第20話

「あれだけ言うってことは、君の演奏はさぞ心にしみ渡るものなんだろうなぁ」


 静かになった応接間で、ランペードさんは言った。

 

「やめてくださいよ。緊張しますから」


 そういうのって仲間内でやるやつだよな。意外とダメージ来るし後々プレッシャーになってくるから嫌いなんだよ。でもそんなこと言って首はね……いや、流石にこんな些細なことでそれはないか。

 いやぁ、それにしてもランペードさんはタチが悪いな。これ、中学の時に自分の特技を披露しようみたいなのがあって、その時に同じようなことめちゃくちゃ言われてポカやらかしたんだよね。


「緊張ねぇ……。あんな大口を叩いた後だと、どうも嘘にしか聞こえないけどね。さて、それじゃあ演奏会の話に入ろうと思うけど、いいかな?」


「ええ? 是非」


「じゃあ、この書類を見て欲しい。ここには参加する人の情報と、後はスケジュール表などが書かれている。これを見ながら説明を聞いてくれ」


 ランペードさんは書類を机に置いた。

 スケジュールは、最初にオーケストラの人達の演奏が数曲あって、それからは弦楽器やピアノなど、少人数での演奏が続く。

 そして、休憩時間の終わり際に軽く俺達が演奏する時間を作ってくれるらしい。

 休憩時間と一緒になってるから、適当に外で休んでもいいし、そのまま演奏を聞いてもよし。


「まず最初に謝っておこう。すまない。時間の関係でここでしか枠を取れなかった。オーケストラの演奏家の方はプライドの高い方でね。どうしても同じ時間ではやって欲しくないってことだった」


 うわぁ、嫌われてるなぁ。でも仕方がないか。ぽっと出てきた無名の人とか、プライド高い人はすぐ文句言うし。


「いえ、構いませんよ。演奏できるだけでも充分嬉しいですから」


「はい。私もそう思います。それにしても凄いですね……。貴族の方がこんなに見に来るのですね。はわわ……緊張してきます」

 

「まあ、私達が招待するとすれば、貴族や著名な人間くらいだからね。自然と参加する人も貴族ばかりになるものだよ。それで、多分1番気になるのは報酬の話だよね」


「え、いやそんな気になるという程でもないですけど」


 ぐへへへへ。一体おいくら万円になるんでゲスかね。ぐへへへへ。


「遠慮しなくていいよ。この書類に契約内容が書いてある。もしこれで不満がないようなら、ここにサインをしてくれればいい」


 さてさて、ここがすっげえ重要なとこなんだよなー。

 えーっと……報酬は……んん!?


「おおっとぉ……? んー? あれ、すみません」


「なんだい?」


「契約内容、これ桁間違ってませんかね」


 思ったより0が多いんだよなー。なんでだろうね。


「うーん……。特に間違いではないね。普通に出席して、演奏してくれればその報酬は支払うよ。普通の演奏家と比べると、報酬は幾分か少なくなるから、そこは申し訳ないけど理解して欲しい」


「は、はぁ……」


 違う、そうじゃない。俺が言いたいのは桁が少ないとかじゃなくて桁が多いって方。逆なんだよ。

 路上ライブとかばっかだったから感覚狂ってるかもしれないけど、これはやばいぞ。おっさんの店の給料の比じゃない。

 う……美味い。美味すぎるぞこれは……!!


「じゃ、じゃあサインしまーす」


 やべ、ニヤニヤが止まらねぇ……! くぅ〜最高だよこの仕事!! 

 ありがとうランペードさん!! 君は英雄だ!!


「ししょ〜……」


 そんな俺をジト〜とエルが睨んできてる。ごめんな現金なヤツで。

 お願い。謝るからそんな目で見ないでくれ。


「うん、ありがとう。これで契約は成立だ。前日にリハーサルがあるから、それにもしっかり来ておくこと。いいね?」


「はい。分かりました」


「では、楽しみにしてるよ。さて、これで用は終わりだ。門の外まで送ろう」


「はい。今日はありがとうございました」


「礼を言うのはこっちの方だよ。2人の演奏を楽しみに待っているよ」


 俺の演奏を待ちわびているような視線。王族の人間にここまで期待されるのか。

 こりゃプレッシャーだなぁ。

 ただプレッシャーで言うなら俺よりエルの方が大変だな。俺は自分なりに自由に弾こうとは思ってるけど、エルは貴族の出だからそれだけでも観客に期待されるのかもしれない。

 それに、これはエルの音楽人生が掛かっている。プレッシャーは並のものじゃない。


 ランペードさんに連れられて王城の外へ出ると、日は真上に昇っていた。

 お昼時……ってことはおっさん1人で大変だろうな。


「師匠、早くレストランへ戻りましょう。私もどんどんピアノ弾きたいです」


「そうだな。それじゃ、昼ごはんは適当にパン屋で買ってくるか」


「やったー! 私、甘いパンが食べたいです」


 良かった。喜んでくれるんだな。


「じゃあ、俺も甘いのにしようかな」


 とはいえ、洋食ならぬ異世界食は飽きてきたな……。

 あー……そろそろ日本食が食べたい。

 おっさんが作るナポリタンとか、お好み焼きとかじゃなくて、味噌汁と米と漬物と焼き魚みたいなやつ。あっさりとして優しい日本食が食べたい。

 それなら、折角調理器具買ったんなら今度は日本食を作ってみるか。

 米も多分、探せばどこかに売ってるだろうし。

 大きな通りに出るとパン屋はすぐに見えてくる。

 そして、そのパン屋で適当にパンを買って、エルと2人でそれを歩きながら食べた。


「師匠」


「なんだ?」


「私達の演奏。通用すると思いますか?」


「さぁな。正直、全く分からん」


 なぜだか分からないが、ショパンやリストの曲はウケがいい。ウケがいいというか、全く未知の音楽に出会ったみたいな、そんな反応だった。

 まだ音楽の歴史は進んでいないってことだろう。それか、そもそも音楽性が違うか。

 だから、あの時代の曲なら皆面白がって聞いてくれそうだ。

 だが、表現力や正確性で言うとからっきしだし、心配なところだな。

 なんといっても表現力だ。あの時代の曲に対してどうアプローチをかければいいのか。感覚が完全には戻ってないし、想像が難しかった。

 ……ブランクが憎い。


「心配は拭えないよな……」


 特に、練習の時によく見られる、自分の曲がやけに無機質に聞こえる現象。あんなのが本番で起きたらと思うと寒気が走る。

 おっと。これ以上言うとエルが落ち込みかねないな。


「でも、やるだけやってみないとな。エルの音楽人生が掛かってるんだし」


 次いでに俺の首も掛かってるまである。

 

「あ、そうだ。エルは何か弾きたい曲とかあるのか?」


「弾きたい曲ですか?」


「ああ。最近練習してる曲とかじゃ味気ないし、何処まで完成できるかは分からないけど、どうせ何曲も弾くわけじゃないし、1曲ぐらいいいんじゃないかな」


「えっと……。それなら、1つ弾きたい曲があるんですけど、良いですか?」


「ああ」


「別れの曲を弾いてみたいです。師匠と初めて出会った時に弾いていた曲です。私、弾くならその曲を弾いてみたいです」


「別れの曲か……いいんじゃないか? 難しい曲だけど、今のエルなら弾けると思う」


 そうすると別れの曲を書き起すのか……。音符多いし大変だな。

 

「ということは、俺は店に戻ったらやることが出来たな。エル。今日は急いで譜面作るから、演奏はエルがやっててくれ」


 そう言うと、エルは首を傾げた。


「……ええ!?」

 

 しかしすぐさま、目を見開き大袈裟に驚いた。


「今のうちに演奏を聞かせるのを慣らしておいた方が良いだろ。いきなり大勢の前で演奏するより、経験があった方が良いからな」


「そうですけど……私、出来ますかね」


「出来るよ。絶対」


 自信なさげに俯いて指を弄っていたエルに、俺は強く頷いた。

 元々営業時間に練習させてたし、そんなにいつもの演奏と変わることは無いだろ。プレッシャーだってそこまで感じないはずだ。


「わ、分かりました。私、頑張ってみます」


「ああ。頑張れよ」

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