第3話 謹慎中だが、憑依して家出したぜ

 「神々の世界サイコーッ!!」


 昨夜はとても良い夜を過ごせた。豪華な食事に富裕層しか入れねぇ風呂まで。


特に揚げ物のカラアゲが良い。


 カリカリの衣とは裏腹に中から溢れ出す鶏肉の肉汁の滝がオレの舌を溺れさせた!

 あんなに旨いものはエリュトリオンにも必要なんじゃないか? そもそも油が高価で、揚げ物の文化ないし。


 起きてから暫くのんびりしていると足音が聞こえてきて、俺の前に障子越しに影が写った。


「入っても宜しいでしょうか?」


と尋ねられたので断る理由もなくいいっすよと返事をした。


「おはようございます、ヴィセンテ様」

「おはようっす」

「お目覚めになられたばかりで申し訳ないのですが、お館様がお呼びでございます」


こんなに広い屋敷にお館様って言ったらスサノオさんしか思い当たらない。たぶん合っているだろう。


「わかりました」


侍女の後に続き、すたすたと歩いていき10分。


「到着致しました。私はこれで」

「おねーさん、ありがとな」

「あらまぁ、ウフフ」


おねーさんと言われたのが嬉しかったのか彼女は頬を赤らめながら去っていった。神々の世界だし、けっこう長生きしてるのかもしれねーな。


スサノオさんの部屋に着くと障子から騒がしい音が漏れている。


障子を引くとはオレに背中を向けたまま薄い長方形の板に流れる映像を見ていた。

その映像は慌ただしく場面が切り替わり、スサノオさんが聞いたことない言語の音声を聞いてうんうんと頷いている。

帝都で聞いたことがある魔力式映像のようだが、これは一体何だろうか?


「おはようございますっ、スサノオさん!」

「うむ、おはよう。あぁ、これか?」


俺の視線に気付いたようで、例の板を指差した。


「これはテレビと言ってな、この板にカラクリがしてあって、情報を映像として映し出すものだ。今しがた、速報の報せを見ていた所よ」


凄いな、この神々の世界とやらは。こんな先進的な技術があのサイズで存在しているのだから。


「内容はどんなものでしたか?」

「あぁ、ミリア財団が秘密結社『秩序の星』に出資したそうでな、目的としては世界的テロ集団サルヴェイレス救わぬものを撲滅する為だそうだ。かの組織は一度、雅臣を殺した」

「あぁん、聞き捨てならねぇな」

「そうだろう」


 殆どの内容がわからないがこれはわかるぞ。マサオミさんを殺した?

 ワケわからんミリア財団やら『秩序の星』の話は一旦置いてサルヴェイレスに殺されたって一体……。


「ふざっけんな! 今からオレが潰してやる!」

「おい、待て。気持ちはわかる。ワシも訃報を聞いたあの時、怒りのあまり町一つ分潰してしまったからな。だから今は自宅謹慎中というわけだ」


 やっぱり強えぇ神様なんだな。怒りの八つ当たりで町一つ分壊れるとは……。

 うん、その気持ちはわかる。オレも憧れの人を殺した犯人を粉々にぶん殴りてぇぐらいだ。


 久々にイライラするぜ。


 昂る感情を抑えきれず、握りしめた拳が食い込み、血がにじむほどにオレの怒りのは強くなっていた。


「いや、待てよ?」


 恐らくマサオミさんならこの程度で怒らないだろうな。そう思うと怒りの炎を消火出来た。


「ヴィセンテよ、落ち着け。手が血だらけではないか。〘神穢治癒しんあいちゆ〙」


初めて聞いた呪文を受けて、血が水滴に、爪が刺さって抉れた傷口はみるみると治っていき、元に戻った。


「すんません」

「いいんだ。儂も若い頃は感情を抑えきれなかったからな。誰にだってそういう時期はある。サルヴェイレスについては心配しなくて良い。規模を縮小させつつあるからな」

「そっすか。安心しました」

「そろそろ話題を変えよう」


スサノオさんはテレビを丸と四角いボタンがたくさん付いた棒型のものをもって映像を消失させた。

この技術、持って帰りたい。


「持って帰るよりかはこの憑依転生体験が終わったらいつでも来れるようにしておこう。そっちの方が良かろう?」

「あざっす、スサノオさん」

「では、本題に移ろう。これより憑依転生の儀を執り行う。ヴィセンテ、リラックスした態勢で目を瞑ってくれ」


 言われた通り仰向けになって、目を閉じて待機した。何時でも大丈夫でっせ。


「プッ、カハハハハ! なんだ、それは! 襲うつもり等、毛頭ないわ!」


そこまで笑わんでくれ、スサノオさん。


「準備は良いか?」

「へい、いつでも」


スサノオさんは俺の額に左手を翳したようで温かさがじんわりと伝わってくる。


「我はそなた。そなたは我。相反する二つが混在する時、異端の儀は至高へと昇り、そなたは我の表に出る。覆せ、〘ヒト降ロシ〙──!」


 エリュトリオンでは聞いたことがない詠唱の後、自身の身体がふわりと浮く感覚がして周囲に沈黙が部屋を支配した。

数秒後、再び目を覚ますと眼下に見えるのはがっしりとした体躯と光に反射する綺麗にたくわえた髭が伸びた姿が見える。

どうやら成功したようだが、おっさんに憑依するのは何だか気が進まないな。


『ふむ、成功したが、そこまで言うな。儂は今、意識の別室にいるようなもの。頭の中に声が響くのみ』

「なるほど。それで今から何をするんですか?」

『これから田植えを行う。今、この神々の世界高天ヶ原と地上の地球は5月で丁度季節である』


えーっと、田植えとはなんぞや?


『困ったな、知らんのか? ならば、米はわかるか?』


 うーん、米か……。

 昔、オレがガキだった頃、魔神シュザカが異次元より現れて極東の国である倭国を壊滅寸前まで追い込み、家族を殺された難民が全国に避難してシャルトュワ村にも流れ付いた人がいたな。


 その人が高瑞津国産の米を持っていて、おにぎりを作ってくれて食べたことがある。あれは中々旨かった。


『あぁ、それだ。ここ数百年でエリュトリオンの魔神侵攻が急激に増えていると聞いたがまことだったのか』

「はい。何でか増えてます。それで田植えってなんすか?」

『田植えとは水浸しにした畑……水田というのだが、その水田に米の原料となる稲の苗を植えることだ。秋には収穫の時期になるぞ』


春頃に植えた作物が秋には収穫となる所も変わらないな。


『ちなみにお主が食った米の祖先はイサクが齎した米の子孫だ』


 そうなると段々とわかってきたが、エリュトリオンとここ神々の世界は共通点が多い。

 あの初代刀神カタナガミイサクが農耕の聖人として奉られるのはこれが理由だったか。


 そして、この世界からイカイビトとしてエリュトリオンにやってきたわけだな。


『その通り。太古の昔、エリュトリオン創造の際に高天ヶ原の地上世界、地球を参考にしたのだ。その時、我ら地球の神々とエリュトリオンの六聖神及び二皇神は友好条約を交わしたのである』


 そういうことか。道理で共通点が多いわけだ。そして俺は死んで逆イカイビト状態なわけだ。


『わかってきただろう。イサクもシノもマサオミも地球の出身だ。その他に三名ほど選ばれている』


「なぁぁぁぁぁあににぃぃぃぃぃぃ!!? 地球人ばっかりィだなぁ?!」


『カッハッハッハッ! それが言いたかっただけだろう? 友好関係はこれほどにして本題に戻そう。出発する』

「わかりました」


スサノオさんの案内に従い玄関を開ける。

広大な屋敷であるスサノオ邸は入り口までに40分程の時間を要した。スサノオさんの侍女が入り口で引き留めてきたが、田植えを手伝うと言うとため息をつきながら了承を得た。


『あいつは儂の玄孫やしゃごだ。真面目だが、規律に厳しい。だから嫁の貰い手がいない』


玄孫って……スサノオさんどんだけ長生きなんだよ。


『儂ら三貴子みはしらのうずのみこは9428万 400万歳といったところか。エリュトリオンは地球より二倍の時の速さで進んでいるからな、あちらの神々の方が年上になる。』


きゅきゅきゅ9000万年!? しかも六聖神らは二億年位生きているのか……。


『この先二手に分かれるから右手に進むんだぞ。』

(了解っす。左手は?)

『左手は町になっている。儂の邸宅は郊外にあるからな──』


 歩きながら説明を聞いていく。

 スサノオさんの話は長ぇ。長生きなヒトってなぜかこうあるな。日が暮れる。


 なので、要約するとここは高天ヶ原の外れで村が広がった地帯。中心部は原始の時代から変わらない景観と神々の法で決まっているんだって。


 中心部から外周は逆時計回りに日本が歩んだ時代を再現していて区分けされているらしい。

そして、俺が今いるところは室町時代という時代を再現した区域とのこと。すれ違う人々は誰しも着物姿だった。


 そろそろ聞き飽きたと思っていると、スサノオさんが心を読んで沈んでいたので即座に持ち上げた。

 うん、だりぃわ。


『怠いとか言うものではない。特典なしにするぞー』

(いやいや! それはズルくないですかっ!)


 そうこう話しているうちに水田に着いた。


『着いたぞ。ここが高天ヶ原の水田地帯だ。隣の地帯は小麦地帯よ』


そこには季節外れなのに狂い実る小麦と水浸しの畑があった。


いよいよ初めての田植えが始まる──。


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