試験1日目 《プレイヤー》

「…もうそろそろだな」


 俺は誰かに話しかけるわけでもなく、一人でにそう呟いていた。


 時刻はまもなく12時となる。

 矢島が動いてくれたお陰で、Dクラスの妨害は何とか防ぐことができた。そのため、特に問題は無く向こうと連絡が取れている。


 余談だが、昼飯はちゃんと美味しかった。

 俺が手伝ったものの、やったことと言えば具材を切るくらい。柊の手際は見事なもので、普段から行っている様子が伺えた。ちなみに、どれくらい見事だったかと言うと、俺の手伝いが必要ないほどである。


 柊にあれほどの腕があるのなら、俺が名乗り出る必要はなかったかもしれない。まぁ、過ぎてしまったことだし、仕方がないか。


 L字の5人掛けソファーの端に座ってゆっくりしていると、12時ちょうどのタイミングで放送が流れた。


「それでは、脱出ゲームを開始します。各自、クリアを目指して頑張ってください」


「では、行くわよ」


 その放送と同時に柊が動く。それに伴って、俺を含めた他の4人も行動を開始した。


 部屋を出ると、そこは一面真っ白な廊下…ではなくなっていた。

 薄暗く、木が中心の作りをしている。床と天井が木で出来ており、言い方は悪いが古臭い。

 この建物自体がかなり古いのか、それともこの場所だけがわざとそうなっているのか…。白い廊下から木の廊下への突然の変わりようで、皆目見当もつかない。


「え、えーっと…、変わりすぎ…じゃない?」


 南の言葉に誰も反応できない。それもそうだ、まさかここまで変わるとは思いもしなかった。

 何が起こったのか、それを知るために俺は先程までいた部屋のドアを調べる。

 下を見ると、来たときにはなかった3センチほどの段差が生まれていた。

 どうやら白い廊下は見せかけのもので、白い板を敷くことによって作り出した紛い物のようだ。


 俺がしゃがんでいることに疑問を持ったのか、柊が俺の隣でしゃがみ込む。

 そして、俺が調べた所を見て、「なるほど、そういうことね。さすが学くんだわ」と呟いていた。


 とりあえず何もしないわけにもいかず、預かっている携帯を取り出す。

 あちらの方では、12時丁度に試練の場所やこの建物の詳細が載った紙が配られたはずだ。だとすれば、時間的にはもうそろそろメッセージが来てもおかしくはない。


 そう思っているとーーーーーピロンッ。手に持っていた携帯が震えた。

 すぐさまメッセージを確認する。


「6666.8.00.4444/.4444.33333.55555.7.7.7.444〜.333.222/.333.333.000.4444/」

【部屋を出てそのまま真っ直ぐ進んで】


 と来ていた。なるほど、これでこの暗号でメッセージを送れることはわかった。なら、もう一つの方を試してみたい。

 もう一つの方とは、俺と陽で考えたシンプルなもの。その方法は、詳しい説明とかには不向きなものだ。ただ、簡潔にわかりやすく道案内が可能になる。


 俺は素早く「もう一つを頼む」とだけ打ち込む。試験の内容に触れていないため送信できるはずだ。


 数秒待つと、今度は別の暗号が送られてきた。


「↑→↑↑←○1」


 来た…、これならスムーズなやり取りができる。ちなみにこれを訳すと、


【そのまま真っ直ぐ進んで、次の分かれ道を右、そのまま真っ直ぐ進んで、3つ目の分かれ道で左、そこに1個目の試練があるよ】


 みたいな感じだろう。かなり大雑把だが、結構いい案だと思う。それにこちらにはカメラがついている。もし間違えたとしても、向こうが何らかの反応をしてくれるはずだ。


「さっきから黙ってるけど、どうしたの?メッセージ、来なかった?」


 俺が携帯と睨めっこをしていることに気がついたのか、優がそのように尋ねてきた。

 その大きな瞳を揺らして、不安げに訪ねてくる。それに続いて蒼井も「な、なんですと!大丈夫でありますか⁉︎」という風に、不安を掻き消そうと必死の様子だった。

 ただ、心配することは何もないので、なるべく穏やかな口調でそれに答える。


「いや、大丈夫だ。特に問題はない。というか、絶好調だな。これならスムーズに行きそうだ」


 俺の言葉を聞いて「な、なんだぁ。よかったぁ〜」と安堵する2人。チラと他の2人を見ると、柊と南はそれほど心配をしていなかったらしい。

 俺に絶大な信頼を寄せているのか、それとも他の何かか…。どちらかというと前者の方だとは思っているが、どうなのだろうか。


「最初の試練場所がわかったぞ。道案内は俺がするんでいいんだよな?」


 一応リーダーである柊に方針を確認する。すると、普段はあまり見ることのない、優しい笑みで答えを返してきた。


「ええ、良いわよ。よろしく頼むわね、学くん」


「…お、おう」


 誰かに頼られることに慣れていなかったのか、どこか胸の奥がほっこりして、それが無性にこそばゆくて、中途半端で煮えきらない反応になってしまう。


 頼られるのは良いし、頼るのは良い。ただ、それがあまり良くないことだ、とも自覚している。


 そうなってはいけないと、そうなってはならないと、俺は深く心に誓うのだった。






 時間は大過なく過ぎていった。

 時刻は18時30分となり、そろそろチェックポイントを探す頃合いである。


「いや〜、順調順調っ!これならクリアまでちょちょいのちょいだねっ」


 テンションが高く、上機嫌なのは蒼井だ。

 確かにここまで試練を6つこなしてきた。全部で15の試練があることを考えると、かなり順調である。

 しかし、このペースがそのまま保てるか、と言われればそんなことはないだろう。


 それは柊も感じているようで、蒼井にはちゃんと注意をしている。


「蒼井さん、油断は禁物よ。試練は徐々に難しくなっているわ。このままいけるとは限らないわよ」


 かなり厳し目の指摘に、思わずたじろぐ蒼井。なんだか感情の変化が忙しい奴だな。ついていけねぇぞ、俺。


「う、うっ…。わ、わかったよぉぅ…。まなぶ〜っ、みねちゃんがきびしぃーいー!つーかーれーたー」


「やめろ、くっつくな、とりあえず離れろ。もう少しでチェックポイントだから我慢をしてくれ…頼むから、な?」


「ふぁ〜い」


 本当にやめてほしい、もう…本当に、ね。やばいから、そういうので勘違いする人多いから。あとなんか他の3人の視線が痛いから。ね、やめようね?お願いだから。いや、ガチで…ね?



 そんなやりとりをしつつ、教室からの指示のもとチェックポイントを見つけた。気がつけば19時30分を過ぎている。


 この施設、だいぶ大きいところのようで、感覚的には大型ショッピングモールくらいはある。それも5階建てのようだ。


 そのおかげで疲労の蓄積は激しく、蒼井がああなってしまうのも納得はできる。まぁくっついて来るのは意味不明なんだけどね。



 とりあえず、今日休憩する場所は確保できた。


 また明日に向けて、疲れを取らなければならないな。


 


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