第14話 揺らぎと多様性

 俺は暗い路地裏を剣を抜き早足で進む。


 もうすぐに繁華街エリアに入る。

 足音を消す為に、歩きにかえる。


 俺は、町の一番外側の道を歩いていた、左側は高い防壁そびえ立つ……その向こう側は町外だ。


 しばらくして、広い道が目の前に……遮蔽物が途切れる…右側、建物の影に隠れる……広い道の中央に同胞を見つける。


 多分ロイズだ……片膝をついて跪いている……頭を上げて出入口を見ている……月明かりでシルエットが浮かび上がる……影は動かない。


 ……おかしい……

 ……あの様に容易く発見される場所に……


 緊張が走る……鳥肌が立つ……


 ……判った事が一つ……しかしそれは今は考えない……後回し。


 道を挟んだ反対側の建物の影にライを見付けたからだ。


 建物から僅かにライの首が出ている……『それは悪し……』師匠の台詞を思い出す……

 俺は彼等とはあまり面識が無かった……

 峡谷時にも直接話してはいないが、暗殺者としては甘い……甘過ぎた……

 剣匠の全てが隠密や暗殺に長じている訳では無い。彼等は戦闘上手なのかも知れないが、隠密や暗殺は不得手の様だ。


 俺は、手信号で『罠』とサインするが、ライは暗がりに居る俺の手信号に気が付かない。

 不注意だ……物陰から出てはいけない。

 ライは敵の存在に気が付いている……

 しかし彼は出てしまう……敵と相対しても自分なら何とか出来るという慢心……


 ロイズを確認しようと月明かりの下へ……


 唐突に、投げナイフ1本がライの喉元に深々と突き刺さる……

「ヒュー……ゴボ……ゴボッ……」僅かな空気の漏れる音……助けを呼ぼうと叫んでいるのだろうが……それは夜風に紛れ……微かに聞き取れるだけ。


 恐ろしく正確な投擲術……峡谷の時の様な、鼻唄混じりの対応は出来ない。


 腰の剣を掴んだ体勢のままライは顔面から地面に突っ伏す……鼻梁をへし折る勢いで……しかし、もう彼は痛みを感じていない様だった。


 ……敵の戦力を把握しないままに、戦いに打って出る……

 結果、想定外の実力差で自身が何者に殺されたかも理解できぬまま死ぬ……


 俺は彼の死を無駄にはしない。

 ナイフの投擲方向から、敵の位置を特定できた。

 高低は水平方向だから、ほぼ同じ高さから投擲している。

 方向は彼の首左側に刺さっている……つまり町の中央へ向かうこの広い道の遮蔽物に隠れて、投げられた。

 だが、位置をおおよそ掴んだのは1名だけだ、絶対に他にも数名潜んでいる……


 上から、僅かな「カタリッ」と音……

 俺は横方向に前転……


 転がりながら、自分が立っていた場所を見る……地面にナイフが突き刺さっている……ほぼ90度に近い角度……屋根上に人影を確認……投擲者はコイツ……ナイフの刺さった角度と人影が一直線上……一致する……前転しながら索敵を完了する……投げナイフで応戦してもいいが今は止める。


 ヤツは降りない……降りれば不利だ……飛び降りる際は自身を制御出来ない、物理法則に従って落ちるだけ……下で俺が待ち構えているこんな場所で降りる筈がない。


 そんな俺の思いと同じく、ヤツは建物の屋根を俺とは反対に歩き……俺の視界から去ろうとする。


 漆黒の衣装、シルエットから鎧の類いは身に付けていない……着けていても胴鎧程度……軽量……隠密にはその方が良い。


 その影の頭が微かに動く……

『……まぁ、その位は躱して当たり前だろ……』屋根の人影はそう言っている。


 俺はソイツを半分無視して周囲を観察する。


 屋根上のアイツはもう見えない。


 ロイズ・ライ班は二人とも死んだ……ロイズは殺されてオトリとなった。(確認はしていないが、恐らく死んでいる……生かしておく意味が無い……なら殺しているだろう)合理的帰結。


 怖いのは、あの短時間でそこまで仕込んだ事だ。


 慣れている……ここに来たこの50名は暗殺専門だ……それも集団で統率が取れた暗殺集団。


 単独の暗殺者は多い……師匠の様に……それは隠密活動という特性上、索敵される可能性を下げようとすれば自ずと単独~少数行動に成るからだ。


 それを複数で動くなど……それこそ50名で隠密など、見つかる可能性を引き上げるだけの馬鹿げた行為だが……それでも遅滞なく無音で行動できる50名……


 同じ教育を長期間受けた集団……

 とても純粋な暗殺部隊……


 俺が思う集団はそれ……

 我等が勝つ為に付け入る先は、その『純粋さ』だ……『純粋さ』……


 ヴィンスが本隊に戻った意味……

 海から上陸しただろう敵の半数相手に苦戦する事が目に見える。


 職業軍人は生き残れないかも知れない。

 そしてカシム達、トスカ重鎮を守護する為に配置された4人は、実は未成年者達だった……

 ローレン大将は、まだ若き剣匠達を前線ではなく重鎮守護の後衛に配置したのだ。

 しかしこれは裏目に出た……

 俺達熟練者と若者の間には、統率が取れた暗殺集団がおり、若者の居る港へは敵を越えねばならない。そしておそらく、若者はこれから、海から上陸した暗殺集団に……


 ……挟み撃ちを狙った我等が挟み撃ちにされた。


 俺は周囲を観察しながら生き残る為に相手の事を考えた。


 剣を収める……腰から外し、肩に斜め掛けする。


 そうそう剣が抜けなくなった。

 構わない、俺は長い剣を使う事を諦めた。


 代わりに腰後ろ、ベルトと同じ水平に仕込んだ刃渡り20センチの小刀を抜く。


 グリップ部分に一ヶ所リング状の金属の環が付いている……


 グリップを握る……小指をそのリングに差し込む。


 小指を支点に小刀をクルッと回す。前腕の後ろに小刀が隠れる。


 俺は念の為にブーツに消音効果の付与魔法を掛けているんだが、これが効を奏した。


 鎧までは、軽量化と材質強化を重視したいので消音効果までは掛けれない……


 せめてと思いブーツに掛けたんだが、十分に消音してくれていた。


 地面に刺さったナイフを抜く……なんの文字も書かれていない……形状も普通……出所を特定しにくい。


 ナイフを小刀のケースに仕舞う……少しブカブカだが良いだろう。


 敵は俺を殺しに掛かって来る筈だ。

 あのまま俺を生かしておく訳がない。


 ……俺を観ているんだろう……

 ……隙を探しているんだろう……


 俺は動きながら敵の位置を探る……やつらは港へ向かう……俺も港へ向かう……だから必ず敵軍と会う……


 小刀を隠したまま正面出入口に戻る路地裏を歩く……

 敢えて道の中央を歩く……耳で索敵する。


 ……感じる……動きを……


 1. 後方屋根上に音……俺との距離は離れて行く。

 2. 俺と水平、6時方向に音……10m程度離れて一定距離を保つ。


 動体は二つ……2.が俺を追って来ている。


 道は防壁に沿って左側に緩やかに曲がっている。

 もうしばらくしたら正門前まで着く。


 時間が無い、仕掛ける……正門手前の比較的幅の広い路地に入る


 幅約2m…


 石造りの強固な壁を持つ両側の店舗に挟まれた道。

 大通りまで15m有るか無しの道……

 左の建物に路地を入って直ぐに2階のベランダが見える……


 敵は暗殺、隠密、に特化している……

 先程の正門を通過する敵を観察した際から判っていたことだが、敵は大砲や炸裂弾の様な大型の武器は携帯していない……剣、小刀、弓etcそんなところ……


 俺がここを選んだのは、この両側に在る強固な石壁を防壁として使う為……攻撃の射線を制限する。


 おそらく敵は、1名……

 俺に構うより、本来の目的である『港を占拠したい』……

 敵の思惑はそんな感じか……

 だから俺の付近の動体の2体の内の1体、つまり俺にナイフを投げた敵は俺を放置して港に向かった……つまり屋根のアイツはナイフの攻撃で俺の技量を判断して、俺の処理を、今俺を尾行する1体に任せた事になる。


『技量を迂闊に見せない事も技量だよ』俺は思う……

 だからあの時俺は攻撃しなかった……

 あの時、屋根の人間以外に数名の動体が俺を観ていた……俺の底を複数の敵に見せる訳にはいかなかった。


 だからこそ、今、敵は1名で俺を排除できると計算した。それは相手のミスだ……


 俺はそんな事を思いながら、立ち止まり、振り返り……敵の来る方向を観ながら……壁にへばり着く……小指には小刀……


 ……

 ……敵の足音……

 消音してはいるが、俺には微かに聴こえる。


 ……足音が消える……

 ……止まった……

 ……壁から路地を覗こうとしている……

 ……敵の顔右側が微かに見える……

 ……その顔が路地を索敵しようと、ほんの少し壁から出る……



 ……敵の右目に銀色の光が立つ……

 ……柔らかい眼球は、刃を容易に受け入れ、根本まで顔に埋まる……プディングの如く……刃が脳にまで到達したのが判る……


 ……俺は壁にへばり着いていた……

 いや正しくは……ぶら下がっていた……

 ベランダの床を掴んで……地面から水平2.5m程度の高さに……

 どうやって?地面と水平に?……

 俺の踵はベランダの床に引っ掛かっている、それで、身体を水平に保つ……

 敵には一瞬誰もいない路地が見えた筈……

 そしてナイフは右目に滑り込む。


 敵は一言も発する事なく、絶命した。


 俺の握力というか、握ったまま保持する力は、相当鍛えてある……鍛錬時は鉄片を括りつけた木刀を使用している……おそらく今帯刀している長剣の2倍の重さは有るだろう。


 また、崖を登る鍛練もしていた……

 指先が強い事は、様々に役に立つからだ……

 抜き手で相手の急所を突く……

 喉を握り潰す……

 皮膚を抓る(つねる)……

 どれも有効だ……最後は冗談みたいだが、万力で皮膚を挟まれたなら、痛みで攻撃などしていられないだろう……俺の握る力はそれと同等だった……


 ……そんな鍛練もあり、俺の指の力は自身を支えるのに十分な力があった。数センチの突起に全体重+装備品の重さを足した重さでも、まだ余裕が在る……足で体重を逃がせるなら尚の事、数分間ぶら下がっておく事など造作も無かった。


 俺はまるで、石壁の一部の如く、薄暗いバルコニーの下に潜んだのだ……

 敵からすれば鎧を着込んだ大男が地面から2.5mの壁面に何の踏み台もなくへばり付いているなど想像の外だった……

 だから彼は自身の目線、水平方向に索敵を行い……

 上を観るのは後回しにした……

 まぁ、本来の索敵の順番としては正しいのだが……


 ……


 死体に成った敵が力を無くし、小刀が抜けそうになる……


 俺は踵をバルコニーから外し、指も放す……音も立てずに着地する……敵を地面に落とさぬ様小刀を敵の眼窩の骨に引っ掛け……音を立てぬ様に保持する。


 ……そしてゆっくり音も立てずに死体を薄暗い路地に隠して小刀を抜く。


 ……俺を殺す為の敵は排除した。


 ……俺は静かに路地を進む……


 ……今度は俺が敵を挟撃する……


 奴等は知らぬ……

 我等はバラバラの個性の持ち主なのだ……

 皆がロイズ・ライ班の様な暗殺に疎い者だけではない……

 尋常ならざぬ暗殺術を持つ物も居る……

 多分ヴィンスは俺と同じこっち側の人間だ……

 そこが我等の付け入る隙……

 奴等は我等の実力を偶々殺したロイズ・ライ班を基準に考えるだろう……


『それは悪し……』俺は思う。


 我等は、奴等の様に『純粋』では無い……


 我等は、個々バラバラの集団……


 奴等からすれば集団とも言えぬ……


 各自の技能も身体能力もバラバラの測定不能の集団……


 迂闊に進めば、手痛いしっぺ返しを喰らうぞ……


 俺は、心の底に微かな炎を感じる……


 自身の鍛えに鍛えた、技能を発揮する『時』が来た……


 不遜だが、心が滾る……

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