第8話 配属
家に入るや否や、師匠が無言で封筒を突き出した。
『あぁ……来たか……』召集だ。割りと早かった。
配属先が決まったのだ。
無言で封筒を受けとる。
ゼオが興味津々なのを隠して、俺を見ている。
弟を見ながら、俺は、
「お前は何処……」と訊く。
「親衛隊……」ゼオは何故か不満げな様子を隠さない。
「良いじゃないか!!!戦線に行かなくて済む」俺は一安心……
「僕は……」ゼオは口ごもる。
判る....俺と共に戦線に行きたいのだ。
しかし親衛隊は、王の居城を守り、余程でない限り戦に出ることは無い兵士……
本人は嫌でも兄貴としては安全な配属で嬉しい。
俺は自分宛の封筒を破く、中に赤く縁取られた1枚の紙……
『7月末日をもって、南部陸軍2番隊への配属を命ず 駐屯地・港町トスカ』
とゴム印で押されてあった。7月末日……3日後か……早いな、だがそれで良い。
明日から準備をしよう。
武器と防具の整備をしていれば時間は直ぐに過ぎる。
「何処だ???」師匠は尋ねる。
「トスカ」返答。
「国境の港町……市街戦……民間人……遮蔽物……近距離戦闘……夜戦……そんな所か?」師匠の寸評。
「最悪……」そして師匠の結論。
ゼオは眉間にシワを刻んで無表情……
俺は初めての町だ。行く前から「最悪」と言われては堪ったものではない。
「そんなに酷い町か???」俺は聞き返す……ゼオは無言で聞き耳を立てる。
「ガゼイラに最も近い場所にある港町だ。昔ながらの港町、建物で日中も薄暗く、道は狭く、路地が無数に走る……」と師匠。
「なら、俺にお誂え向きじゃないか」近距離戦闘なら剣匠の俺達にピッタリだ。
ゼオもほんの少し表情が明るくなる。
「まぁ、あくまでもワシらには向いている戦場だがな……だが、油断するなよ……」何となく引っ掛かる物言いの師匠だが、気にしても仕方ないと覚悟する。
「判ってるよ……」俺は頷く。
「しかしガゼイラは何故?そこに……」俺は訊く。
「お前は歴史を勉強していないからそんな質問をするのだ……」師匠は苦い顔。
「それはすみません……」俺は半笑い。
「未だ港を持たないガゼイラからすれば貿易の拠点として奪取したい町なのだ……出来れば無傷でな……」
……俺は少し考え……答える。
「いや、師匠……港はあるだろ……希少金属を大陸に輸出していたんだから、人間達が亜人種を奴隷にして掘り出したんだろ」俺は反論する。
「まぁ不平等な港はあるわな」ボソリと師匠は言う。
「不平等な港……」俺はおうむ返し。
「そうだ、あのホゼ港は大陸の元コルン……現フォーセリアとの専用港、船舶もフォーセリアからしか来港せん」師匠の答え。
「だけど、ただの港だろ……その港使って対等に他国と貿易したら良いじゃないか???」俺は突っ込む。
「まぁ、よく考えろ、ガゼイラが貿易したい国は何処だ……」師匠は呆れ顔でそう言いうと、結論を言わずに話題を変えた。
「まぁ、理由はともあれ、トスカからの航路なら、現代の付与魔法付の大型船ならフォーセリアとタナトのいずれでも丸1日有れば相手の港まで到着できるだろう、定期便として航行する事も出来る……貿易には最適」師匠は頷く。
「そうだろうな、最新型の魔法付与船なら、風向きにも寄るが6時間も有れば着港出来るな……」俺は補足。
「今はそんな時間なのか!!!よく知っているな」師匠は感心する。
「あぁ、『摩擦抵抗減』の付与魔法で更に航行スピードが上がったんだ……」俺は聞き齧った情報を自分の知識の様に言う。
「あの優しそうなネクロマンサーから勉強したんだ」
ゼオが、俺の鼻高々の気分をぶち壊す。
「なんだよ、バラすなよ」俺はゼオに苦情、しかしその通りだ。
「……そうか、そのネクロマンサーとやらの受け売りか……」師匠は『やっぱりな』という顔を浮かべて、呆れたのか台所に向かって歩いていった。
俺は魔法については門外漢だが、一通りの知識は魔法使いのレイモンドというお節介で骨と皮だけの友人から学習していた。
「ゼオ、レイモンドはネクロマンサーじゃない、見た目は骸骨みたいだけどな……本人は気にしてるんだ、それに彼はああ見えて甲種魔法使いだぞ」俺はゼオを窘める。
「そうなのか、あの人相当賢いんだ」ゼオは頷く。
「あぁ、レイモンドは学院でもかなりの学歴の持ち主らしい」俺は補足する。
レイモンド曰く、現代の魔法付与の進化は凄まじく、昔の魔法付与無しの船なら、同様の航路を丸2日掛けて航海していたらしい、それが今や、6時間程度で辿り着く。
朝注文すれば、夕方には届くという寸法だ。
貿易や商売においてこれがどれ程優位に働くかは言わずもがなだ。
本当に魔法は俺達の日常生活・非日常生活を一変させた。
しかしレイモンド曰く、現代の魔法というものは、大変便利な技術に見えるが……実際はそんな都合の良いモノでは無いらしい。
先ず、まるで無から有を生じる様な火球・落雷魔法等は、詠唱に伴う負担が大きく、術者の精神力を大幅に削る。
或いは熟練者でない未熟者が詠唱すれば途中で失神してしまう。
また、火球魔法を例にとれば、最低限の火種や、火力を増す為の酸素など、本来燃焼に必要な材料が要る。
つまり、水中で火球魔法は詠唱出来ない、というか、詠唱しても実体化しない……精神力の無駄遣い……当たり前だ……
しかしその前提を半ば覆したのがユーライ帝だった。
ヤツは、土砂降りの豪雨の最中、ろくな火種も無しに火球魔法を連発したとされていた。
レイモンド曰く『眉唾物の情報』と前提した上で、『もうしかしたらユーライならやりかねん、真の話かも……』と付け加えた。
ユーライは同業者から観ても頭抜けた才を持つ魔法使いという事が、レイモンドの言葉端から伺える。
そしてレイモンドは俺に現代の魔法の体系を判りやすく教えてくれた。
先ずは魔法には二種類ある、
①は詠唱してその場で発動するタイプ、これはその場での術者の精神力を削る。
②は今まで散々出てきた、付与魔法だ。
希少金属を触媒として魔法を封じ込め、適時解放し効力を発揮する。
故に、封じ込め時に①より精神力を削るが発動時は設定された動作を行えば精神力の消費無しに効果を発揮する。希少金属の指輪やネックレスといった気軽な装飾品に付与しておけば、いざという時に精神的の消費無しに鎮痛魔法や煙幕魔法を放つ事が出来る、敢えて、パッとしない鎮痛・煙幕魔法と言ったのには訳がある。
実は、魔法の種類にはエイシェントとモダンがある。
▪️エイシェントとは古代魔法の体系であり、効果が大きく、精神的負担が大きい魔法。魔法付与は不可能。
▪️モダンとは近代魔法の体系であり、効果が小さく、精神的負担が少ない魔法。魔法付与が可能。
火球・落雷魔法等の魔法はエイシェントに類する。
そしてエイシェントは未だ希少金属に付与する技術が発見されていない。
あくまでモダンしか希少金属に閉じ込める事は出来ないのだ。
だからエイシェントの火球魔法を10個指輪に付与して指に嵌めておけば、戦場で精神力の削減無しに10個発動……
これなら『無敵』と言いたい所だが、現実はそうは上手くはいかない。
そして魔法の体系が2つに別れている関係上、
魔法使いにも種類があり、甲種・乙種・丙種 の三種類に分類される。各種が使える魔法は以下の通り……
▪️甲種:エイシェントとモダン(付与魔法)両方
▪️乙種:エイシェントのみ
▪️丙種:モダン(付与魔法)のみ
以上の区分けと成る。つまり付与魔法は甲種・丙種が使用できる魔法となる。
話は戻るのだが、②の魔法の封じ込めに利用される希少金属の採掘量が最も多いのがガゼイラだった。
元々の②の付与魔法は希少金属が見つかる迄は、流行りでは無かった。
何故なら、封じ込めた魔法が時間と共に流出し、直ぐに効果を発揮しなく成る為だ。
1日経たずに効果が無くなる。それでは使い物に成らなかった……
それがこの金属を見つけてからは、ほぼ15年~25年位持つ様になった。
それなりの代金を支払っても見合う様になった。
希少金属は魔法との親和性が高く、封じ込めた魔法はほぼ流出しない。
そして、希少金属の発見と共に古代遺跡より見つかった古代高等魔法の学術書により、新しい付与魔法の体系が見つかる。
それは、継続的に効果を発揮する付与魔法だった。
希少金属に封じ込めた魔法から継続的に付与効果を与え続ける....
つまりは剣匠の剣に嵌められた
『切れ味維持』
『材質強化』
や、
盗賊の鎧に付与された
『消音効果』
『軽量化』
『光沢抑制』
そういった、常時24時間効果を継続する魔法。
当然ながら、継続的な効果が有る代わりに、画期的な!!!例えば、剣から落雷魔法が射てる等という様な事には成らない。先程と同様、モダンしか付与出来ない。
あくまでも、上記で書いたような細やかな効果だ。
しかし、それでも戦場下では絶大な効果を発揮した。
それは俺達剣匠の剣を刃こぼれや、血油による切れ味の悪化から救ってくれた。
昔、付与魔法が無い時代は、戦場に赴く際剣匠は剣を3振りは持っていたらしい、そして切れ病んだ剣は捨て置き次の剣を使う……そんな感じで戦を凌いだ。
今は折れない限り、1振り有れば十分だった。
恐ろしい軽量化……更に鎧も軽量化……etc
剣匠の疲労、歩行速度、武装の維持管理の時間、全てが削減された。
故に現在、剣匠は皆自分だけの武器を持つ……使い捨てで無くなった事で、各自の戦闘スタイルに特化した武器を使い続け、そして深化させる。付与する魔法も自身の体格・筋力を考慮して付与魔法を選択する。鎧も同様だ……『材質強化』に全てを捧げる剣匠もいれば、師匠の様に暗殺を生業とする場合は、『消音効果』と『軽量化』を半々で付与している剣匠もいる。
因みに俺も、一般的な剣匠と同様に、ほぼ『切れ味維持』『材質強化』だ。
ただ、1式、異なる魔法を付与している……少し変わった付与魔法。細やかな効果……
棚に掛けた俺の剣を観る……
俺の手の延長線……
剣先迄が俺の身体……
剣の痛みが俺に伝わる程、馴染んだ剣……
「ヤーン、ゼオ……晩飯だ」と師匠の声で我に返る。そうか今日の飯当番は師匠だった……
師匠が晩飯のパンを三等分する。
中央にサラダボウルに容れたレタスとベーコン、半熟玉子を落としたサラダがあり、たっぷりとオリーブオイルが垂らされている。
こいつはゴンゾ爺さんの惣菜だろう、料理が面倒臭いから師匠が買ってきたのだ。
「頂きます」と三人三様に言い……
各自がナイフとフォークで取り分け食べ始める。
俺達、剣匠は食事前に祈らない。
剣匠の神ハギはそんな事は望まない。
ハギは祈りを必要としない珍しい神……
戦いに勝つ事……
それだけがハギへの貢献……
無心に食べる三人。
早々に食事が終わり……ゼオが皿を洗う。
今日の皿洗いはゼオの番だ。
俺は、自室に戻り、上着を脱ぐ。
胸ポケットのユナの人形を机に座らせる。
ゼオの分も横に並べて『あぁ、ゼオに人形を渡さないと』と思い出す。
そして水浴びまでの時間で出征の準備を始める。
鎧の整備を行う、前回の戦闘での破損箇所を確認する。
傷は敵の武器を受け流した手甲部分だけだと思うが……
剣匠は相手の武器を受け止める事がほぼ無い。
全体を確認する。
やはり、受け流した擦り傷程度で、破損や歪みは無かった。
今度は武器の状態を確認する。
予備武器を机に並べる。
ナイフ、ダガー、棒手裏剣、etc
長剣はベッドに置いた。
刃こぼれや欠け、握りの損傷や緩みが無いか確認する。完璧だった……いや微少……弛み……気にならないか……
しかし一応武器も防具も明日行きつけの武器屋で観てもらおう……
付与魔法は、2年前に付与して貰ったばかりだから、まだまだ効果の劣化は先だろう。
一段落ついた。まだまだ暑い7月、水浴びをしてタオルで身体を拭こう……次いでにゼオにあげる人形を持って隣のゼオの部屋に向かう……ノックする。
「はい……」ゼオの返事
「ゼオ、ユナからの身代わり人形だ」俺は扉を開けて人形をゼオに手渡す。
……
……ゼオの机に山盛りの人形が住んでいた。
……
「お前、どんだけ人形を有るんだよ……」呆れた。
「って言うか、お前は親衛隊だろう、人形要らねえだろうが……」ゼオが悪くないのに、俺は思わずキレてしまった。
「王城に向かう途中と、今日兄貴と別れてから、道端で手渡されたんだよ」ゼオはうんざりしている。
ゼオの机の上には20個以上の様々な人形が置かれていた、中には宝石らしき装身具を身に纏った人形もある。
ユナの質素な人形とは雲泥の差……
「兄貴、ユナ姉の人形が一番良いや……」ゼオはユナを模したひょろりとした質素な人形を両手で持ち、机の上、ゼオの目の前に置いた。頭を撫でる……
「城に持って行くよ」
「そうしてあげてくれ、ユナも喜ぶ」俺は笑う。
「兄貴、ユナ姉とうまくいった???」とゼオ…
「あぁ、結婚してくれるそうだ……」と俺……
「良かった!!!兄貴、あんな好い人はそう居ないだろ……」ゼオはユナの人形を両手で包み喜ぶ。
「そうだ、あんな好い女はそうそう居ない……まぁ、水浴びしてくる」俺はゼオにそう言うと、タオルを肩に掛けて水桶に向かった。
火照った身体に水が身持ち良い。
身体に付いた汗を水で洗い流し、タオルで身体を拭いた。
自室に戻る、椅子に座り思い出す。
優しい、優しいユナの事……
あいつを、犠牲には出来ない。
ベッドに横たわり、ユナの笑顔を浮かべる。
大きな黒い瞳、
すらりとした身体、
少し低いアルトな声、
そして、
生きて帰るか分からぬ俺に、
自身の人生を賭けて、
共に生きようと言ってくれる、
強き心の持ち主。
ユナの横顔、美しい顎のライン、
俺が横並びで彼女歩く時、密かにいつも観ている。
そんな事を反芻している内に、いつの間にか俺は眠りに落ちた。
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