第18話企業の死

『どういう事だよ、どうして『天下百爛・剣』のアプリが俺のスマホから消えているんだよ!!消えるのは、大逆転オセロシアムだけじゃなかったのかよ!!』

「申し訳ありません、かなりの急激な事態に当社も対応の目途が立っていません・・・。」

『お前、無責任とは思わないのか!!せっかく課金とやり込みを重ねてきた成果が、消えてしまったんだぞ!!ゲーマーとして、これほど辛いことは無いんだ!!クリエイターなら、分かるだろうが!!』

「お客様の苦しみは理解いたします・・・しかし、私にはどうすることも出来ません・・・。」

『チッ、ゲームしか作れねえと言う事かよ。』

 松原と通話中の相手は捨て台詞を吐いて通話を切った、六月三日になってもDNAの全コンピューターは機能停止状態だ。そのため『天下百爛・剣』や『アギト・72』と言った他のDNAのゲームアプリも消えてしまい、それに対するゲーマーから憤怒のクレームが雨あられのようにかかってくるのだ。ゲーム企画運営部はコンピューターが使えないので、一応クレーム対応が仕事となっているが、暇つぶしでもクレーム対応はしたくないというのが社員の本音である。

「これでもう七十七回目のクレーム・・・、本当に気が滅入るぜ。」

「全くだ、しかしクレームを言う人たちの気持ちが分からないという訳じゃないんだがな・・。」

 高守が遠くを見ながら言った、そして高守はふと呟いた。

「自分、ここ辞めようかな。」

「えっ、高守君?今なんて言ったの?」

「もうDNAを退職しようと思っていることですよ。」

「でも、どうして急に・・・?」

「考えてくださいよ松原さん、会社のパソコン全てがダメになった今、ろくに仕事も営業も出来ない。DNAベイスターズだってホームページも関連アプリも業績記録も失った今、選手の練習しかできない状態なんだ。どんなに強い選手を兼ね備えたチームでも、売り込みが無けりゃ有名になれないんだよ。それと同じなんだ。」

 高守の言う事に松原は納得した、ネット化が進むこの社会では情報を発信することが、生きていく上での要となる。それが出来なければネットの社会では、雲のように見向きもされなくなり、ただ漂うだけの存在になってしまうのだ。

「そうだね、僕も予定日より早いけど辞めるか。」

「ん?予定日より早いというのは、どういう事ですか?」

「実は私も、もう六月末で会社を辞めようと思っていたんだ、大逆転オセロシアムのサービスが終了する予定の日だったから。」

「そうでしたか、やはりあの時松原さんは、かなりのショックを受けていたんですね・・・。」

 すると松原と高守の会話を聞いていた他の社員たちが、「私も辞めようと思っている。」と次から次へと言い出した。

「もう、本当にクレームばかりでやってられませんよ。」

 川辺が足を組みながら言った。

「じゃあ、もう皆で辞めるか。」

 松原がふと呟くと、他の社員全員が「辞めよう!」と同調した。

「おい、なんてことを言っているんだ!!」

 突然、大門常務が怒った顔で部署に入ってきた。

「会社を辞めるだなんて、お前らこれから生きていけないぞ!!」

「それは大門常務も同じでしょ、倒産すれば僕と大門常務も社員ではなくなります。どのみち会社を再建させるには、また一からやり直すしかありません。」

「あ・・・ああ・・・。」

 嫌な現実を突きつけられ、大門はうろたえた。

「それにこの会社が起死回生をしたとしても、蔑まれてきた私や他の社員たちは辞める意思を変えませんので。」

 松原が言うと、大門は何も言えずにトボトボと部署から去って行った。

「あの傲慢な大門常務も、現実には勝てないということだな。」

「松原先輩、とてもかっこよかったです!!スッキリしました。」

 松原の雄弁を他の社員が称賛した、それから二日後に松原はDNAを正式に辞職したのだった・・・。




六月六日、寛太郎はいつも通りYouTubeに動画を投稿していた。今日の寛太郎の機嫌は良かった。来週、一緒にコラボ動画を上げているユーチューバーと一緒に、日帰りのバーベキューの動画を撮影することが決まったのだ。これまで新型コロナウイルスの影響で外出が出来ず、自宅でゲーム実況ばかり投稿していたので、視聴者に新鮮な動画を投稿できると寛太郎は思った。

「久しぶりの外泊か・・・外泊がこんなに楽しみなのはいつ以来の事だろう・・。」

 これまでどこにでも行ける自由があった、しかし新型コロナウイルスでその自由が縛られてしまったことで、寛太郎は外出の自由のありがたみをしみじみと感じていた。

「やっとコロナウイルスも落ち着いてきたし、このまま消滅してくれたらありがたいなあ・・。」

 寛太郎が理想に思い浸っているとインターホンが鳴った、玄関に出ると杉山の姿があった。

「やっとかめですなあ、寛太郎さん。質問してもいいですか?」

「ええ、いいですよ・・・。」

 怪しまれないように応じたが、やはり警察官相手に緊張感を隠せない。

「実はおみゃーにDNAの情報を送った犯人の似顔絵が出来てな、リモートで知り合ったなら顔は知っているだろ?」

 そう言って杉山は似顔絵のコピーを寛太郎に見せた、それは池上によく似ていた。

「はい・・・この顔です。」

「ちょーらかしていることは無いな?」

「はい、ありません。」

「よし、じゃあ今日はごぶれいします。」

 杉山は頭を下げると寛太郎に言った。

「証拠が出たら、おみゃーは逮捕される。忘れるなよ・・・。」

 杉山は振り向きながらヤクザのように凄んだ、寛太郎はその視線に身震いした。

「もう池上が疑われている・・・さすが警察だ・・。」

 寛太郎は池上が心配になった、最近接触することは無くなったが、いずれ池上にも警察の手が回ることになる。小学生なので逮捕される事は無いが、書類送検されてしまうし、なによりまだ幼い内に犯罪の烙印を背負うことになってしまう。それは世間では永劫のレッテルとなり、まともな生活が出来なくなるほどのハンデとなる。

「池上君、最近どうしているかな・・・?もう入学式は終わっているから、普通に学校生活を始めているだろうけど、池上が疑われている事が池上の周りに知られなければいいけど・・・。」

 寛太郎は今すぐに、池上と連絡が取りたくなった。




 六月九日、寛太郎がテレビのニュースを見ていると、報じている内容のタイトルに唖然とした。

「コンピューターウイルスに息の根が止まる。株式会社DNA、二十一年目にして倒産決定。」

 嘘だろ、あのDNAが倒産だというのか・・・と寛太郎は思った。

「五月三十一日にコンピューターウイルスによる攻撃を受け、以降社内のコンピューターの復旧の目途が立っておらず、社員のほとんどが仕事が出来ない状況に。そんな中、DNAのゲーム企画運営部の社員全員が集団退職し、それにつられるように他の部署の社員も退職していった。退職した社員からは『全てのパソコンが停まってから、仕事と言えることをしていない。もうこの会社には未来が無いことを悟った。』とインタビューで答えました。DNAの代表取締役社長・北場裕子は前日の記者会見で『今までどんな困難も乗り越えてきましたが、今回もうどうしようもない事態に遭遇してしまいました。これまで多くの方に協力していきましたが、続けられなくなってしまい大変申し訳ありません。これから残された社員へ、感謝とその後の未来のために勤めていきます。こんな形で我が社が無くなってしまうのは、本当に悔しいです・・・、皆様今までありがとうございました。』と言い、今回の事件に対する自身の気持ちを発表しました。」

 寛太郎はショックを受けた・・・、最初は大逆転オセロシアムが消えればいいという気持ちだったが、とんでもないことをしでかしてしまったという気持ちを感じた。そしてその日、寛太郎は朝食を食べれなかった・・・。






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