助詞「は」「が」の違いとは? 「象は鼻が長い」→主語が二つ?


 言語というものは(ソシュールの言葉を借りれば)、私たちが幼児の頃、言語獲得装置をもってしてほぼ無意識に覚えていくもので、特に母語の場合は細かな文法などについても苦労せず覚えていきます。しかしそれゆえに、こうした助詞「は」「が」の違いなどを聞かれると、母語話者である日本人の大半は答える事が出来ません。では理論で言えば、この二者はどう違って、どういう場合で使い分けられているのでしょうか。

 今回は正式な「間違いな日本語」ではないのですが、「象は鼻が長い」という、一見主語が二つあり間違いにも思える文章がなぜ正しいのかを考えていきたいと思います。それに伴って、主にこの二つの意味の違いを徹底的に見ていきます。特に詩歌など、言葉一つ一つの意味や効果が重んじられる文章などでは非常に重要な助詞なので、創作者の方はぜひ参考にしてください。



 〈二つの助詞の違い①:主語と主題〉

 一般的な感覚では、どちらの助詞も同じようなもので、英語で言うならばbe動詞のようなものでしょう。二つの助詞の前には「主語」が来ると。この認識は半分あっていますが、残りの半分は間違っています。というのも、格助詞である「が」はそれでいいのですが、とりたて助詞の「は」の前にある語は主語であり、主題なのです。この主題という認識が少し前の定説であり、またわかりやすい説明でもあります。例えばくだんの、次の文

①象は鼻が長い

 について、もし「は、が」が両方主語であるなら、この文には主語が二つあることになり、そう考えると一見間違いな文章に見えます。しかし「は」は主題なのです。主題というのは「~については」という、前後のつながりによって「は」の前の言葉を解説する機能です。ですから①は、

①’象(について)は鼻が長い

 という意味になります。先も言いましたが、主題は解説するための主語で、この「は」を挟んで前が主題、そして後ろが解説となります。対して主語は解説をしない、つまり解説するものがない場合ですから、単に事実を述べる文章が当てはまります。少し整理してみますと、

②この象はかわいい

③象が歩いている

 ②は象の状態とか外見を示しており、きちんと主題と解説の関係になっています。一方で③は象が単なる主語であり、その状況を淡々を描写しているのみで、解説などはありません。また、主題は解説を伴うならば、自動的に主題-解説の「は」文には「形容詞などの述語」が多いですし、主語の「が」文には主語と述語の淡々とした関係となるため、「動詞文」が多くなります。

 

 この主語と主題の違いをまとめれば、「が」が主語であり、「は」は主語と主題の両方の側面を持っています。また「が」が単に主語と述語を記述するだけなのに対して、「は」は主題であり、それについての解説がなされる助詞であるといえます。



 〈二つの助詞の違い②:情報の状態〉

 この説明は、「主題」というどこか漠然とした定義をより細かく分類し、定義するための説です。大きく分けると「新情報」と「旧情報」に分かれます。例えば次の文章、

④昔々、おじいさんとおばあさんが住んでいました。

⑤おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。

 この場合、④の「が」は「は」とは成りづらいです。なぜならこの一文は物語の最初であり、この老夫婦がいるという情報が新しいものであるからです。なぜ? と言われればもう「そういう文法」としか言えませんけど……。それと対照的に、⑤ではもう老夫婦の存在が明らかにされ、情報が新らしいものではなくなったので、「は」となるわけです。


 さて、この定義にはもう少し細かな分類があります。特に新情報「が」の場合、それらの文章はさらに「属性叙述文」と、「事象叙述文」に分かれています。こちらはどちらも「が」であることは確定なので、分別する必要はあまりありませんが、しかし今回は徹底的に掘り下げていこうと思うので、一応解説していきます。

⑥私が今日の日直です。

⑦雨が降っています。

 ⑥は属性叙述文ですね。「私」と言う主語がそのような存在であり、どのような状態かを説明していますから。また⑦は事象叙述。これは主題と主語の項目で話した、「主語と述語の淡々とした関係」と同じです。



 〈二つの助詞の違い③:対比と排他〉

 三つ目の違いは、対比と排他。これについてはしっくりくると思われるので、とにかく例文をご覧ください。

⑧犬は嫌いですが、猫は好きです。

⑨彼が窓を割りました。

 ⑧は対比。○○好きだけど、別の○○嫌い、というように、物事を比べる時にはそれを強調するという点で、とりたて助詞の「は」が使われるのです。

 対して⑨は排他。排他とは漢字の通り「他のものを排除する」ということで、この例文の場合、「窓を割った人・非窓を割った人」に焦点が絞られており、「が」を用いることで「彼(窓を割った人)」と「その他(非窓を割った人)」に分類されます。



 〈二つの助詞の違い④:情報の位置〉

 これまで様々な定義を見てきましたが、上の情報を総合して考えてみると、「は、が」のより分かりやすい差異が見いだされます。

 それは、情報の位置。例えば主語と主題について考えると、主語については主語述語の関係となり、当然その情報は主語に重きが置かれています。対して主題解説の関係は、主題について詳しく説明しているという点で、後者の「解説」が重要な情報を持っていることになります。

 また、二つの助詞の違い②についても、新情報である「が」は、当然新しい情報であるためにより重要な情報と位置付けることができます。対して旧情報の「は」は、もうすでにその情報(主題・主語)は既に存在が知られており、またその情報に対する説明を施しているという時点で、やはり「は」より後の解説の情報が重要です。

 となれば、重要な情報の位置という点においては、「が」の場合はその前の単語(主語・新情報)がより重要で、対して「は」の場合はそれより後の情報(解説・形容)が重要であるということになります。この助詞の違いは上の三つを抽象化・一般化したものですから、ここの詳しい分類には使えないものの、大雑把にその特徴を把握するという面では非常に有用であるといえます。



 〈まとめ〉

 以上、助詞「は」「が」の違いについて解説を施しました。この二つについてまとめると――

・「が」:前の語句を主語にする効果を持つ。その情報は新しく、物事を排他的に説明する。情報の重点は前にある。

・「は」:前の語句を主題とし、その後の文を解説とする効果を持つ。その情報は既知のもので、物事の対比にも用いられる。情報の重点は後ろにある。

 となります。あ、そうそう。一応この作品は「間違いな日本語」を主題にしているので、ちょっとこれについても絡めて終わらなければ💦 まあそんなわけでいろいろあって、「象は鼻が長い」は間違った文章ではなく、きちんと正しい日本語であります。あまり日本語の御用でもありませんが、今回は番外編ということで、大目に見てください。それでは、熟読ありがとうございます。

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