第6話 エリザベスと新弟子達

 年をまたいで3月、出会いと別れの季節だ。


 あたしは安土行のリニアの停車駅で家族としばしの別れの挨拶をする。


「リズ、辛かったらいつでも帰ってきていいんですからね。逃げることは負けることではないし、自分に合わない場所で無駄に頑張る必要なんてないんだから…」

 瞳にうっすら涙をためたママがそう声をかけてくれる。


「ママの言うとおりだ、自分が望んで行った場所が自分にとって唯一の場所なんて言うのは愚か者の考えなんだから、やってられないと思ったらすぐに帰ってくるんだよ」

 お父さんもそう声をかけてくれる。


「俺もこれから海外のクラブに行くことがあると思うけど、親父みたいに最初に入ったクラブが自分に合う場所って可能性は限りなく低いからな、お前もその程度の事気にすんなよ」

 兄も優しげに声をかけてくる。


「うん、皆ありがとう。出来るだけがんばってみるけど、向いてないようだったら無理はしないよ」

 そう答えるが、前世から憧れ続けたプロレスラーになるための修行だ、簡単に諦めるつもりはない。


 ホームに発車の合図が鳴るとあたしは荷物と共に乗車し、車窓の向こうにいる家族に手を振る。

 リニアが動き出し、家族の姿が流れて消えるまでお互いに手を振り続けると、あたしは自分の席に荷物を持って移動するのだった。

 甲府を発ち信濃、飛騨を経て美濃に着いた時、社内に見覚えのある巨体の女性が入ってきた。


 あの人確か入門試験で先輩レスラーにミドルキックガンガン蹴っていった、全身筋肉の女の子?

 彼女の事を思い出すと向こうもこちらに気が付いたのか、隣の席に腰掛ける。

 全席指定のはずなんだけど…

 あたしの心の声は彼女に届く訳もなく、

「あんたも受かってたんだ?」

 席のことなど気にした風もなくあたしに話しかけてくる。

「途中しめ技で落とされたから、駄目かもしれないって思ってたけどなんとか、ね…」

 気まずげにそういうと、

「はぁ?萩尾奈々相手にあそこまで渡り合って落ちるとかまずないでしょ?」

 可笑しそうに笑いながらあたしの背なかをバンバンと叩く。

 悪気はないんだろうけど痛い。

「あたしの名前は橋田真琴。あんたは?」

 そう彼女が名乗る、

「あたしは飯富エリザベス。リズって呼んでね」

「じゃああたしのことは真琴でいいよ。ははっ!あたしと違ってお嬢様っぽいね。まぁ何にせよあたしとあんたはこれから同期、将来的には鎬を削ることもあるだろうけど、とりあえず生き延びるためには協力し合わないとね」

 不穏な声音で彼女はそう呟く。

「協力って何?練習の他に問題でもあるの?」

 不安を感じてあたしはそう問いかける。

「先輩や中堅の方の雑用や、後はいわゆるパワハラがね…きついらしいんだ」

 それを聞いて息をのむ。

 前世のプロレス団体でも寮の後輩に常習的ないじめや気まぐれからのいたずらはあったという話は聞いたことがある、中には死亡者が出たこともある。この世界もでもやはりそういう体質はあるのか…

「特にあたしみたいなはみ出し者や、レスリング上手かったあいつとか、あんたみたいな目立つのは標的にされやすいだろうね」

 気分がどんどん落ち込んでゆく。

「そんな死にそうな顔すんなって。あんたもやりたいことや目標があって女子プロレスを志したんだろ?なら一緒に貫こうよ」

 そう言って彼女は笑いながらあたしの背を叩く、だが今度は痛みはなく身の内から燃え上がる闘志で身体が熱くなっていった。


 真琴と二人で何やかやと話しているうちにリニアは近江に入り安土駅で停車する。

 そこから以前入門試験に向かった通り在来線に乗り換え最寄駅から歩いてマンションに向かう。


 無断で事務所に向かうのを躊躇ったあたしたちは掛け声や怒鳴り声などの喧騒がとどろく道場に向かう。

 先輩達であろう若いお姉さん達がトレーニングやスパーリングをしている道場に向かってあたしは、

「すみません!新弟子試験に受かった者なんですが、今日からよろしくお願いします!」

 と大声を上げてあいさつする。

 隣の真琴も同じように頭を下げる。


 あたし達に気付いた中堅っぽい女性が

「咲あんた寮長なんだからこの子たちを案内したげなさい」

 と奥でサンドバッグ相手にキックの練習をしていた女性に声をかける。

「わかりました!あなた達ついてきて」

 彼女はそう言ってあたしたちを従え、マンションのエンドランスを入り、一階の事務所の扉を開け奥にある会議室のドアをノックした。

「入りなさい」

 社長のジョニー・キッドの声が返ってくる。

「失礼します、新弟子試験に合格した二人を連れてきました」

 咲さんは丁寧にそう告げると。

「ご苦労様」

 ジョニー・キッドに労われ退室していった。


 部屋には既に大学生くらいの例のきれいなお姉さんと、

 優しげな雰囲気が印象的な体の大きい子と、

 気の強そうな目をした体の小さい子が椅子に座っていた。

「もう二人来る予定だからあなた達も席について楽にして頂戴」

 ジョニー・キッドがやさしくそう促してくれたので、あたし達は

「失礼します」

 と一言ことわってから席に着いた。


 それから30分もしないうちに残りの二人もついて席に座ったところで、

「それで安土女子プロレス第32期入門生懇親会を行います」

 とジョニー・キッドが宣言した。


「貴女達は厳しい審査基準を超えて晴れてうちに入門を許された金の卵よ。そのことは誇っていいわ。けどまだあなた達はひよこにもなってない卵でしかないの。そこは弁えて頂戴ね」

 と凄みを感じさせながらウィンクをする。

「あなた達と半年後に帰国するプエルトリコで基礎修行してる子が今年度の新弟子ね。その子が来るまでは4人1組と3人1組の計二部屋で共同生活してもらいます。どうしても我慢できないとか、そういう場合がない限りくじで決めた二組で生活してもらうわ。合格通知の後送った案内の通り、家賃と食費は取りません、一杯練習して一杯食べて体を作りなさい。でもその代わり先輩たちの雑用や小間使い会場の設営など様々な雑用をしてもらいます。ここまでで疑問のある子はいる?」


 ジョニー・キッドはあたしたちを見回す。


 誰も何かを聞くことはない。


 あたし達はそれを承知でここに来たのだ。


「良い子達ね。じゃあ次は自己紹介をしてもらいます。名前、年齢、身長とウェイト、それから格闘技の経験があればそれを言って頂戴。ここに来た順でお願いね、じゃあまずは不動から」

 といってジョニー・キッドは左端に座った奇麗なお姉さんを指名する。

「はい!不動恵、21歳です身長は172㎝体重は65㎏、一応レスリングの強化選手でした」

 おお!と称賛の声が上がる。

 強化選手というのは相当なエリートである。

 世界と戦えるレベルの選手だったというのは実績的にすごい事だ。

「じゃあ次は小山」

 ジョニーさんが促す。

「小山直子、18歳です。180㎝で75㎏あります。空手をやってました」

 優しげな印象の大きな子が自己紹介を終える。

 続いてジョニーさんは、

「山下、お願い」

 と促す。

 今度は気の強そうな瞳の小さい子のようだ、

「山下恵子18歳。153㎝45㎏。格闘技経験は特にないですが女子ラグビーやってました」

 異色の経歴の持ち主のようだがあの入門試験に受かったのだから運動能力は凄いものがあるのだと思う。

「次は飯富ね」

 といってジョニーさんはあたしに水を向けると、

「飯富エリザベス、15歳です。身長は148㎝、体重は42㎏です。柔道とレスリングをやってました」

「じゃあ、次は一緒に来た橋田ね。お願い」

 ジョニーさんに促された真琴は、

「橋田真琴16歳。175㎝で84㎏。空手と柔道やってました」

 と不愛想に答えた。

 それを気にするでもなくジョニーさんは、

「次は長友ね、よろしく」

 と促す。

 真琴の隣に座った髪を赤く染めたヤンキーさんは、

「長友優子、18歳。176㎝の70㎏。格闘技経験はないけど喧嘩なら自信あります」

 ふてぶてしくそう言った。

 でも二次試験のスパーリングで彼女は基本に丁寧なレスリングをしようと努力していたのをあたしは覚えている、彼女は格闘技経験はあまりないのかもしれないけど努力しようという性格と、高い学習能力を持っているとあたしは睨んでいる。

 そんなことを思っていると、

「最後は支倉ね、よろしく」

 ジョニーさんは最後の子に自己紹介を促す。

「支倉響、17歳で~す♥しんちょうはぁ160せんちでぇ、たいじゅうはぁ58きろです。グラドルと総合格闘技やってましたぁ」

 なんとも独特の口調で話す子だった。

 この子大丈夫なの?という空気が他の新弟子の間に流れる。

「これで今日本にいる新弟子は全員よ。仲良くやっていってね」

 笑いをこらえきれなさそうなジョニーさんがそういうと机に置いた箱を持ってくる。

「この中に部屋割りのくじが入ってるからみんな引いて頂戴」

 部屋割りは

 ・あたし

 ・真琴

 ・恵さん

 ・長友さん

 の4人と、

 ・支倉さん

 ・小山さん

 ・山下さん

 の3人に分かれたのだった。


 だがこの部屋割りがすぐ問題の原因になるとは何も知らないこの時は誰も想像していなかった。


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