第3話 施設の中で

 この村には身寄りのない子供が集まる施設がある。ニャオもその施設で育った子供たちの一人であり、今は施設の手伝いをしている。

 村の近くには森があり、土地が広い。

 子供たちが伸び伸びと遊べる環境が整っていた。


 かつて結花千は森を整えツリーハウスを作った。今ではウッドハウスも建っている。

 村の中でも一際大きなウッドハウスが、多くの子供たちを引き取っている施設だった。


 二十代に思える女性が、四〇人近い子供たちの面倒を見ている施設長だ。結花千が初めて彼女に会った時、抱いた印象は、小学校の先生みたい、だった。


 そんな彼女とニャオは今、洗濯ものを干していた。木と木の間にロープを張って、子供服を引っかけていく。言葉を交わさなくともいつもしている作業なので、阿吽の呼吸で積まれていた洗濯ものが減っていく。

 すると今日は珍しく、作業中に会話が生まれた。


「ゆかちゃんはみんなと遊んでくれているの?」

「ゆかちゃんじゃなくて、神様だよ」


 様式美となっているやり取りだった。彼女はいつものようにこう返す。


「だって、ゆかちゃんからの申し出なんだもん」


 ニャオもそれは知っている。結花千を慕うあまり思わず訂正してしまうのだ。


「鬼ごっこしてると思うけど……神様、ムキになって地形を変えてなきゃいいけど……」


 神の力を簡単に使ってしまう結花千の性格を知っているニャオは、少し心配だった。

 子供相手にムキになるとは……思えてしまうのだから困ったものだった。


「ニャオは、変わったよね」


 洗濯ものを全て干してから彼女が言った。遠くを見るような目で昔を懐かしんでいる。


「そう、かな……?」

「うん。だってここに初めて来た時、神様神様ーって、ずっとゆかちゃんの事を探してたんだから。誰とも仲良くしようとしないのに、ゆかちゃんが来れば色々な表情を見せてくれるもの。あの時はゆかちゃんに嫉妬したなあ……」


 彼女がニャオを引き取った際に、全ての事の顛末は結花千から聞いている。

 海賊に捕らわれていたところを、結花千に助けられたのだ。


 それ以来、ニャオは結花千を慕うようになった。生まれて初めて見た相手を親だと判断する雛鳥のように。

 昔は母親の後ろをついて回ってばかりいたニャオが、今では子供たちをまとめ、施設長の手伝いができるようにまで成長した。

 成長は一つ。結花千が傍にいなくても、ニャオは一人で行動できるようになっていた。


「成長もするよ。神様の重荷を少しでも軽くしてあげたいからね」

「重荷?」


「神様は責任を感じてる。私たちみたいな親のいない子供たちがいるのは自分のせいだって。神様はなんでもできるけど、万能じゃないから。手が届かなくても仕方のない事だって思うけど……、神様が背負っているものを私も一緒に背負う事で、軽くしてあげたいって思ったの。恩返し、じゃないよ? 私が、神様の役に立ちたかったから」


「…………」


 体が大きくなってもまだまだ子供だと思っていたニャオの本心を聞いて、彼女は思わず沈黙してしまう。成長したとは思っていたが、予想以上だった。


「手がかかったのになんにもできなかった、って思っていたら、知らぬ間にこんなにもたくましくなっていたなんてね……やっぱりゆかちゃんには敵わないなあ」

「気を落とさないでよ。神様とは向き合ったけど、背中を見たのは先生だから」


 そんな風に慰められたら、自分の手はもう届かない。

 嬉しくも寂しい気持ちを抱きながら、彼女は一人の子の卒業を改めて実感する。


「助かったわ、ありがとう。もういいわよ。ニャオも遊びたいでしょ?」

「もうっ。子供扱いしないでよ!」


 鬼ごっこをしている小さな子供たちと同列に扱われている、とニャオは勘違いした。

 彼女が言いたかったのは、結花千と、である。


「ここの子は可愛い子ばかりだから、ゆかちゃんもすぐに乗り換えちゃうかもねえ」

「そ、そんな事は、ない……とは、思う……けど」


 段々と萎んでいく声に、彼女は、あれ? と思う。

 ニャオの被害妄想だとは思うが、意外と結花千は浮気性なのかもしれない。

 結花千のあらゆる面を知っているニャオがこの反応だという事は、信憑性は高そうだ。


「す、すぐに行かなきゃ!」

「あ、危ない事はしないように――」


 言い切る前にニャオの後ろ姿は小さくなってしまった。もう叫んでも、声は届かないだろう。

 たくましくなっても子供は子供だと、彼女は少し安堵して次の仕事に取り掛かる。



 言うならケイドロである。

 追いかける役は結花千一人しかいないし、たとえ捕まえても鬼が変わる事はない。

 結花千が子供たち全員を捕まえるまで、遊びは終わらなかった。


「さすがに、みんな隠れるのが上手になったね」


 施設に来る度に遊びに誘われ、鬼の役をやらされている。もう何度目か分からない。

 そこまでくると、互いに癖や傾向というものが分かってくるので、毎回、それを踏まえた上で裏をかいたりと段々と戦略が広がっている。

 ただ遊んでいるように見えても、子供たちは少しずつ学んでいた。


「あ。――見つけた!」


 すると、遠くで隠れようとして出遅れた女の子と目が合った。


 結花千の動き出しは早い。

 普段は下ろしている黒髪を、今は後ろで結んでいる。服装も海賊用のコートを脱いでニャオに貸してもらった動きやすい薄着の格好に変わっていた。

 そのおかげで、結花千は激しく動く事ができる。


 森の中、木々の間を素早くすり抜けて、逃げて行く女の子に追いつき、肩を掴む……しかしその寸前で邪魔が入った。

 折った木の枝と先についている葉で擬態していた男の子二人が、女の子を守るために木の上から結花千に襲いかかったのだ。


 肩にかかった体重を支え切れなかった結花千は、二人の男の子を抱えて背中から倒れた。


 二人は同時に、


「――逃げるんだ、早く!」


 女の子は迷いながらも、うんっ、と頷いてその場から逃げ出し、森の中へ姿を消す。

 二人は、ぱぁんと音を響かせるくらいに強いハイタッチをした。ただ、捕獲である。


「なーに格好つけてるのよ。あ、そっかそっか。二人ともあの子が好きなんだー?」


 違うし! と否定する二人だが、若干顔が赤いので結花千はにんまりと表情を緩める。

 馬鹿にされたと気づいた二人が、容赦なく結花千を足蹴にしていた。

 ニャオが見たら卒倒しそうな光景だったが、子供の力なので別に痛くは、


「――ちょっ、あんたたち力が強くなってる! 痛いってばッ!」


 ……ないと思っていたが、子供の成長が早いというのを失念していた。


 もう馬鹿にしないのと、内緒にする口約束をして、二人から解放される。

 立ち上がって、服についた土を手で払って一呼吸。

 結花千は優位を取り戻す。なぜなら解放されてしまえばこっちのものなのだ。


「二人とも、口約束を信用したらダメだよ。さてっ、みんなに言いふらそうっと!」


「ゆかち!」

 ――これも社会勉強である。

 と、結花千は息巻いていたが、男の子二人が手に持つ、うねうねと動くなにになるか分からない幼虫を見て、すぐに跪いた。


「あたしが悪かったのでそれをしまってください」

「ゆかちにプレゼントしようと思ったけど、態度によっては考えてもいいぞ」


 彼らの虫かごに、たくさんの幼虫がいるらしい。

 想像しただけで鳥肌が立つ。寒気を覚えた結花千が自分の体を抱きしめた。


「成虫は平気なのに幼虫はダメなんて、ゆかちは変なんだな」

「芋虫系は無理なの……」


 昔は平気だったはずだが……、不思議なものだ。


「――さて、残りは二〇人くらいかな……」

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