第14話時が満ちるまでのざわめき

 五月二十三日午前九時ニ十分、東京の池袋所轄署では蓑宮昭が事情聴取を受けていた。蓑宮には自身の父をリストラし自殺に追い込んだDNAに対する、復讐の疑惑が掛けられていた。蓑宮が取調室に入り尋問が始まった。

「蓑宮、お前の父はリストラを理由に自殺したそうだな。」

「はい・・・、その時の事は覚えています。とても悲しい事でした。」

 警官の尋問に蓑宮は俯いた。

「でも心には、DNAに対する復讐心があったのではないか?」

「もしかして、僕がDNAに復讐するために情報を抜き取って、YouTubeに公開したということですか・・・?」

 蓑宮の察しの良さに、警官は少し眉間にしわを寄せた。

「単刀直入に言えばそうだ。」

「そうですか・・・・確かに疑われても不思議ではありません。・・・・けど、僕はやっていません!!」

 蓑宮は「けど」の所からはっきりした口調で言った。

「でもお前のパソコンからYouTubeにアクセスした履歴があるのは事実だ、動画を見ていたというがそれを確証することができるのかな?」

「それは言えませんが、確かにあの時僕は動画を見ていました。では失礼を承知でお聞きしますが、仮に僕がDNAに復讐したいとするなら、どうして僕はDNAに入社しなかったのですか?」

 警官は言葉がつまり、蓑宮に何も言えなかった。

「なるほど・・・それでは、この人物を知っているか?」

 警官は蓑宮に、YouTubeで撮影した天山寛太郎の写真を見せた。

「いえ、面識はありません。」

「リモート通信で知り合ったことも無いのか?」

「リモート通信では、同じ仕事をしている人とリモート飲み会しかしていません。」

 それからすぐに蓑宮は解放された。取り調べの一部始終を古井と柳崎は見て、考えた。

「蓑宮はシロだな・・・。」

「ええ、念のための尋問でしたが蓑宮は犯人とはいえません。」

「するとやはり、謎のハッカーが天山寛太郎を通じて、ハッキングで得た情報を流出させたという事か。」

「いいえ、謎のハッカーと天山寛太郎はグルと考えた方がいいです。」

「それもありえなくないな、とにかく謎のハッカーについて何か手掛かりがあればいいんだがな・・・。」

 謎のハッカーは尻尾を出さない用心深さがある、それが捜査員をイラつかせると古井が思っていると、畑山巡査がまた駆け込みながらやってきた。

「大変です、天山寛太郎がYouTubeで謎のハッカーからの予告を発表しました!!」

「何!!それは本当か?」

「はい、彼のチャンネルを張っていたところ、その動画が公開されました。その動画はもう削除されていますが、音声レコーダーで録音しておきました。」

「よし、でかした!!」

 古井と柳崎は畑山と一緒に捜査室へ向かった。そして畑山は自分の机の上にある音声レコーダーを持って、録音した音声を再生した。最初は天山寛太郎の挨拶に始まり、そして便箋の朗読が始まった。便箋の文章の内容はかなり大逆転オセロシアムを偏見的に批判しており、また自分の存在を世の中に見せつけたい野望が色濃くにじ目出ていた。

「こいつは、かなり大逆転オセロシアムが嫌いと見えるな・・・。」

「何か文章が大人っぽいですね・・・・、こういうのは一つの種類の言葉しか使わないので、子供っぽい文章になるのが多いのですが。」

 そしてウイルス攻撃の予告を聞いた時、古井と柳崎は大きく目を見開いた。

「五月三十一日・・・末日か・・・。」

「つまりハッカーはこの日確実にパソコンを使います、その時にこちらから追跡をかければ、ハッカーの居場所を特定できますよ。」

 そして寛太郎の感想が告げられると終了の挨拶をして動画が終わった。

「最後、寛太郎は事情聴取を受けたことを言ったぞ。」

「まあ法律上問題はありませんが、これは自分と謎のハッカーは顔見知りでは無いという事を伝えていますね。」

「まあ、それが本当か嘘かは分らんがな・・・。」

 古井は謎のハッカーと天山寛太郎は絶対にグルだと確信した、しかし依然として謎のハッカーについての手掛かりが掴めていない。古井の心に「何が何でも逮捕してみせるぞ!」という闘志が湧き出てきた。




 五月二十五日、株式会社DNAのゲーム企画運営部では松原が仕事をしていた。しかし以前のような生き生きとしている感じはなく、もう半ば投げやりな気分である。

「大逆転オセロシアムが終わるまで一か月と六日か・・・、こんな気分は初めてだ・・・。予告されていたとはいえ、自分が携わってきたゲームが消えるのは、辛いなあ・・・。」

 松原はすでにここで働く意味を無くしている、六月末でDNAを辞めて転職するつもりだ。

「そう言えば、矢島さんが休んでもう六日目になるなあ・・・。」

 松原は空いているデスクに目をやった、ここには矢島が本来座っていた。しかし矢島はノイローゼを理由に会社を休んでいる。昨日、同僚の高守と昼食を食べている時に、高守が矢島が受けた誹謗中傷について話してくれた。

「まずイラストの情報が流出した時に、矢島さんは友達から『イラストをYouTubeに流したのは、ひょっとしてあんた?』って言われたらしい。もちろん友達は冗談だと言ったけど、あの一言で矢島は心臓に亀裂が入るほどの痛みを感じたそうだ。」

「何それ?いくら冗談でも、言っていいことと悪いことがあるだろ!!」

「松原さんの言う通りです。しかし会社の他の部署の人達は見えないところで、『ゲーム企画運営部は、我が社のお荷物』とか『ゲーム企画運営部を無くして、スポーツ強化委員会を設立すればいいのに・・・。』と酷い罵倒を言っているそうです。」

「それは僕も知っている、本当に悲しいよ・・。」

「矢島はそれを聞いて酷い罪悪感を感じたらしい、もしかしたらもう一人の自分の仕業かもと思ったそうだ・・・。」

「そんなに思い詰めていたのか・・・、僕の前では笑顔でいたから分からなかった・・。」

「矢島は本音を人前に出さないタイプですからね、この話を聞いた時矢島さんは一階の廊下の奥で泣いていましたから。」

 いくら気丈に振る舞っても心の傷は癒えない、周りを心配させまいと心の傷を放置して無理矢理気持ちを高ぶらせると、心の傷は炎症を起こして更に痛み出す。矢島はそれに陥ってしまったのだ。

「そしてとどめは先程の友人、矢島を問い詰めたことをTwitterに載せてしまったんだ。」

「うわあ、最低だそいつ!」

「それにより矢島のTwitterには、誹謗中傷の匿名爆撃が始まったという訳さ。」 

 それはネットの世界では有名な悪行である、不特定多数の透明人間から殴られるようなものだ。松原は経験したことはないが、おそらくこの社会の地獄の一つと言える程辛いものだろう・・・。松原がそう思いながら仕事をしていると、「ちょっといいか?」と肩を叩かれた。松原が振り向くと人事部で同期の月野がいた。

「月野、どうしたんだ?」

「お前の部署の矢島雅、確かノイローゼで休んでいるよな?」

「ああ、もしかしてもう良くなったのか?」

「いや・・・・さっき電話があって、五月末で辞職するそうだ。」

「ええっ!!」

 松原は素っ頓狂な声が出た。

「それで明日会社に来て辞表を出すそうだ、受け取ったら私の所に持ってきてくれ。」

 月野はそう言って自分の部署に戻った、松原と一部始終を聞いていた高守は驚きと喪失感で声が出なかった。




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