第12話分からなき諸悪の根源

 五月二十日、寛太郎はリモートで池上から、速達郵便が来る知らせを受けた。ただ中身がハッキングで得た情報ではなく、池上が自ら「謎のハッカー」を装って書いた手紙だという。

「でもどうして今回は、ハッキングじゃなくて手紙なの?」

〈どんなハッカーでも連日活動する訳ではありません、流石にいつかは警察も犯人の尻尾を掴んでしまいます。〉

「そうか・・・まだここで捕まるのは嫌だよなあ・・・。」

〈それに僕は最後に自分の力を、世間に見せてやりたいんです。その為の予告として、この手紙を書きました。〉

「なるほど、それで僕はその手紙を読んでいる動画を撮影して、YouTubeに投稿してほしいという事だね?」

〈はい、その時は中尾聡という名前で出します。〉

「分かりました、それではよろしくお願いいたします。」

 こうしてリモート通信を切った、そして寛太郎は新しく開拓したゲームの実況動画を、撮影する準備を始めた。



 午後一時、寛太郎が昼食の準備をしていると、インターホンが鳴った。寛太郎が玄関に出てドアを開けたとたん、寛太郎は硬直した。

「すいません、愛知県警の捜査一課から来ました杉山丸穂と言います。」

 ずんぐりした体つきに物腰柔らかなお爺さんだが、その手には警察手帳があった。

「あの・・・何かありました?」

「実は大逆転オセロシアムの事件について、教えてちょーだゃあ。」

「ああ、今世間を騒がせている奴ですか。でも、どうして僕に?」

「そりゃYouTubeで情報を晒したのが、おみぁーだと分かったからだ。」

 動画は投稿してから一時間後には必ず削除していたはずなのに・・・、警察の捜査は侮れない事が身に染みて分かった。

「確かに、YouTubeで晒していたのは僕です。」

「やはりおみぁーか、ちょっと任意同行してちょーせんか?」

 寛太郎は頷いた、そしてこてこての名古屋弁を話す杉山と一緒にパトカーに乗った。こうなったら秘密だけは守って、話せるだけのことは話そう。そうすれば怪しまれずに、解放される。数十分後、警察署に到着した寛太郎は、杉山に連れられて取調室に入った。

「それじゃあ、始めましょう。」

「はい、よろしくお願いいたします。」

「おみぁーは、パソコンはかなり得意か?」

「パソコンはできますが、YouTubeへの投稿しかできません。」

「ハッキングしたことは、これまでに一度もあらすか?」

「ありません。」

 寛太郎はキッパリと言った、ちなみに杉山の名古屋弁もはっきりと理解している。

「だったら何で、おみぁーのところに個人情報があるんだ?」

「送ってくる人が来るからです、複数人から。」

「複数人も・・・どうしてそいつらは、お前のところに手紙を送ることが出来ますか?」

「実はYouTubeでお便りの企画をやりまして、その時に僕の住所と郵便番号を公表しました。おそらくそれを見たのでしょう。」

「なるほど、それではそいつらとは手紙だけのやり取りしかしてないという事だな?」

「はい、顔は見ていません。」

「おみぁーの家に、送り主の封筒はあるか?」

「すいません、封筒はもう処分してしまいました。中の紙もシュレッダーにかけました。」

「そういうのは取っといてちょう・・・。じゃあきんのう、おみぁーは何をしていた?」

「昨日はYouTubeの動画投稿をして、それからは自宅で過ごしていました。」

 それから三十分後に、寛太郎は警察から解放された。しかし寛太郎は暫くの間、警察の尋問を受けた緊張感に苛まれた。



 五月二十一日、東京都の警察池袋所轄署に、古井が柳崎を訪ねて来た。

「柳崎、あれから何か進展はあったか?」

「いいえ、これは僕が初めて経験する難事件です。」

「そうか・・・、捜査一課ではハッカーの仕業か蓑宮昭を疑っている。」

「どうして、蓑宮昭を疑っているのですか?」

「ハッカーの仕業かどうかまだ確証がない中、最も怪しいのがDNAのセキュリティーを任されている蓑宮だ。」

「確かにもし彼がやるとするなら、造作もない事だと思います。でも蓑宮には、動機がありません。」

「実は蓑宮の身辺を洗って分かった事だが、奴の母親はDNAの社員と結婚し、蓑宮昭を生んだ。ところが蓑宮昭の父に当たる社員が、リストラで辞めさせられた。そしてそいつは荒川で入水自殺をして亡くなった、そして母親はそのショックで廃人になって実家に引き取られ、蓑宮昭は父方の実家に引き取られたそうだ。」

「そんなことが・・・、つまり蓑宮昭は自分の家庭が崩壊するきっかけを与えた会社に、復讐心があるという事ですか・・・。」

「そうだ、近いうちに蓑宮を任意同行して詳しい話をするつもりだ。」

「そうですか、僕はやはりハッカーの可能性を捨てきれません。でも中々尻尾が掴めません。」

「もしハッカーならかなりの腕だ、もしかしたら外国人の可能性もあるぞ。」

「確かに、でも何のためにDNAを・・・。」

「動機か・・・分からんな・・。」

「ただの遊び半分か、もしかしたらDNAをハッキング攻撃で弱らせて吸収合併か買収するために、ある企業が雇ったハッカーの仕業かもしれません。」

「何だって!そんなことまでするのか?」

「あくまで憶測です。ところで古井さんはハッカーが何なのか、知っていますか?」

「もちろん、コンピューターの技術と知識に長けていて、他のサイトを攻撃したり、クレジットカードの番号などを盗み出す犯罪者だろ?」

 すると柳崎はため息をついた。

「もしかして、違うのか?」

「違います、説明が一つ余計です。コンピューターの知識と技術に長けている人を、ハッカーと言います。古井さんの言う犯罪行為をするのは、クラッカーまたはブラックハッカーと呼ばれている人達です。」

「そうなのか・・・、ハッカーにも色々いるんだな。」

「ちなみに僕もハッカーです、僕の場合は警察から仕事を受託していますが、大抵はフリーランスで企業への注意喚起や探偵業をしています。」

「なるほどなあ・・・。」

 古井はもう四十数年前から勤めている、あの時はインターネットもパソコンもまだ普及されていない時代だった。だからインターネットが普及し発達していくのに、ついてこれないのだ。

「すると今回のはクラッカーの仕業ということか?」

「ええ、ただ動機は依然として分かりません。」

 やはり今回の事件の課題は動機だ、企業のパソコンから情報を抜き取って公開するのを見ると、やはり復讐説が濃厚になる。ならば復讐の対象は何か・・・。古井はずっとそれを考えながら、警視庁に戻った。所内に入ると畑山巡査部長が声を掛けた。

「古井刑事、愛知県警から連絡が入りました。」

「愛知県警だと?」

「何でもあの動画の投稿者の身元が分かったようです。投稿者は名古屋市昭和区三丁目に住んでいる天山寛太郎、年齢は二十七歳で職業はユーチューバーだそうです。」

 ユーチューバーなら古井も聞いたことがある、自分の娘がユーチューバーの作る動画に夢中になっているのだから。

「ユーチューバーか・・・確かにそいつならパソコンが出来ても変じゃない。」

「愛知県警によると、昨日寛太郎を任意同行して尋問したようです。寛太郎は情報の公開したことについては認めていますが、情報は別の人から送られてくると言っています。」

「それはネットを通してか?」

「いえ、速達郵便だそうです。」

 これで一歩犯人に近づいた、しかし犯人の姿はまだまだ闇の中だった。




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