第7章 カラー・クリスマス

第28話 ウソ

「慎司くん、ううん……シン」


 だけが知っている僕のあだ名。それが、神白冷花の口から出てきた。


 蘇っていく。彼女の記憶が。

 彼女の存在を思い出してから1時間も経っていない。

 さっきまで、名前も浮かんでこなかったのに。


「久しぶりだな、神さま」


 神白冷花の名字を1文字取って、。じつに小学生らしい、あだ名の付け方。


 7年ぶりに神さまと挨拶すると。


「……気づいてくれたのね」


 神白冷花はあどけない笑みをこぼす。


「まさか、死神が神さまだったとはな」


 よくよく思えば、皮肉すぎる。

 つい笑ってしまう。


 すると、冷花は頬を膨らませる。


「ごめん、忘れていて」


 僕が取りつくろうと、冷花は目を伏せて。


「……あたしも記憶を封印してたから。お互いさまよ」


 銀髪をいじる仕草がしおらしい。


 小学生のときも、恥ずかしくなると髪をいじっていたな。


 昔と今の彼女を重ねる。

 クールで、周りに左右されず、自分の道を貫く、不器用な女の子。

 でも、内心では人に触れたくて、寂しがっている。


 言葉や態度とは真逆な一面を見せる、神白冷花という少女。

 僕は彼女のギャップに惹かれていた。


 しかし、僕の力があってこそ、彼女の本性に気づけたわけで……。

 ずるいよな。


「力のこと黙っていて、ごめん」


 頭を下げると。


「ううん、昔のシンがホラ噴きだったから」


 そうだった。当時の僕はホラ吹きだった。穴があったら、入りたい。


「なのに、あたしは信じてたの」

「えっ?」

「シンがあたしの心を読んでるって」

「……ごめん」

「だから、気づけたわけだし」


 許されて、ほっとする。

 が、別の疑問も湧き上がり、聞こうとしたところで。


「それより、どういうことかな?」

「わたしたち放置プレイされてるんだけどぉぉっ⁉」


 夢紅と美輝が目で圧をかけてくる。


 僕は神白との関係を話した。小学生のときに僕と彼女は友だちだったこと。互いに初恋、しかも、両片想いだったこと。1ヵ月も経たずに離ればなれになり、その後、ふたりとも恋の記憶を忘れていたこと。


「なにそれ、まさかの幼なじみかよっ⁉」

「うぅっ、良い話だよぉぉっっ」


 夢紅は大暴れし、美輝は僕の胸で泣く。

 ふたりとも感動してくれて、正直うれしい。


 僕も初恋の人に再会できて、感慨深い。目頭が熱くなる。


 感情が見えなくなった僕ですら、女子3人が放つラブコメオーラを感じ取れていた。


 僕も雰囲気に呑まれて、遠い日の恋心が蘇ってくる。

 あかん。焼けぼっくいに火がついたかも。


 神白冷花を見つめる。

 透き通るような銀色の髪。つぶらで、不純物がない琥珀色の瞳。毒舌にもかかわらず、告白されまくる整った顔。


 好きになったかも。

 モモねえが出かけ際、素直になれと言っていた。無理に気持ちを変えようと努力するのではなく、ありのままの自分を受け入れろ、と。


 初恋の記憶を取り戻して以来、恋愛を毛嫌いする感情も薄まっていた。恋の楽しさを思い出したからかもしれない。


 このまま、神白冷花と恋をするのもありだよな。昔は両片想いだったわけだし。


 だがしかし――。


 僕は恋をしない。

 数年にわたって僕を支配していた価値観。そう簡単には揺るがない。


 焦って、突っ走っても、自分の本来の気持ちとは別の可能性もある。

 偽の感情で冷花と付き合ったところで、彼女を傷つける。


 いったん冷静になろう。

 深呼吸してから、僕は3人の女子を見渡して言う。


「みんな、ごめん。いいかな」


 全員の視線が僕に集まる。

 

「僕、人の感情が読めるんだ」


 あらためて、話を振り出すに戻すと、夢紅が目を見開く。


「すげえ、バトルマンガに出てきそう。次の動きが読まれそうじゃん⁉」


 愚者らしいノリの良さが助かった。


「いや、ムリだな。考えてることはわかんないし」

「マジか。未来予知に活用できんの?」

「できない」


 僕は説明した。能力ともいえない、僕の力について。

 夢紅ががっくりと肩を落とす。


「それで、感情が読めるって無理あるんじゃね?」

「悪かったな。中途半端な異能持ちで……」


 まだだ。卑下して責任逃れしても、自分が許せないだけだ。


「でもな、色に人の感情が表れるんだよ」


 僕は色彩心理学について手短に言う。


「色はファッションでも大事なんだよぉぉっ」


 ファッション陽キャの美輝が援護してくれる。


「色の好みとかで、その人のキャラも出てくるし。色で感情が見えるって、ありかも」

「美輝、ありがとな。けど、色だけじゃ情報が足りなすぎる」

「どゆこと?」

「たとえば、赤。赤は怒りと情熱。ふたつの意味がある」


 夢紅が目を点にする。


「そういうときは、表情や声に気を払うんだ。怒ってるときと、情熱的でハッスルしてるとき。顔や声はちがうからな」

「たしかに、行動にも出るよね。舌打ちしたり、床蹴ったりしてれば、怒ってる。筋トレしてれば燃えてる」

「夢紅、筋トレって」


 とりあえず、話は伝わっているようだ。


「色と表情、声を組み合わせれば、人の感情はだいたい読めかな」

「読め?」


 冷花が違和感に気づく。

 数日前から見えなくなっていることを打ち明ける。


「みんな安心していいぞ。いまは覗いてないから」


 僕のひと言で、夢紅と美輝が顔を真っ赤にする。


「ごめん、いままで心を盗み見て」


 頭を下げる。テーブルに額がぶつかった。痛い。が、彼女たちの恥ずかしさに比べたら、たいしたことない。


「人を丸裸にした覗き野郎だよな」


 実際、冷花に罵られたわけだし。

 嫌われる覚悟を決めていたら。


「別にいいんじゃね」

「慎司さまが癒やし系グッズなのに、秘密があったんだよぉぉ」


 夢紅も美輝もあっけらかんと言い放つ。


「いいのか?」

「……ん。中途半端な異能持ちなんだし、ボクは気にしないっての」

「わたしも」


 さすが、心の友。

 感謝していたら。


「あたしも」


 3人目の声がポツリと聞こえた。

 彼女は銀髪をいじっている。


「いや、おまえ怒ってただろ。そもそも、学年主任とケンカしたのも――」

「それ、ちがうの!」


 冷花が珍しく大声を出した。


「ちがう理由で怒ってたの」

「どういうことだ?」


 僕が訊くと、冷花はうつむく。蚊の鳴くような声で。


「慎司くんが初恋の人だと気づけなかった自分が……情けなくて」


 意外な本音を漏らした。


「相談室で話を聞いちゃって。うれしかったのに……あたしったら、わけわかんなくなって」


 琥珀色の瞳に涙を浮かべる冷花。


「逃げた自分が許せなくて、慎司くんと会うのが怖くて……素直になれない自分が恥ずかしくて。いろんな気持ちがぐちゃぐちゃで」


 白い頬を透明の雫が伝わる。


「自己嫌悪でたまんないときに、数学の授業があった。答えを間違えた生徒に、学年主任が当たり散らしていて……気づいたら毒舌が止まらなかった。徹底的に奴をやりこめたの。授業が終わってから、廊下に呼び出された」


 神さまは僕に不安げな目を向けて。


「慎司くんが来て、動転しちゃって、あんなことを……」

「冷花」

「だから……見捨てないで」


 彼女は僕の方へ手を伸ばした。僕は手のひらで彼女を包み込む。ほっそりした手は氷のように冷たかった。


「ご、ごめんなさい。慎司くんが……理想の人だって気づかなくて、ひどいこと言っちゃって……うぅっ」

「いいって。気にしてないから」


 僕は冷花の手をさする。


「冷花の気持ちはわかってる。毒舌を吐いていても、僕をどう思っているか見えてたし」


 冷花は頬を赤く染める。

 効果的だったようだ。徐々に冷花は落ち着いていく。

 泣き止んだのを見計らって。


「って、覗きを自爆しちゃったな」


 笑わそうとしたら。


「変態。おち○ぽからミルクが出るように改造したら?」


 得意の毒舌で返してきた。

 安心した。


「あっ……あたし、また思ってもないことを」


 冷花がうなだれる。

 彼女の様子から激しい自己嫌悪が感じられて。癖と呼ぶには不自然に思えてきて。


「なあ、冷花の毒舌について教えてくれないか」


 僕が訊くと、彼女は神妙な顔をして。


「黙っていて、ごめんなさい」


 冷花は弱々しい声で、みんなに頭を下げる。


「あたしにも力があるの」


 全員の視線が白銀の髪の少女に集まる。


「あたし、死神……かも」


 ささやきがリビングに響いた。

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