第17話社会が発狂する時

 五月三十一日、株式会社DNAのネットワークに送り込まれたコンピューターウイルスにより、株式会社DNAの社内全体が未曾有の大パニックになっていた。

「データが消えた!!」

「おい、急に電源が落ちたぞ!!」

「クリックしても、応答が無い!!」

「これも、ハッキングの仕業なのか!!」

 インターネット・D・Tの社員全員がコンピューターウイルスの除去に挑むが、ウイルスは消えることなく増殖していく。

「駄目です、全く除去されません。」

「新型のウイルスという事か・・・くそ!!」

 御守は悔しそうにデスクを叩いた。

「社長、こちらのパソコンもマルウェアにやられました!!」

「何!!我が社のセキュリティーが、ことごとく破られるとは・・・。」

 御守は自ら築いてきたプロフェッショナルの力が全く歯が立たない事に、恐怖を感じた。このマルウェアは一体誰が生み出したというのか・・・。

「おい、どういう事よ!どうしてこうなっているのよ!!」

「ハッキングもウイルスも全然防げなかったじゃないか、お前のセキュリティーはとんだ役立たずだな!!」

「お前の会社を訴えてやるぞ、事の責任の大きさを知れ!!」

「そうだそうだ、お前は会社内の人間どころか、多くの中小企業や国民の怒りを浴びることになるんだ!!」

 DNAの社長と上層部の人達は、インターネット・D・Tの不甲斐なさに激怒し、御守に苛烈の限りを尽くした批判を浴びせた。矢面に立っている御守は、周りに圧倒され怖気づいた子供のように、目に涙を溜めながらただ黙っている。

「社長、バックアップシステムもやられました!!」

「何!!それじゃあもう・・・。」

 それはDNAのパソコン全てが、一斉に壊される現実を突きつけられたものだ。会社内のパソコンが全て壊れる、それはつまり会社のやる事全てが失われる事、そして会社の存在意義が抹消することに繋がるのだ。社長は突きつけられた現実にそれまでの激昂も冷め、青い顔で絶望しその場に失神した。

「社長!!大丈夫ですか!!」

「救急車を呼んでくれ、社長が倒れた!!」

 しかし土壇場での作業に集中しているため、誰も動かない。

「落ち着いてください、救急車は私が呼びます。」

 この状況でも冷静な刑事の古井が、119番通報をした。古井が通報を終えると、柳崎が知らせに来た。

「古井さん、コンピューターウイルスを送り込んだパソコンの所在が分かりました。」

「よし、すぐに現場へ急行だ!!」

 古井は「失礼します」とその場の者に礼をして、急いでパトカーへと乗り込んだ。






 株式会社DNAからパトカーで二十分走ったところにその場所はあった。

「ここは・・・ネットカフェ。」

 古井は一瞬絶句した、予想していた場所とはかなりかけ離れていたからだ。

「でもここに例のパソコンがあるのは間違いありません、行きましょう古井さん。」

 古井と柳崎はネットカフェの中に入り、受けつけの店員に事情を説明して例のパソコンがある個室に通された。そこは「A012」と記されており、畳十畳半程の広さの部屋に、丸いテーブルと幾つかの漫画が収納されている本棚、そして部屋の右奥に礼のパソコンが置かれていた。柳崎はすぐにパソコンを起動させて、調査に取り掛かった。そしてこのネットカフェのオーナー・斎藤安助が現れた。

「あの、私はここのオーナーの斎藤と言います。」

「初めまして、警視庁捜査一課の古井です。」

「それでお宅のパソコンから、コンピューターウイルスが放たれたと伺いましたが、一体何が起きているんですか?」

「実はそのコンピューターウイルスが、株式会社DNAのネットワーク内に侵入してしまい、社内はかなりのパニックに陥っております。」

「何だって!!株式会社DNAって言ったら、有名企業じゃないか!」

 斎藤は派手に驚いている。そしてパソコンの履歴を調べた結果、今日午前十一時五十七分にGoogleのアクセス履歴が見つかった。つまり謎のブラックハッカーはGoogleでDNAのどこかしらの公式ホームページを検索し、そこからコンピューターウイルスを入れたのだ。

「つまり、今日午前十一時五十七分の直前に来店した者が犯人ということか・・。受付をしている人はどなたですか?」

 古井が言うと一人の若者が手を上げた、若者は橋田谷治といいこのネットカフェでバイトをしている。

「では今日の午前十一時五十七分直前の時間に、不審な客が来店してきましたか?」

「ああ、その時間なら一人だけ来たよ。このご時世に珍しく、しかも不審というより場違いな感じがしたなあ・・・。」

「場違い・・・どういうことですか?」

「そのお客さん、小学生だったんです。」

 古井は驚きのあまりフリーズした、柳崎に肩を叩かれ我に返った。

「ああ、すまない。それで、小学生が入店してきたのか?」

「はい、見てくれは小学四年か小学五年くらいです。グレーのズボンに青いフードのついた服を着ていました。印象は大人びていて、当たり前に手続きをして部屋に入っていきました。」

「怪しい素振りは無かったんですね?」

「はい、マスクをしてフードを被っていたけど、顔はちゃんと見れました。」

 だがここで問題が起きた、ウイルスを送り込んだ決定的な証拠が無いのだ。問題のコンピューターがある部屋には防犯カメラが無い、斎藤が言うには「お客様のプライバシーポリシーのため」というが、これは捜査にとってアンフェアである。ただ受付の所には防犯カメラがあり映像を確認した。

「午前十一時五十四分・・・・あっ、来ました。」

「確かに小学生だな・・・。」

 古井は映像をまじまじと見た、しかし防犯カメラの位置の関係でフードを被った少年の後ろ姿しか映らなかった。

「顔は見えませんねえ・・・、じゃあ似顔絵を描いてもらうか。」

 とりあえずここに小学生が来たという証拠はとれた、後はその小学生の素性が分かれば捜査は格段に進む。こうして橋田だけが任意同行し、古井と柳崎はネットカフェを出た。パトカーで走行中に古井が呟いた。

「それにしても小学生が犯人候補に浮上するとは・・・、正直信じられん。」

「僕も古井さんに同感です、でもマルウェアは今やコンピューターのテクニックがあれば誰でも作れます。海外のサイトでは、マルウェアの詳しい作り方や素材を公開しているのもあります。」

「なるほど、世の中恐ろしくなったものだ・・・。」

「あの小学生は相当コンピューターに長けていますよ。」

「うむ・・。しかし小学生がどうしてそんなことをしたのか、動機が分からない。」

「そうですね・・・、身元の手掛かりは見つかりませんでした。これはかなり難航しますよ。」

 突如として捜査線上に浮かんだ青いフードを被った小学生、古井はその小学生がどんな奴なのか疑問を隠せなかった。




 六月一日、寛太郎は朝のニュースで昨日の出来事の衝撃を再確認した。

『昨日正午頃、株式会社DNAのパソコンにコンピューターウイルスが侵入し、DNAの全てのコンピューターが全て停止しました。当時社内はかなりのパニック状態になり、今現在も復旧の目途は立っていません。九日前に「謎のブラックハッカー」を名乗る者から「五月の末日にサイバー攻撃を行う」と予告を受けており、昨日までに徹底した対策が施されましたが、歯が立たずに今回の結果になったという事です。』

 そしてDNAの社員へのインタビューが流れた。

『急にパソコンの画面が粗くなって、クリックも反応しなくなり、そして強制終了しました。もう何が起きたのか分かっていたけど、物凄く焦りました。再起動しようとしても無理だったので、これはもうだめなのかと思いました。』

 寛太郎は池上に会ったらこう言おうと思った、君はアンビリバボーだと。


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