第21話終章【衝撃的な自白】

 七月一日、寛太郎は名古屋刑務所に居た。一週間前に寛太郎は自ら自首し、刑法第61条の幇助罪で逮捕された。午前八時四十分頃、面会だと看守から呼び出された。

「誰が来たんですか?」

「愛知県警の方だ、失礼のないようにな。」

 看守につられながら寛太郎が面会室に入ると、杉山がいた。

「やっとかめだな、寛太郎。」

「はい、それで話というのは?」

「前に話した池上という少年が、少年鑑別所に収容された。」

 池上のような十四歳未満の者が犯罪をした場合、処罰されない代わりに少年事件として処理される。しかも池上がした事はかなりの重大事件に該当するため、児童相談所に送致され、家庭裁判所の審判を受けるかどうか判断する。そして池上は家庭裁判所の観護措置決定を受け、少年鑑別所に収容されることが決定した。これから池上は、日常生活・精神状態・犯罪の経緯などを調査されるだろう。

「そうですか・・・。」

「それにしても驚いたよ、最初におみゃーの話聞いた時、とろくせゃあ話だなと思っていたが、真実だったとは思わなかった。今、シャバではそのことで持ち切りだ。」

『DNAを倒産させた”謎のブラックハッカー”、正体は小学五年生』

 世間はこの事件の真犯人に、凄く驚いた。しかも池上の詳しい情報も公開され、「インターネット・D・Tの社長の息子、まさかの真犯人」と週刊誌や新聞のトップになった。未曾有であったこの事件の結末は、おそらく社会の歴史の一ページに小さく載ることだろう。ネットニュースの閲覧者が、Twitterに載せた感想はこんなものだ。

『この池上神という小学生、マジでヤバイ。』

『ハッカー界の神童だ!!』

『ていうかこんな事しなければ、色んな形で有名に成れたのに・・・。』

『いくら小学生とはいえ、会社を倒産させたから、処罰は必要だと思う。』

『それ、同感だわ。』

『少年院に入れろ!!』

『インターネット・D・Tの社長、息子に恥をかかされマジ乙。』

 このように脅威に対する驚きと、池上親子に向けられた過激な正義が染み込んだ誹謗中傷の数々である。

「そうですか、やはり彼は凄い少年ですね。」

「何が凄い少年だ、あんなのは昔の不良少年よりおそがい。ネット上ではインターネットの神童とか言われているけど、あれは悪童だ。動機はどうだか知らないが、あんなめちゃんこな事をしたんだ、池上の人生は死んだも同然さ。」

 杉山の言葉に寛太郎は怒りを感じた、確かに犯罪者のレッテルを貼られた以上、生きていくことが非常に難しくなるだろう、でもそう感じるかどうかは池上自身の問題であり、赤の他人が蔑むネタに使っていいものなのか・・・?

「僕は池上の人生がまだ生きていると信じます、だって彼は生きているから。」

「ふん、綺麗事は立派なものだ。おみゃーは親兄弟がいるというのに、それを裏切って、ガキの悪事に手を貸すとは・・・、とろくせゃあ奴だ。」

「池上はガキなんかじゃありません、それに親兄弟とはもう関わらないつもりです!」

 寛太郎は杉山に怒鳴った、近くで見ていた看守に「失礼だぞ!」と一喝された。

「そうか、それならいい。おみゃーは池上とは違って、ここで自分を悔い改めなければならないからな。」

「分かっています。」

「じゃあ、私はこれで失礼する。出所するまで、せいぜい頑張るんだな。」

 寛太郎には既に一年半の懲役刑が出ている、これから数日間、寛太郎が外の世界に出られることは無いだろう。しかし寛太郎は満足感に包まれていた、もう何も考えることも気にすることも無い、劣悪だけど気楽でいられる生活が始まるだけだと思っている。




「まさか、小学生が犯人だったなんて・・・しかもインターネット・D・Tの御曹司とはな・・・。」

 テレビのニュースを見ながら、元DNAの社員・松原実はため息をついた。DNAを退職してすでに三週間以上過ぎていたが、未だに定職につけていないニート状態である。もちろん働く意志はあるが、もう正直都会では働きたくないというのが松原の気持ちだった。そのため松原は、荷造りをしている。

「あの頃は希望とやる気だけで、辛いことも乗り越えられたけど・・・、やはりどうしようもないことが世の中にはあるんだな・・・。」

 それを知った時、人は自身の無力さを痛感する。それでも人は生きていかねばならない、人生が終わる定めがくるまでは。

「故郷に帰るとするか・・・。」

 松原はそう思い、山梨県布施市にある実家にスマホで電話をした。

「実、やっと連絡が取れた・・・。」

 松原の母親の、安堵した声が聞こえた。

「心配かけてごめん。」

「もう、あんたの勤め先のDNAが倒産したとニュースで知った時は大変だったから・・。」

「それでさ、俺はもう実家に戻ろうと思うんだ。今、引っ越しの用意をしている。」

「そうかい、それなら戻って来なさい。もちろん、就職してもらうわよ。」

「わかっているって、なんか母さんのほうとうが食べたいな・・・。」

「わかったわ、こっちに戻ってくる日時を教えて。夕食に出してあげるから。」

「三日には戻る、そちらに荷物送るけどいいか?」

「分かったわ、それじゃあ気を付けてね。」

「またな。」

 松原は通話を切った。

「また一からやり直し、それも悪くないか・・・。さて荷造りの続きをしなければな。」

 松原は初心のやる気を心に満たして、再出発を誓った。そして二日後、松原は東京から去っていった。




 七月三日、東京少年鑑別所に居る池上神は、日記を書いていた。池上がここに収容されるのは三週間、それまでこの日記は毎日書かなくてはならない。

「鑑別所って、もっと暗くて閉鎖的なイメージだったけど、何だか学校と変わらないなあ・・・。」

 鑑別所は男女で寮が分かれており、池上は男子寮で生活をしている。しかし入所者が少なく、池上は気楽に過ごせている。またそれなりに配慮が行きわたっているので、むしろずっとここで生活したいと池上は思った。日記を書き終えた池上は、両親の事を思い出した。

「あの時、親父は泣き叫んでいたなあ・・・。せっかくテクニックを教えた恩を、仇で返しやがって。お前はもう俺の子じゃない!!・・・って顔を殴られた。おそらくもう僕には、帰る所が無いだろう・・・。」

 池上はそう思ってから反省した、親への愛を捨て復讐に走った結果、自分は鑑別所に収容されている。実は鑑別所に収容される直前、神は母親に「もし鑑別所から出てこれたら、私の両親が迎えに行くから、これからは私の実家で暮らしなさい。そして、もう両親の事を忘れたまま、あなたは生きていきなさい。」と言われた。その時の口調は優しかったが、言っている内容は絶縁宣言である。

「つまり僕は親無しの子供同然か・・・、一体何なんだよ!!」

 池上は突然怒って、右手で机を叩いた。

「ずっと仕事ばっかりで、僕に向き合おうとしなかった!だから僕はそれが許せなくて・・・僕を見てほしくて・・・こんなことをした。そしたら鑑別所送りの絶縁宣言だと!!ふざけるなああああああああ!!」

 その後池上は荒れ狂い、駆けつけた職員に取り押さえられた・・・。復讐に酔いしれ世間を騒がせた天才児の、哀れな末路だ。才能の使い方を誤れば、死ぬまで落ちない汚点となり、それを持ちながら生きていかねばならない。池上がこの苦痛を本格的に知るのは、まだ数日先の話であった・・・。



















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アプリケーション・ウイルス 読天文之 @AMAGATA

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