第19話

「――君は」


「はい?」


 びっくりしたぁー……。めっちゃ急に声掛けられたら焦るわ。


「君は、このを幸せにできるかい? 君は分かっているだろう? この子はアルムガルトや、君が弾いている曲を作った演奏家達のようになれると思っているのか? うちの娘が幸せになれると思っているのか?」


 幸せに……かぁ。アルムガルトは知らないが、モーツァルトとか、ベートーヴェンとか、有名所でお世辞にも幸せな人生と呼べない人達は意外といる。

 モーツァルトは晩年浪費癖が祟り借金生活を送り、ベートーヴェンは誰もが知っている通り、目が見えなくなり耳も聞こえなくなる。それだけ苦しくとも、音楽に身を捧げなければいけない。音楽しかやってこなかったってことは、つまりそういうことなのだ。

 音楽に限らず、小説とか、漫画とか、ああいうクリエイティブ性のあるものを作る人は、意外と苦労している人も多い。

 まあ、だから、幸せになれるかといえば微妙なところだな。


「幸せに……は正直難しいと思います。有名になってからも苦労してる人は多いですしね」


「ふむ。なら何故弟子にとったんだい? 君は、私の娘をそんな未来もない場所に放り込もうって言うのか?」


 相手が何者なのか、見定めようとしてる。

 何か探っているような目。娘を預けるのにふさわしい存在なのか、おそらくそれを確かめようとしている。

 つまり、向こうにはまだエルを預けてくれる可能性が残っているということだ。

 正直嫌味のひとつでも言おうかと思ってたが、それなら何ふり構わず悪態は付いていられない。てか、付けたら東京湾に沈められそうだから最初からそんなことはしないけど。

 ここに東京湾なんてないけど。


「質問を質問で返して申し訳ないですけど、アウデスブルグさんはエルに音楽の才能はあると思いますか?」


「敢えてエルに厳しい言葉を選ぶとすれば……ないな。ただピアノが上手いだけだ」


 そうだろうな。エルの父親はよく分かっている。


「……パパ」


「ええ、自分でもそう思ってます。正直、誰もが羨むような才能があるかと問えば、間違いなく俺は無いって言います」

 

「……っ」


 弟子をとる時に言ったけど、やっぱり面と向かって言われると堪えるのか、エルは下唇を噛んだ。


「でも、才能のあるなしは演奏家になれるかなれないかには関係が無いんです」


「ほう?」


「正しい知識と技術があれば、努力で十分やっていける。エルだって、練習すればプロになるような才能とも戦える。自分はそうやってきたから今があるんです」


 俺がそうだった。才能なんてないと分かっていても死に物狂いでピアノを弾いた。

 それでもダメならシンガーソングライターになって、毎日毎日路上やライブハウスで歌った。

 何度もダメ出しをされたし、キツイ言葉だって受けた。時にはライブを妨害する人だっていた。酒が入ってて、なりふり構わず人に殴りかかってくるやつを何度も見かけた。

 それでも、俺は屈することなく努力のお陰で一歩づつ前へ進めていた。


「そうは言っても、成功するかどうかは別の話だろう。それにエルがそこまで続けられるかも分からない」


「そうですね。そこは自分とエルを信じてもらうしかないです。エルを演奏家として食べていけるようにする。それは今からでも約束できます」


 演奏家として食っていくだけなら最悪おっさんの店でっていうのも出来るし、どんな形だろうが約束は果たせる。ここは少し意地汚いかな……?

 まあ、エルの父親はそんなことは気付くわけないだろうし、こういう手札は惜しみなく使おう。

 勿論、俺自身そんな弱腰でピアノを教えてるわけじゃない。エルにはもっとでかい場所でピアノを弾いてもらいたいからな。


「……なら、君はその信頼に足りうる何かを持っているんだね?」


 アウデスブルグさんの目が鋭く光った。

 俺はその眼光に押し負けずに、堂々と言った。


「もちろん」


「どんなものなのか見せられるのか?」


 よし。ここまでいけば一旦は勝利だ。


「今すぐは無理です。ただ、少ししたら国が主催する演奏会が行われます。その演奏会には自分が参加します。そこで、自分の全てを見せます」


「自分の全てねぇ……。君の全てを見ただけで納得できるわけがないだろう」


 まあ、そう上手くはいかないか。でも、まあ、少し条件を付けてくるくらいは予想していた。どれだけの客を認めさせるのかとか、一緒に参加する誰かを認めさせるとか、恐らくそんなところだろうな。


「ならどうすれば納得してくれますか?」


「エルも演奏会に参加させなさい」


「ああ、成程……エルを……分かりました」


 ん? ちょっと待てよ……?


「エルを!?」


 演奏させるの!? マジで!?


「何を驚いているんだい?」


「いや、だってエルをそんなすぐに出すなんて……正気なんですか?」


「至って正気だよ。家出をしている間、別に練習していなかった訳では無いだろう? 今の時点で人前で弾けないようじゃ、君には預けられないね」


「そんな横暴な……」


「横暴も何も、ただエルを守りたいだけだよ。親が子供を守るのの何が横暴なんだい?」


 国が主催の演奏会にエルを参加させるなんて、そんなの無茶にも程がある。

 俺だって偶然参加出来たようなものだ。そんな演奏会にいきなり参加させたりなんかしたら、それこそプレッシャーで心が折れかねない。

 そんなことになってしまえば、音楽の道が絶たれるどころか、人生そのものを苦労するかもしれない。心を閉ざしてしまうかもしれない。


「そうだとしてもですよ。守るって……参加させるだけでもリスクがあるって言うのに」


「リスクとか、そういうのがどうかは知らないが、これはエルが音楽をやる最低限の条件だ。演奏会で二人共に成功する。出来なければそれまでだ。譲歩は出来ない」


 どうする……? 上手い具合に納得させて条件そのものを変えてもらうか? でも、譲歩は出来ないなんて言った人からそんなことって出来るのか?

 エルに音楽を続けさせるにはどうすれば……?

 分からない。頭が段々と真っ白になっていく。何も浮かばない。

 考えろ……考えろ……!!


「――師匠」


「……エル?」


 エルが俺に笑いかけて、俺は我を取り戻した。そして、エルはアウデスブルグさんに向き直って言った。


「私、弾けるもん。どんな場所だったとしても絶対に成功させる。成功させて、パパを認めさせるから」


「……はぁ。全く。パパと呼ぶなと言っただろう」


 ため息と共に、今まで強ばっていたアウデスブルグさんの表情が緩んだ。


「あ……」


「シジョウ君。私は君の演奏を楽しみに待っているよ。エルにこれだけ言わせるなら、君の実力は本物なのだろう。だが、認めたわけじゃない。その実力を見せてくれなければ、エルを任せることは出来ないからな」


「……はい。分かってます」


「さて……ランペード様。この後はその演奏会の話があるんですよね?」


「はい。そうですが」


「時間を取らせてしまい申し訳ありせん。私は直ぐに出ますので。呼んで頂きありがとうございます」


「演奏会を楽しみにしていてください。この2人は、面白い演奏をしますから」


「ええ。是非。楽しみに待っています」


 アウデスブルグさんは、そう言って応接間を後にした。

 なんか、エルとの話をしてる時は怖かったけど、単純にエルのことを真剣に考えていただけで、本当はいい人なんだろうな。

 なんにしても、演奏会は絶対に成功ないとな。

 結果次第では自分の命さえもどうなるか分からないからな。

 やべ、なんか胃が痛くなってきた。

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