第16話

 エルの練習を見ている間、俺は考えていることが一つある。

 弟子を取ったのはいいけど、もしかしたらここでエルとの縁を切るチャンスなんじゃないか? なんて思ったりした。

 正直言って、元の世界へ戻るのにエルは邪魔な存在でしかない。

 だが別に、エルのことを恨んでいるわけじゃない。寧ろエルは俺にとって大事な存在だ。

 単純に、今の目的にそぐわないだけで。

 さっきの王族と言っていた男には、事情があってエルの親を呼んで欲しいと頼んだ。このままなあなあで行くことが1番危ない。だから、しっかりケリをつけるために俺は決断した。

 でも、その後で俺が何をしたいのかは言っていない。

 エルか元の世界へ帰る手段を探すのか、最後の最後でどちらか選べなかったんだ。

 これは、エルと音楽の道へ飛び込むチャンスでもあり、同時に俺が悪者にならずに弟子を手放すチャンスでもある。

 だから、ランペードさんにはどちらとも取れるように伝えておいた。


「おっさん」


「なんだ?」


「ちょっと、話したいことがあるんですけど」


「話?」

 

 エルはピアノに集中しており、俺たちの会話は聞こえていない。今なら何を話したとしても問題ない。

 だから、おっさんに話を切り出すには今しかない。


「エルの話なんだけど、さっき教会でエセ教祖に話聞いてさ。エルが家出してるって」


「そうか……まあ、そうなんだろうな」


 そうなんだろうなって、なんでそんな適当に言えるんだよ。


「……おっさん。大人としてどうなんですか? あんな子供の言葉を鵜呑みにして俺に預けるとか、そんなのないでしょ。一体なんのつもりなんすか」


 最初から知ってたような口振りに、思わず嫌気が差した。


「俺の事をどう思ってたかは知らんが、俺は大人としては最悪だって自覚はあるな。じゃなきゃ売れない店なんて作らなかったわけだ。お前、俺が家出って知ってて何の為にこんなことしたか、気になってるんだろ?」


「まあ、そうですね」


 おっさんは、キセルを吸った。俺とは違ってリラックスして話しているみたいで、その態度を見ていると子供扱いされているようでイライラした。


「お前はさ。本当に元の世界に戻るつもりなのか?」


「……当たり前じゃないですか。こんなところ、早く抜け出して戻りたいです」


 1番分かりきっている質問だ。そんなの、今の今まで答えに迷ったことなんて1度もなかった。聞かずとも分かるだろ。


「そうだよな。でも、俺は1度だけ考えて欲しかったんだ。ここは夢でも幻でもなくて、ただ1つの現実だってことをな。願いとか、過去の後悔とか、そういうのがあったとしても、結局1番楽しめるのは今ここにある現実しかないんだよ。お前も、弟子を取って少しは考えが変わってきたんじゃないか?」


「今でも考えは変わりませんよ。早く帰るだけっすから。それ以外に何があるんですか?」


「でも、大切なものは増えただろ?」


 大切なもの……と言っていいのかは分からないが、エルのことを俺は大事に思っている。

 でも俺は、帰りたいんだよ。そして、元の世界でもう一度音楽がしたい。


「まあ、そう……だな」


 おっさんの言葉に納得できているわけではない。でも、そうやって頷くしか無かった、


「折角出来た縁なんだ。気なんて抜かないで

全力出してこの世界を生きてもいいんじゃないか? 帰る手段を探すのはそれが出来てからだろ。この世界に来たのが俺たちだったってことも、何か理由があるはずだしな」


 なんだよ理由って。ただ偶然俺が巻き込まれて異世界に来ただけだろ。だって、俺にはユーリみたいな冒険者としてやってく才能も、エセ教祖みたいに人を助けようとする慈悲の心もない。

 根本的にここで生きる力がない。ただ周りに助けられただけ。そんな俺が、ここに来た理由なんてあるわけが無い。


「なんですそれ、意味わかんないんですけど」


「自分の持っている時間をもっと大切に使えってことだ。それに、元の世界に帰る為に何か考えるのは良いが、1人だけじゃ何も出来ないからな。貴族との繋がりが出来れば、後々役に立つかもしれないだろ?」


「まあ、それはそうですけど」


「ま、こうなったら今更だろ? お前なりにやってみろ。人生は勢いだからな。それで、何か一つ上手く行けば他の事も上手く行き始める」


「そんなもんなんですかね。ガキなんで分からないですけど」


「あまりカッカすんなよ。そんなもんなんだよ。だから、あいつとちゃんと向き合ってみろ。そうすれば、道が開けるはずだ」


 なんか、宗教臭い言い回しで嫌だな……。

 でもまあそうだよな。勝手にこんなことされたのは気が食わないけど、なんだかんだチャンスではあるしな。同時にピンチでもあるけど、少しは納得できた気がする。

 

 ――ちゃんと正面から向き合ってみるか。


「エル」

 

「はい。なんでしょう師匠」


 ちょっと韻踏んでていいねそれ。


「家帰ったら話したいことがあるんだ。良いか?」


「話したいこと……ですか? あわわ……」


「うん? どうした?」


 エルの様子がおかしい。急にアワアワとしだして顔を赤くした。

 俺、またなんかやっちゃいましたか()


「師匠! 私はその、まだそういう歳ではないっていうか……うーん、でも婚約するにしたら意外とこのくらい……? あ、その……」


 は? なんだよそれ!!


「ち……違ぇよ! 何言っとんじゃお前は! そんなわけあるか、ロリごときがクソ野郎!!」


「酷い!! なんですかその言い方は! 師匠だってまだ子供じゃないですか! それに野郎じゃないです!」


 そんなこと言われるとは思わなかったのき、エルは驚愕な顔をして、それから涙目になった。

 普通ならちょっとからかって終わり。だが、おっさんとのやり取りでストレスが溜まっていた俺は止まらなかった。


「( ゚∀ ゚)ハッ! 舐めやがって。こっちはお前より全然歳上なんだよ。ちっこいくせしてよく言うなぁ……」


「い、言いましたね……!? これでもちょっと気にしてるんですよ。手も小さいからオクターブが難しいし!」


「言い訳するなよ? ピアノに手の大きさは関係ねぇんだよ! 言い訳する暇があるならさっさと練習しろ! エル下手だ。下手っぴさ。ピアノの弾き方がまるでなってない」


「それは師匠のせいですよねっ!!」


「ほーん。そうなんや。知らんけど、練習やろうね?」


「むぅぅぅぅ!! ふんっ。分かりましたよ。分かってるんですよ。言われなくてもやりますよーだっ!」


 俺の事を突っぱねて、エルはまたピアノを弾き始めた。その音は所々トゲトゲして、俺に向けて全力で音をぶつけてきている。

 師匠相手になかなか挑戦的な演奏だ。

 つまり、これが反抗期か……絶対違うな。

 それにしてもなんだろう。結構この師弟関係は、歳が近いせいなのかかなりふわふわしててグダっている。特にこんなレベルの低い喧嘩とかありえないだろ。

 もちろんピアノを教える時は俺の立場は上だ。それは、まあ当たり前なんだけど。

 でも、プライベートは基本敬語は使ってくれるものの、立場は対等。エルが俺の事を気を使うことは無いし、逆に俺もエルに対して何かさせることもない。

 その曖昧な関係が、なんだか居心地がいいのは確かだ。

 ここに来たことに理由を見出すとか、何がチャンスでどう掴んでいくべきなのかとか、そういうのは俺じゃ全然分からない。

 でも、少なくともこの関係を続けていくことが、俺にとって最善なんではないかと、ガキの直感ながらそう感じた。


「エル。パシられる気は無いか?」


「怒りますよ?」


 最初から怒ってるだろ。


「ごめん」


 いや、寧ろこれは俺が尻に敷かれてるのか? それは嫌だな。

 まあだからこそ、そろそろ俺も師匠っぽいことをしても良いよな?


 



 

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