第27話 受容

「♪トナカイ赤いなぁ、あいうえお」

「夢紅、『アメンボ、赤いな、あいうえお』だぞ」

「いいじゃん、いいじゃん。クリスマスなんだし」


 人の家で、くつろいでコーラを飲む夢紅にツッコミを入れたのだが、通用しなかった。


「美輝、わざわざ家まで来てくれて、ありがとな」


 いきなり訊ねてこられて、正直、反応に困っている。

 態度に出さないように気をつけて、美輝に言ったところ。


 噴きそうになった。

 というのも、見た目ギャルな陽キャさん、メロン✕2を僕の家のダイニングテーブルに乗せて、肩を回している。それだけ大きければ、肩凝るもんな。


 視線を外したら、ティーポットを持って歩いてくるモモねえと目が合った。


「モモねえ、どういうこと?」


 数分前、モモねえがふたりを連れて帰ってきた。

 しかも、ふたりの態度は告白前と変わらなくて。


 僕の方が戸惑っている。色も見えないし、どう接したらいいんだろうか。

 それとなく、モモねえに聞いたのだが。


「今日はクリスマスイブでしょ~。せっかくだから、誘ったの~」


 のほほん満面の笑みで顧問は答える。


「ごめんね。お昼ごはん、準備中で、お茶で我慢して」


 お姉さんが来客に頭を下げる。


「オーブンからすげえ良い香りがするぞ」

「七面鳥を焼いてるのよ~」

白桃もも先生、七面鳥なんて、どこで買ったの?」

「美輝ちゃん、近所のお肉屋さんの愚痴を聞いてたら、いつの間にか解決していたのよ~。おじさんが七面鳥をくれるっていうからいただいたの。プライベートのお悩み相談だから、お金はいらないって言ったのに」


 なんか、どうでもいい話で流されてる気がする。

 話を本題に戻そうとしたところ。


「あっ、お姉ちゃん。ちょっと出かけてくるね」


 予想外のことを言い出した。

 僕はモモねえの耳元でささやく。


「勘弁してくれ」

「大丈夫。七面鳥が焼ける頃には戻ってくるわ~」

「そういう意味じゃないんだけど」


 すると、モモねえは微笑んだまま、真顔になる。


「……慎ちゃん、お姉ちゃん、信じてるから」

「えっ?」

「慎ちゃんは、もう昔の慎ちゃんじゃないのよ~」


 力強い瞳が僕を励ます。


「もう逃げる必要はないの。対人支援部の日々に意味はあったんだから」


 僕は逃げて、学校をサボったのに。なのに、僕を否定しない。温かい声だった。


「意味?」

「そう。すべての経験に意味がある」


 モモねえは夢紅と美輝にも聞こえるように言う。


「うちのカレー、ハチミツを入れるでしょ?」

「あ、ああ」

「カレーと同じように、人生も辛さと甘さが混じっているのよ。辛い経験も、未来の味を引き立てる。それが、人生の奥深さ」


「奥深い?」

「うん、人間は経験から意味を見いだせる、頭の良い生き物なんだから~」


 お姉さんの言葉が甘辛いカレーのように、胸に染み込んでくる。


「だから、素直になって」

「……」

「あるがままの自分を受け入れるの」


 モモねえが僕の手を握る。それだけで、心が軽くなった。


「ダメな自分もいていい。それだけで気持ちが楽になるから~」


 それだけ言うと、モモねえはリビングを出て行った。

 

 あとに残された僕たち。誰かが合図したわけでもなく。


「「「ごめんなさい」」」


 3人の声が重なった。


「ごめん、ボクが余計なことを言って」

「わたしも。冷花さんを見てたら、胸がモヤモヤして、慎司さまを取られたくなくて」

「いや、僕の方こそ取り乱しちゃって」


 互いに頭を下げ合う。


「起きてしまったことはしょうがない。モモねえが言ってたみたいに、いまは素直に思ってることを打ち明けよう」


 僕の提案にふたりはうなずいた。話がわかる子たちで助かった。


「じゃあ、まずはボクから言うよ」


 夢紅が一番手。


「ボク、隠者くんが好き」


 たったひと言で、鼓動がドクンドクンと早くなる。

 恋愛嫌いの僕にとって、告白の刺激が強い。強すぎる。


 でも、僕は逃げない。

 恋愛が嫌いで、動揺している自分を受け入れる。


「でも、ボクの好きは恋なのか、友だちなのか……自分でもわからないんだよね

「……夢紅」

「恋は観測者によって、判断が分かれる曖昧なもの。ボクが隠者くんに恋をしてるなんて、誰も断定できない」

「……そうだな」


 心は見えない。他人にも、自分にも。

 感情が見える僕ですら、彼女の気持ちに気づかなかったのだから。


 言葉も、上っ面の感情もウソを吐く。夢紅の深層心理は不明。なにが真実か、誰もわからない。


「だけど、隠者くんが友だちなのは事実。ボクが友だちだと明確に意識してるから」


 意識の表面では、僕を友だちだと認識している。


「だから、ずっと友だちでいたい。廃部になって、終わりだなんて認めたくない」


 色が見えなくても、まっすぐな想いが伝わってくる。

 僕は夢紅の茶色い瞳を見つめて。


「僕もだ。なにがあっても、僕たちは友だち。それだけは変わらない」


 いまの僕に言えるのは、それだけ。

 夢紅が僕を友だちだと思っているなら、僕にとっても夢紅は友だち。


 僕にできる精一杯の気持ちで、彼女の想いに答える。


「じゃあ、今度はわたしの番だよぉぉっ」


 美輝が金髪をかき上げ、一歩前に出る。


「わたしも愚者さんと一緒。慎司さまは、ズッ友だよぉぉっ!」


 いきなり僕の腕に抱きついたかと思えば。

 すかさず離れた。


「うぅっっ。我慢しなきゃだよね……ごめんなしゃい」


 うなだれる美輝がかわいすぎる。

 でも、以前みたいにユーカリになるのは避けたい。いまの僕には刺激が強いから。

 そこで、僕は彼女の金髪を撫でた。もちろん、夢紅も一緒に。


「わたし、慎司さまとこうしてるだけで幸せなんだよぉぉっ」


 美輝は頬を緩ませる。


「別に、恋人になれなくてもいい」

「えっ?」

「わたしもわからない。慎司さまを愛してるのか、安心がほしいのか」

「美輝?」

「誤解しないで。安心できれば誰でもいいわけじゃないんだよぉぉっ」

「わかった。僕は美輝を全面的に受け入れる」


 と、僕が言うと、美輝は満面の笑みを浮かべる。


 結局、夢紅も美輝も、自分の気持ちがわかっていない。

 僕も含めて、恋愛についても、自分についても、道に迷っているのだ。


 ふたりに親近感を抱いた。

 妙な安心感というか、連帯感が生まれ、気持ちが楽になる。


 一方で、僕の中で罪悪感も膨れあがっていく。


 ふたりが純粋で、まっすぐな分だけ、自分が汚く思えてくる。

 こうなったら、覚悟を決めよう。もう騙すのはやめだ。


 僕はふたりを見つめて。


「あのさ、僕がウソを吐いていると言ったら、どう思う?」


 審判を仰ぐが。


「「別に」」


 即答だった。ふたりとも迷うことなく、声を揃える。


「別にいいんじゃね、ウソぐらい」

「ウソでも偽善でも。慎司さまがわたしにしてくれたことは変わらないんだよぉっ」


 うれしすぎて、涙がこみ上げてくる。


 もう迷う必要はない。

 僕はクズな自分を受け入れる。ふたりだからこそ、すべてをさらけ出していいんだ。


 モモねえが言うように、いままでの経験にも意味があるのかもしれない。

 だとしたら、未来を紡ぎ出すなら、今だ。今、ここから始まる。始めればいい。


「僕には人に言えない力がある」


 夢紅の目が輝く。きっと、中学2年生の血が騒いだのだろう。

 美輝が微笑む。僕を信頼しきっている目だ。


「僕は他人の感情が見えるんだ」


 ふたりの目が見開かれる。

 しかし、不信感は一切感じられず。


 そっと胸をなで下ろしたときだった――。

 リビングのドアが開いて。


 神白冷花が入ってきた。


「やっぱり、慎司くんが……だったんだね」


 感慨深げに、涙を浮かべて。

 僕を見つめた。

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