獅子と矢島 桜井と綾瀬

 2回目の試験が終わり、全クラスの結果が発表された。


Aクラス 126

Bクラス 103

Cクラス 36

Dクラス 14

Eクラス 24


 どうやらAとBが圧倒的な差をつけて争っているらしい。


 まぁ俺からすればあまり関係のない話だ。退学さえしなければ良い。

 今回でDクラスとは多少の差が生まれた。しかしそれで安心することはできないだろう。


 できればCクラスを追い抜きそれを維持することで、この先は安心して学校生活を送っていきたいものだ。


 AクラスとBクラスの戦いなど、どうぞお構いなくって感じだ。






 中間テストがあれば期末テストもある。それは極々当然のことであるが、そうは言っても約2ヶ月後のこと。


 今回の試験のようになるのであれば、後1ヶ月は普通に生活をすることができるかもしれない。


 しかし、今回はそうもいかないようだ。



 放課後になると、教室の扉が勢いよく開かれた。Eクラスに入ってきた人物、それはDクラスの獅子優馬だった。


 その顔に余裕の笑みはない。

 まぁ仕方のないことだ。俺が完膚なきまでに叩きのめしたからな。


 しばらく様子を伺っていると、どうやら獅子は矢島に用があるようだった。


「お前、一体何をした?お前が裏で糸を引いていた奴なのか?」


 獅子は、低く相手を威圧するような声音でそう尋ねた。そんな様子の獅子とは違い、矢島はいつもの調子で答える。


「さぁ何のことかな?私にはさっぱりだね」


 確かに矢島は今回の件には全く関わっていない。俺が全てを操作し実行したから、当然と言えば当然ではある。

 それでも、「さっぱり」というわけではないはずだ。


 思い返せば、今回の試験でDクラスのリーダーを当てた人物は2人いた。


 つまり、俺以外にEクラスで獅子の考えと作戦を完璧に読んでいた者がいる、ということだ。


 その人物は「十中八九矢島であろう」と俺は思っている。根拠は少ないが、実際にそうであることは疑いようもない。


 そんな矢島がなぜ獅子に嘘をついたのか。その真意を現時点で読み解くことはできなかった。


 獅子は矢島の言葉を無視して、それとは違う質問を投げかける。


「Eクラスだけが受けた前回の試験。本当にお前が動いたのか?俺には、お前がクラスのために動くとは到底思えない」


 そこで初めて矢島が獅子の目を見た。

 そして、いつか聞いたことのあるような答えを獅子へ返す。表情はヘラヘラしているが、その目は笑っていない。


「私が動くだって?ふっ、私はそもそも行動を起こしてなどいないよ。起こしたのはあそこに居る彼さ」


 矢島はそう言って俺を指差す。その時も、獅子からは決して目を離さない。


 いつもとは違う矢島の雰囲気は、「俺こそが裏で暗躍している人物である」ということを比喩しているようにも見えた。


 それを獅子も感じ取ったのであろう。獅子は矢島に「だよな。お前のはずがねぇ」と言うと、今度は俺の元へ向かってきた。


 ふと隣を見ると、清水が心配そうな目で俺を見ていた。俺は心配ないことを伝えて、獅子の到着を待つ。


 いずれこうなることは分かっていた。


 あれだけ派手に動き、Dクラスを負かしたのだ。表立って動いてはいないが、勘のいいやつなら気がついてもおかしくはない。


「お前が…、裏で糸を引いていた、のか?」


 獅子は俺の目の前に立ち、俺を見下ろしながらそう呟いた。俺と対峙して獅子は違和感を覚えたはずだ。


 良くも悪くも俺が放つオーラは小物のそれである。要するに雑魚キャラというやつだ。


「さぁ、俺は何のことだか。確かに俺はあの時、少しばかり試験の抜け道に気がついたが、それを明確に指摘したのは矢島だ。俺にはよくわからない」


 俺はずっとこの答えを貫き通していた。

 そうすれば必然と周りが、「また絡まれている」や「可愛そう」といった目で俺たちを見ることになる。


 それは明らかに弱者を見る目だ。その周囲の反応で、獅子が納得するはずだ。俺はそう思っていた。


 しかし、人間は成長する生き物である。それは獅子優馬も例外ではなかった。


 獅子優馬は今回の試験で、相手の力を見誤ったことが敗因の一つであると自覚していた。


 だからだろう。獅子は俺がどんなにモブに見えても疑うことをやめなかったのだ。


「今日のところはきりがないから引いてやる。だが、今回の仕返しはきっちりとするからな?絶対に表の舞台へ引き摺り込んでやる」


 その言葉には決意がこもっている。


 俺に対してだけではなく、Eクラス全体に言い聞かせるように叫ぶと、獅子優馬はそのまま姿を消した。






 今日の放課後は獅子が来るという騒動があったのだが、それでもEクラスは今日に祝勝会をやるようだ。

 しかし俺はそれには参加せず、別の用件を済ますことにした。



 学校近くのファミレス。俺、南、咲、愛花の4人で来たことのあるファミレスだ。


 俺は一足早く到着し、待ち合わせをしている人物を待つ。


 しばらくすると、店内に入店を知らせるベルが鳴り響いた。それと同時に、どこか暗い表情をしてファミレスに現れたのは、綾瀬愛里だった。


 彼女は俺のことを見つけると、俺の向かい側の席に腰を下ろす。

 一息つく間もなく、早速愛理は話を始めた。


「…桜井くんは、私に嘘…をついたんだよね」


 あの結果を見ればそれくらいはわかるだろう。俺は正直に答えた。


「ああ。嘘をついた。それについては謝る」


「い、いいのっいいのっ、私も…その、嘘…ついて、たし」


 俺の謝罪を慌てて止めて、そう自白をした。本来、愛里は自分が嘘をついていたことを俺に言わなくてもいいのだ。

 本当なら、俺がそんなことに気づくはずもないからである。

 自白してしまったのは、彼女が本当の善人である証拠。演じているわけではなく、これが彼女の素なのだ。


「やっぱり、私たちがやろうとしていたことには、初めから気がついてたの?」


 俯きながらも、確認をするように尋ねてくる。俺はその答えにどう答えるか迷いながらも、慎重に言葉を重ねた。


「…まず、勘違いして欲しくないんだが、俺は愛里に協力する意思はあったんだ。だけどな、俺の独断じゃ決めることはできないことでもあった。だから俺はあえて嘘をついて、愛里を試したんだ」


 その答えがどういう意味なのか。あまりよくわからないらしい。

 その反応を見て、俺は愛里が納得できるような解答を考えた。   


「俺がリーダーを暴露した時、愛里はすぐに納得して帰っていっただろ?それって、もう既にリーダーを知っていたってことだよな?それで俺は愛里が嘘をついているってことを確信したんだ」


「そう、なんだ…」


 自分の失態。それが今回の敗因である。彼女はきっとそう思っているだろう。

 しかし、全ての原因がそれにあるか、と言われればそれは絶対にないことだ。


 俺は優しく愛里に声をかける。


「愛里の失敗が敗因の全てってことはないだろ。それに今回の失敗を次に生かせば済む話だ。まぁ今回は敵同士だったが、次はどうなるかわからない。もし仲間だったり対立することがなければ、いつでも力になろう」


 すると、愛里は困った顔を俺に向けた。その顔からは、「申し訳ない」という想いが伝わってくる。


「そ、それは…、えっと、私は…その…」


「友達」


 俺は考えた末に、その2文字を口に出した。


「へぇ?」


 俺の突然の発言に愛里が素っ頓狂な声をあげると、目線だけで「どういうこと?」と問いかけてくる。

 俺はその2文字にもう少しだけ言葉を足した。


「俺たちは敵でもあるが、友達だろ?それが理由じゃダメか?」


 今度は伝わったのだろう。「うん…そう、だね」と呟くと、最後の確認とばかりに俺に質問をして来た。その大きな目には滴が溜まっている。


「私…なんかが、いいの?桜井くんの…友達、になっちゃって…」


「ああ。いいぞ」


「あ、ありがとう…。ま、学…君」


 突然の名前呼びにツッコミそうになった俺だが、ここは何とか踏みとどまる。

 前回南に怒られたしな…。


 愛里は今後利用価値があるかもしれない。ここで親睦を深めておいて損はないだろう。



 夏休みまであと2ヶ月。期末テストが控えているが、今のところ試験は出されていない。




 このまま平穏に一学期が終わることを祈るとしよう。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る