抑圧シェルター

白野 音

どうしようもなく、ふと消えるもの

 余裕なフリしてないとやっていけない。余裕なフリをして。余裕ぶって。そうすることによって心が保たれる。毎日黒に緑の傷が入ったような飲み物を飲んで、朝無理やりエネルギー補給になにかを詰め込んで、部活でくたくたになって、家に着いたら泥のように眠る。そんな毎日。余裕を演じる毎日。


 演じていない限りは一生余裕なんてない。見せかけだけでも余裕にしていよう、辛そうじゃなく笑っていよう、なんて思って生きていた。キャラとかそういうものも意識してるのかもしれない。余裕そうにしているのが、どこか無意識でかっこいいと思ってるのかもしれない。そこは分からないが。

 でも私はもうダメだと思う。分からないけど辛い。なにがって言われると分からない。だけどふと涙を流してることがある。友達といて、ただラインで話していて。


 余裕がないとダメってわけじゃないと思うわな。でも見た目で余裕がないやつは、見ていて心配になる。私はそうにはなりたくない、言い換えれば誰にも心配をかけたくないのだ。いや、面倒なことが嫌っているだけなのかもしれないが。

 だから私は余裕そうにする、日々飄々とする。


 気分悪いとかそういうときは仕方ないけど、心の面で余裕ないときとか、そんな時でも無理して余裕そうにする。ずっとそうだったから。


 なにがあっても余裕そうにしていよう、なにがあっても辛そうにしないでいよう。そうしてきたから今更辛いなんて言えないし。そうしてきたからこそ、今更苦しいなんて言えないしで。じゃあどうすればいいって、我慢すればいい話なんだけど。それじゃあ自分をさらに追い詰めるだけで辛いのは変わらなくて。


 じゃあどうすりゃいいのさって。楽に生きれたらいいよ。ゲームしてるみたいに気楽に、数少ないボタンで。でもそれが無理なの誰よりも分かってる。


 私には余裕なんかないんだよ。余裕ぶってるだけなんだよ。それを気付いてなんて言わないし、気にしてくれなんて言えない。言わないけど、でも知ってほしくて。矛盾してるのは分かってる。でも今まで我慢できてたのに、なんだか泣きそうで泣けなくて、分からなくて、黒いモヤモヤが溢れてでてくるような感じがして。分かんないけど、分かんないから。

 だからこそ辛くて苦しいんだ。


 泣きたくても泣けないから、苦しくても打ち明けられないから、治し方なんて分かんないよって嘆いてばっかりで。

 いっぱい考えたさ、そりゃあもちろん。でも分からないんだ。何ヵ月経っても何年考えても分からないから、諦めてずっと余裕ぶってるだけだった。

 いつも笑ってるだけだった。


 辛いんだよ、どうにかしてくれよ。神様さんよ、私はなにをしたんだい。なんで辛くなってるのか教えておくれよ、なんて言っても神に届くことはない。そんなのわかっているのだけれど。それに神が知ってるとは限らない。だからって誰かに会って治るわけでもない。話せば楽になるか? そんな簡単でもなかった。なぜなら余裕がないから。


 余裕がほしいよ。

 治してくれよ、泣かせてくれよ。思いっきり声をあげて泣けるような、そんな吹っ切れた状態にしてくれよ。分かんないよ。分かんないに決まってんじゃん。

 ずっとずっと考えてた。こうやって辛くなったときにどうすればいいかって。でも分かんないじゃん。人生に答えを求めるのとか、自分の人生に価値を求めてるのと同じで。分かるわけがないじゃんか。


 出来ることならポジティブに生きたい。自分にポジティブでいたいよ。でもポジティブでいられないから逃げたくて、誰にもいない場所に行きたくて。

 でも結局逃げたところで逃げ場なんてないんだ。学校があって社会があって家があって。誰にも言えないんだよ、そんな場所じゃなにも言えないんだよ。もう、ここしかないんだよ。

 逃げたいよ、逃げたい。逃げたい逃げたい逃げたい。出来ることなら一週間くらい誰とも話さないでいたい。


 落ち着く人も好きな人も、気のおけない友達とも誰とも話さないでいたい。


 でも、できっこないんだよ。だってそもそもそんな時間なんかない。じゃあ結局、諦めるしかないんだよ。結局余裕ぶるしかないんだよ。余裕でいるように見せるしかないんだよ。


 学校や部活で、心が落ち着かないので一週間ください、なんて言えないし、言ったらふざけんなって顧問に怒られる。パパママ、最近辛いんだ、そんなこと言ったら、学校でなにがあったんだって親を心配させる。友達に最近辛いんだって言ったら、みんな優しいから、話したその人に気を負わせるかも知れない。


 じゃあなんだよ。じゃあどうすれはいいんだよ。教えてくれよ。

 そんな目で見るのなら、そんな目で見つめるのなら、教えてくれよ。


 どろどろした黒い感情で私は覆い尽くされてしまう。黒い私になってしまう。


 聞いてよ。私の声を、叫びを。教えてよ、なにか打開策が分かるのなら。

 別に先生が嫌いなわけじゃない、親が嫌いなわけじゃない、友達が嫌いなわけじゃない。でもこれは自分自身の問題なんだ。

 私、いや、俺が解決したい問題なんだ。俺が解決しなくちゃいけない問題なんだ。


 でも、でもね。一つだけ知っててほしいんだ。

 私はもう限界だよ。



 長かった髪の毛をバッサリと切り、男らしい髪型にする。そう、今までの自分の最終演目は終わったんだ。これからは新しい人間として生きていく。

 誰かを貶してでも上に立って余裕を作る。そうじゃないと余裕は生まれないから。結局私は、私の人生という公演の演者だったのだ。


 だって私は切り裂きジャックではなく、作者に"悪のために書かれてきた"ジェームズ・モリアーティなのだから。

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