特別編:旅行積立金  ※連載版の告知アリ

 本日は給料日。

 待ちに待ったというわけではないが、やはり1ヶ月の成果が形になる瞬間。テンションが上がるのは社畜の性というもの。


「やったー! お給料だ♪」


 隣にいる伊波も大喜び。自分の給与明細書を眺めながら鼻歌を歌い出す始末である。

 しかし、少々テンションが高い気がする。


「えへへ♪ 嬉しいなぁ~♪」


 アル中すぎて金欠なのだろうか。「やっと止められていたガスや電気が復活できます!」や「パン耳生活も脱出です!」と言われても不思議ではないくらいのニコニコっぷり。

 いくらウチがブラック企業とはいえ、一定水準の給料は貰っているはずなのだが。


「何だよ伊波。何か欲しいものでもあるのか?」

「いえいえっ。旅行ですよ、旅行!」

「へー。お前、旅行行くのか」


 さすが、ついこの前まで女子大生。

 このお年頃の女子たちは、何かと因縁づけて沖縄とか台湾に旅立つイメージがある。

 凝り固まった偏見を脳内で巡らせていると、依然ニッコリ笑顔の伊波に言われてしまう。


「やだなー。マサト先輩も行くに決まってるじゃないですか」

「は?」

「も~、しらばくれちゃって。ココですよココ」


 伊波の細長い指が明細表のとある項目を指さす。

 言われるがままに目を通し、ようやく理解する。


「あー。旅行積立金のことか」


 旅行積立金。社員旅行で必要な金を、毎月の給料から一定額天引きするという、インドア派とアウトドア派で賛否が激しく分かれる費用のことだ。

 成程。要するに伊波は、社員旅行が楽しみというわけか。

 伊波のテンションMAX。


「積立金が引かれれば引かれるほど、どんどん良いところに行けるんじゃないかなって夢が膨らんじゃいます!」

「……あのな、伊波」

「近畿圏内なら、海水浴場のある白浜とか淡路島ですかね? あっ、旅行は年末年始だろうし温泉かな? 城崎とか嵐山とか!」

「伊波よ、実はだな――、」

「関西を飛び越えて、ディズニーランドとかハウステンボスとかでも嬉しいなぁ~。私、お城巡りとか観光地巡りとかもウェルカムです♪」

「だから俺の話を――、」

「もしかして日本を飛び越えて上海とかグアムとか――、」



「伊波!」

「!」



 声量を上げたところで、ようやく伊波のマシンガントークを止めることに成功する。

 そして、ようやく打ち明けることができる。


「旅行には行かないんだ」

「え?」

「というより、行けないんだ」

「え……」


 後輩を悲しませたくない気持ちは強い。だがしかし、教育係故、現実を教えなければならない。


「嘘、ですよね?」

「嘘じゃない。毎月積み立てはするんだけど、積み立てた分、年度末に戻ってくるんだよ」

「そんな……。で、でも! 今年こそは――、」

「ないんだ」

「ない……?」

「俺が入社してから1度も社員旅行に行ったことが」

「!!!」


 伊波がようやく気付く。最初から詰んでいたことに。

 最後の花びらが散っていくかのような。『無』の表情になった伊波の手から、はらりと給与明細書が手から零れ落ちてしまう。


「私の楽しみが…………消えた……?」


 ご臨終。

 なんだろうなぁ……。ここまで目の前で悲壮感を漂わされると、俺まで居たたまれない気持ちになる。


「ちゃんと全額戻って来るから安心しろ。その金で美味いものでも、好きなものでも買えばいいじゃないか」


 給与明細書を拾いつつ、「な?」と伊波へ差し出す。

 のだが、


「やだ」

「……あ?」

「やだ! 旅行行きたい!」

「……」


 なにこの駄々っ子。

 スーツを身に纏ってるくせに、背中に真っ赤なランドセルが見えるのは何故だろうか。

 何ギレ? 大きな瞳は涙目で、頬はリスの如くパンパン。


「楽しみにしてたんだもん! マサト先輩と地元の美味しい日本酒と料理食べるの! 終電を気にせず、朝まで飲み明かしたかったんだもん!」

「お、お前……。旅行先でオール考えてたのかよ……」


 学生気分ってレベルじゃねーぞ。


「マサト先輩、連れてって」

「あ?」

「私を旅行に連れてって!」

「……」


 私をゲレンデに連れてってみたいに言うんじゃねー。


「連れて行ってくれなきゃ、マサト先輩ん家で宿泊ツアーしちゃうもん!」

「しゅ、宿泊ツアー?」

「そうです! 365泊の長期滞在プランです!」

「はぁぁぁぁぁ!? もはや居候じゃねーか!」


 ヤケになっているだけなのか、はたまた、本気で言っているのか。

 両方なのだろう。この新卒小娘は、やると決めたらやる女だから。


「連れて行ってくれなきゃ、毎朝、お味噌汁作ってやる! 洗濯したり、掃除も勝手にしてやる!」


 何その俺にメリットしかない脅迫。


「おはようのキスも毎朝しちゃうから!」

「!? キ、キス!?」

「当然、行ってきますとおかえりなさいのキスも! 一緒に家出るし、一緒に帰ってくるからキスは各2回ずつ!」

「ア、アホなのかお前は!?」

「本気だもん! 一緒にお風呂も入るし、寝たの見計らって夜這いもしてやるもん!」


 どんだけ旅行楽しみだったんだよコイツ……。

 とはいえだ。呆れはするものの、楽しみの理由の1つに俺が入っていることも痛いほど伝わって来る。

 自分と行く旅行をどれだけ楽しみにしていたのかを知ってしまえば、ムズかゆくもなる。


 一緒に旅行に行くか……、

 365日長期滞在させるか……。


「分かったよ……。旅行に連れて行けばいいんだろ?」

「! ほ、ほんとですかっ!?」

「おう。二言は無い」

「~~~♪ やったー! マサト先輩大好きっ♪」


 喜びを全身で表現したいようで、伊波に全力で抱き着かれてしまう。相変わらず良い匂いだし、おっぱい柔らかい。

 可愛い娘との365日プランは、男にとって夢のプランに違いない。

 けれど、毎日キスされたり、風呂入ったり、夜這いなんかされてみろ。俺の下半身、粉々になるわ。


「えへへ♪ 楽しみが無くならなくて本当に良かったなぁ♪」

「! お、おう……」


 とびっきりの笑顔を見ただけで約束して良かったと思える俺は、親バカというか先輩バカというか。俺の反省すべき点なんだろうな。


「ささっ! 今日はたっぷり懐が潤ったわけですし、飲みに行きながら旅行先を決めていきましょう!」

「積み立てる気ゼロかよ。……でもまぁ、せっかくの給料日だし行くか」

「はいっ♪」



 旅行積立金。

 ブラック企業に勤める身として、これほどまでに無意味なものは存在しない。

 異論は認めない。






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久々の渚とマサトのやり取り、いかがだったでしょうか。

旅行積立金恐るべし。



【告知】

長らくお待たせしました……!

『構って新卒ちゃん』の連載版をスタートします! 

というか、もう投稿しちゃいました(笑)!


新たなZ《ざんぎょう》戦士を加え、大幅リニューアルしていく予定ですので、まったり楽しんでいただければ幸いです。

不定期連載になるとは思いますが、エタることは絶対しないので、そこはご安心いただければと。

それでは、連載版でお会いしましょう!


‐連載版はコチラから‐

https://kakuyomu.jp/works/1177354055408420052/accesses

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【短編】構って新卒ちゃんが、飲みやホテルに毎回誘ってくる。~ねぇ先輩、先っぽだけでも駄目、……ですか?~ 凪木エコ@かまてて&おぱもみ発売中 @nagikieco

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