりも早い植え込み連撃を披露する──!


「へっ、ほっ、カッ! ふぉあぁぁぁ!!」


 なんて凄い植え込みだ!

 速さだけではなく、風が吹いても倒れることなくにこやかに揺らいでいる程度で済んでいるッ!?

 勢いを絶やさず、次の田んぼの区画へとどんどん進んでいくっ!!


「まだまだぁぁぁ! へいしゃ、 ほいしゃ! くあぁぁぁぁ!! ゴキッ!!  ふぁうぅ!??」


 突如、ジィさん改め、田植え名人が腰から痛々しい音を周囲へと残響させ、田の中へと沈んだっ!


「ギィヤヤァァァァ!!! ゴボボボボ──」


 ぎっくり腰か!?

 やべえ、ちょっち溺れてやがる!!

 急ぎ駆け出していこうと思ったが、田植え靴がぬかるみ》にはまって動けない!


「うっ、抜けねぇ!? オォォォォ!!」


 やっと抜けたかと思いきや、態勢を崩して眼前には水が──! 必死に倒れまいと抗ったが、もう片足はつって嵌まってしまい、そのままくずおれていった。

 以降記憶がなく溺れてしまったようだ。不甲斐ねぇ。


◇◆◇◆◇◆◇


 目が覚めると着替えをした小屋にいた。

 そして心配そうにチトセがオレの様子を窺っていた。


「大丈夫でしたかっ!?」

「あぁ、なんとか……」


 オレは大丈夫だったが、あの田植え名人なジィさんは大丈夫だろうか?


「私よりもあの人は大丈夫か?」

「あちらにいます!」


 彼女が指した先に田植え名人の爺さんがニカッと笑って親指を立てた。


「いやなに、持病の腰痛がたたっただけですぞ。心配なさらず」

「そうか。田植えは終わったのか?」


 オレの疑問にチトセが答えてくれた。


「えぇ、終わりましたよ。お二人のおかげで9割方終わってましたからね」


 いつの間にか終えていたのか。


『うむ、儂も驚いたわ。毎年やっているが、今回は自分が出来なかったからな。やはり体が鈍っていたようだ。これは“若返りの秘術”を使う必要があるかもしれんな』


 スサノオさんも長生きだからか身体が持たなくなったのもあって俺に憑依してもらったという訳か。

“若返りの秘術”が気になるが、オレみたいな矮小な人間に教えてくれるだろうか……?


『む、特典に追加しておこう。お主が本気で生き、雅臣を助けたいのならな』


 オレは本気だ。

 一度死んだからな。

 舐めた態度で生きてきたあの時を後悔している。

 だからこそ、見直す機会をくれたマサオミさんには恩返しをして、窮地に陥れば救いの一手を出せるくらいには強くなってやる。


『その覚悟、しかと受け取った』

「ぐうぅぅぅぅ……あ」


 突如、オレ(スサノオさん)の身体は空腹を告げた。

 あまりに間抜けな腹鳴にチトセもスサノオさんも失笑していた。


「ふふふっ。お腹は正直ですね、センゾウ様。こんなこともあろうかとおにぎりとお味噌汁、魚を用意しておきました」

「カハハッ。チトセと同意見だ」


 香り高く、こんがりと焼かれ、きつね色に照る魚。

 一つ一つが宝石のような輝きを持つ具が飛び出たおにぎり。

 昨日以来二回目になるが、焼き魚の香りと混ざりあって芳醇な香りが漂う味噌汁。

 早く食べようぜと脳髄と腸は欲求に正直になった。


 昨日使うこともままならなかった箸は、スサノオさんの身体だからか、そつなく持つことが出来た。


 己が欲求のままに魚を求めた舌に運べば、程好い塩味と甘味、脂身の快感が旨味に溢れた楽園へと変貌して舞い踊る──。


「旨いッ! チトセよ、もっと欲しい」

「センゾウ様は良く食べますね。どうぞ」


 彼女の笑顔に癒され、田植え名人とスサノオさんら朗らかな笑い声に囲まれて、今の瞬間ほど幸せなものは滅多にないと痛感した。

 また、働いた後の褒美はこうでなくてはと、小屋の外から見える田んぼを見て思うオレだった。

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