おま怪(け)

 がらがらがらっ。


 激しく音を立てながら木製の雨戸を開く。


「ああ、今日もいい天気だ」


 昨日、夕立から本降りへと移行した雨は、一晩中降り続き、朝になるころにはすっきりと上がった。

 縁側に視線を向けると、ため息をつく。


「さすがに、今日はないか……」


 加賀見が古民家に腰を落ち着けることを決めてはや数年。

 その日から、ほぼ毎日新鮮な野菜、もしくは狩られた動物や魚が縁側に置かれる日が続いていた。


「生贄みたいだからやめろって言ってるけど、あまり外出できない以上、無いとなるとありがたみを感じるもんだな」


 雨戸が閉まっているとさすがに入れないのか、今日の差し入れはなかった。

 伸びをしつつ、加賀見がふと気配を感じて振り向く。

 しかし、そこには着物を着た童子の影はない。


 仕事の依頼が増え、熱心に作品を仕上げていた日々が続いていたのだが、ある時を境に突然座敷童子の姿を見なくなった。


 覚悟はしていたし、来るものがきた、という感触である。しかし、実際にその日が来ると、不幸が訪れる恐怖よりも寂しさの方が胸の中を満たした。

 その寂しさも、一時のことで長くは続かなかったのだが。


 感傷に浸っていると、庭の向こうから人影が近づいてきた。古民家の常連客である女神主だ。


「おはよう」

「ああ、おはよう。昨日雨は大丈夫だったか?」

「近くの川が氾濫はんらんするおそれがある、と神社で人を急に受け入れることになってな。対応に追われてたいへんだったよ。実際は、氾濫することもなくみんな明け方には帰れた」

「ご利益だな」

「いや、みんなの日頃の行いだろう」

「神主だろう? そこは、神の恩恵を売り出してもいいと思うが」


 充木とは相変わらずの調子だ。

 慣れた様子で充木が縁側に腰掛ける。

 雨に濡れた夏草が風でゆれ、爽やかな夏の香りが二人の元へと届く。


「寂しい、か?」

「もう慣れたさ。毎日が忙しすぎてな」


 よいしょ、と充木の隣へ加賀見も胡坐をかいて座り込む。


「私は寂しく感じるな。加賀見がここに腰を据えてからも、いろんなことがありすぎて」

「だなあ。充木がお祓いを頼まれたメリーさん人形が俺をターゲットにして、それを勘違いした座敷童子から嫉妬されて大変なことになったり」

「ああ、あったあった。それから、うちの神社の狛狐が迷惑をかけたこともあったな」

「充木がよくこっちに来るもんだから、主を取るな、って叱りに来たんだよな。まさか、石像のまま台座ごと来るとは思わなかったが」

「初めて見た時は、和製ガーゴイルがこっちに来たって、訳わからんメッセージ送ってきてどうしたのかと思った」


 庭の風景を前に思い出しながら二人で話していく。


「思い出してみると、ひどい目にしか遭ってないような気がする」

「好かれているということだろう? 相変わらず、この家は雑多な気配を感じる。昔はそうは感じなかったが、加賀見が来てからだ」

「俺が? 何を求めてるんだか」


 心当たりなどない、といった様子で加賀見が話すと、充木がまじまじと見つめる。


「まさか私にお前の良いところを今さら言えと? 婚姻届けを書かせておきながらひどい奴だ」

「冗談だよ。こっぱずかしいからやめてくれ」


 くすくすと、笑い合う。すると、ああん、と赤子の泣き声が家に響いた。


「と、起きたか」


 加賀見が慌てて立ち上がり、居間と襖一つでつながった別室へと向かう。戻ると、その腕には赤ん坊を抱えていた。


「昨晩こっちに来れなかったけど、この時間まで起きなかったということは、あまり寝れてないのか?」

「いや、ぐっすり寝てたよ」

「はあ、相変わらずお前にべったりなんだな。母親ながらさみしいんだが」


 加賀見の腕に抱かれ、安心したのか嬉しそうに目を閉じる赤子の頬を充木がつつく。

 神事などにより、時には神社に宿泊しないといけないため、相変わらず充木は古民家に通うスタイルをとっている。名字を変えていないのも、様々な手続きを考えた上でのことだ。


「そうか? こんな嬉しそうな顔で寝るのはやっぱり三人一緒にいるときだぞ」

「言ってくれるのはうれしいが、察しがいい割に鈍感な時があるからなあ……」


 充木が含むように笑みを浮かべると、加賀見が視線を逸らした。充木だけでなく、烏天狗をはじめ、妖怪たちからも散々言われてきたことだ。

 最初、充木が懐妊したと聞いたときも、好きなやつがいたのか? と問いかけて殴られたほどである。


「気が動転すると、鈍くなるんだよ」

「はいはい、じゃあ今回の見立ては正しいということだな」

「そういうことだ。それに、生まれた瞬間、こいつについてはすぐ気づいたしな」

「うん、そうだな。私も気づいたよ」


 すやすやと眠る赤子は、まだ大きくなっていないけど、おそらく泣き虫でさびしがりだけど頑固で一途なやさしい子に育つのだろう、と加賀見も充木も予感していた。


「もしかしたら、これがアイツなりの誰も傷つけないケジメの付け方だったのかな」

「おそらく、な」


 離れれば、家が傾く。それは避けられない。座敷童子としてもそれは望まないことだったのだろう。ただ、長い間ひとところにとどまることも難しい。であれば、と選んだ結果だったのだろう。



 ふと思い立って、加賀見が居間にかざられた絵を見つめた後で、赤子のことを見つめた。


「……頼むから、七五三の時に、女物の着物を着せようなんて言い出すなよ」

「よくわかったな」


 言い当てたことに驚く加賀見に対して、充木がため息をついた。

 着たらきっと似合うのだろうな、とは思いながら。


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サンダルでダッシュ! 螢音 芳 @kene-kao

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