第24話

 冒険者ギルドに着いて、俺は真っ先にユーリの姿を探した。ユーリの普段の生活を知っているわけじゃないから、本当に今ここにいるかは分からない。

 もし、この時間に既に居ないようなら、既にクエストを受けているということだろう。そうなれば諦めるしかない。そうなった場合は他の人を呼ぶか、それか二人で行くことになる。身内だけの方が気楽だから、出来ればいて欲しい。

 そして、俺は運良くギルドの食堂で寛いでいるユーリの姿を見つけた。


「ユーリ、おはよう」


「あ、おはよう奏太。こんな時間にギルドって、今日はどうかしたの?」


「ああ、ちょっと花畑の方に行こうと思っててさ」


「花畑……ってことは、私に護衛を頼みたいと」


「ああ。話が早くて助かる」


 流石、長年ギルドでクエストをこなしているだけあって状況判断が早い。

 ユーリは1度エルに目をやって、そして一瞬眉間に皺を寄せた。


「ふーん……。まあいいわ。受けてあげる」


「嫌なら別にいいけど」


「ううん、構わないわよ」


 なんか、今日は少し素っ気ないな。まあ、そんな日もあるか。


「そうか。じゃあ、報酬が」


「――待って。報酬なんていらないわ。私と奏太の仲でしょ? それに、花畑に行くだけで、危険もほとんど無い。別にそんなかっちりしてなくても大丈夫よ」


「でもここはちゃんと契約を……」


「いいのよ。私との仲でしょ?」


 そこまで仲良くしてた記憶はないんだけどな。

 ユーリには今までの恩もあるし、タダっていうのは気が引ける。

 でも、こう言われてしまったらしょうがない。


「……そっか。ありがとな」


「ええ。任せなさい」


「……やけに仲が良さそうですね」


 俺とユーリのやり取りを、エルはつまらなそうに見ていた。


「まあ……な。でも、こういうのって仲がいいって言うのか?」


「知らないわよ。でもまあ、エルが思ってるほど仲が悪いわけじゃないわね」


「むぅ……」


 エルは初対面の印象が悪すぎるせいで、未だに敵対心をむき出しにしている。

 別に、あの時が例外だっただけで、別に普段はあんなトゲトゲしてるわけじゃないだけどな。てか、折角女の子同士なんだし、仲良くすればいいのに。


「ま、そうそうあんたの思惑通りにはならないわよ?」


「くぅ……。ここで思わぬ敵が……!」


「……エル?」


「ハッ! い、いえお気になさらず」


 すっげえ気になるんだけど。

 ユーリもそうだけど、2人は何で張り合ってんの?

 取り敢えず、そういうのを聞く雰囲気じゃないのだけは理解出来たし、流石に言わないけど。


「それであんた、なんで花畑なの? 遊ぶ場所なら街の中にもあるじゃない」


「あー、それな。エルが見に行きたいって言うからさ。それにほら、花見ってこっちだとそんなに文化としては無いだろ? だから久しぶりに花を見ながらゆっくり休もうと思ってな」


 別に俺が「お花見たーい」とか馬鹿なことを言ってたとか思ってないだろうな。

 有り得ねぇよ。


「なるほどね。面白いこと考えるじゃない。休日だったら他の人も呼びたいところね」


 おっさんとかエセ教祖とか?

 ぜってい酒乱が暴れて終わりだな。絶対に連れて行ってやるもんか。

 古本屋の2人とか、あそこら辺なら一緒に行って楽しめそうだな。


「ま、でも今日は平日だから3人だ。花畑は人が少ないだろうし、ゆっくり出来るな」


「そうね。それじゃあ、早く馬車に乗りに行くわよ」


「歩かないのか」


「歩くわけないでしょ。1時間くらいかかるのに、エルを歩かせる気なの?」


 そうだった。1時間くらいなら別にいいやとか思ってたけど、エルのこと全然考えてなかった。

 心を入れ替えて早々何してんだろう。俺。

 

◇ ◇ ◇


 馬車を走らせて、花畑まで向かう。

 それまでの道のりは本当に何も無い草原だ。街を離れると、途端に人気が無くなる。

 それも当然といえば当然だが。魔物が彷徨いていたり、改めて外の世界の危険を知ることになった。

 とはいえ、ここら辺の魔物はたかが知れてるわけだが。


「うわ〜。師匠。モンスターなんて初めて見ました」

 

「そっか」


「師匠はあまり驚かないんですね」


「まあ、俺は一時期冒険者やってたし」


 この世界に来て最初の頃は冒険者をメインの仕事にしていた。

 とは言っても、俺はセンスがなかったしすぐ辞めることになったんだが。

 ここ周辺は冒険者を初めて間もない人が魔物の討伐クエストでやってくる場所だ。

 討伐目的は主に素材や、生態系の保持が理由だ。

 魔物は生態系を壊しかねない危険な存在であるものの、素材は単純な動物より貴重なものが多いし、生態系のバランスを保つのに逆に一役買ってる魔物もたまに存在する。

 まあ、要するになんか強かったりする以外は対して普通の生き物と変わりはない。

 

「弱いとは言っても、思ったより倒すのに苦労するんだよな」


「それはあんただけよ。私だったら1発で倒せるわ」


 うわぁ、出たよバトルジャンキー……あ、ごめんなさい睨まないで。

 因みに、今のユーリの言葉がそのまま俺が冒険者を辞めた理由だ。

 マジで、武器使っても攻撃が通らないし、逆に相手の攻撃は痛いし、戦うのが面倒だった。

 そんなこんなでどんどん不満が募っていった。そのせいで、稼ぎもほとんどなかった。

 それが、やめた理由だ。


「あ、あの遠くに見えるのが花畑ですね」


「そうだな」


 遠くからでも色とりどりで綺麗に映る花畑に、エルは目をキラキラと輝かせていた。

 花は大概、見た事のある形をしている。ただ、違う季節に咲く花のはずが同じ季節に咲いていたり、違和感のある組み合わせだ。

 思ったより広いな。富良野とかの花畑より、一回り大きい。

 そして、その大きな花畑の中にポツンと小屋が建っている。

 馬車を降りると、いきなりもわっと甘い香りを吸い込んでしまい、思わずむせそうになった。


「花粉が凄そうね」


「やっぱそうなるよな」


 この花で花粉症にはならないが、どうしても、そういう発想に辿り着いちゃうんだよな。悲しきかな日本人のさがだ。


「凄いです。綺麗な花がたくさん咲いてますよ!」


 エルは早速はしゃいで、俺たちを置いて花畑の中を駆けて行った。


「はぁ……まだまだ子供ね」


「そりゃそうだ。どっからどう見てもこともだろうが」


 なんで、ユーリはエルなんかに対抗心を燃やすのかね。

 

「……なんか変わったわね」


「そうか?」


「うん。なんか、ちょっとだけお兄ちゃんって感じになってきたわよ?」


「お兄ちゃんか……そこは師匠っぽいとか言って欲しかったんだけど」


「無理ね。どう足掻いてもお兄ちゃんの域を出ないわ。だって、今の奏太。私のお兄ちゃんにそっくりだし」


 こいつのお兄ちゃんがどうだったかは知らないけど、なんかこう、来るものがあるな。胸にチクッと突き刺さるみたいな。


「でもそうね……師匠、とまではいかないけど、大人には近づいたんじゃない?」


「微妙だな」


 正直、この世界で成長なんてしないと思っていた。生活も保証されていなくて、理不尽なことばかりで、不満ばかりで、このまま俺は俺のまま生きていくものだと思っていた。

 まあでも、そうか。少しは俺も成長してるんだな。

 そう思うと、少しだけ安心した。

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