第6章 終わりの始まり

第25話 終了のお知らせ

 月曜日の朝。徒歩数分の通学が長く感じられる。

 全力でサボりたい。僕が問題を起こしたら、モモねえに迷惑がかかるかも。サボりはマズいな。


 終業式まで、あと4日。

 まだ、4日もある。と、考えると、気分が滅入る。

 たったの4日。たったの4日と思うだけで、精神的に楽になってきた。


 教室に着く。

 ひとりで本を読んでいたら、夢紅が入ってきた。目が合う。告白されたことを思い出し、恥ずかしくなる。 


「あれあれ、夢紅ちん。朝から甘酸っぱいどすなぁ」


 夢紅の唯一ともいえる友だちが、夢紅の肘を叩く。


「誤解だってえ」

「先日、彼に抱きついたのは妾の見間違いだったのかえ?」

「この前のさぁ、ほら、罰ゲーム。彼と部活同じだし、陰キャをからかうゲーム」

「夢紅ちん。おのれを偽るでないぞよ。そなたはウェーイ系のような真似はせぬはず」

「ぐがっ」


 夢紅は吐血するフリをし、強引に口を閉ざす。

 ウザいけど、陰キャいじめをする奴じゃない。友だちに指摘されて、対応できなくなったのだろう。


 夢紅から視線を外す。

 陽キャグループでワイワイ騒ぐ美輝の姿が目に入る。特別、自分から話すわけではないが、笑顔でうんうんうなずく美輝。周りに合わせるのが上手い。


 ところが、僕と目が合うと。


「どったの? 美輝たん」

「……ううん、なっ、な、なんでもないよぉぉっ」


 メチャクチャ動揺してるし。


「怪しいなぁ」「この胸が言ってるのか、この胸が」


 女子が美輝の胸をワシワシし出したので、慌てて目をそらす。


 ところで、ふたりの様子を見ていて、察した。

 冷花が僕の秘密を黙っていることに。


 数日前、モモねえと話しているところを冷花に目撃されてしまった。すぐに追いかけた。が、逃げ足が速く、見失う。メッセージも送ってみた。既読スルーされた。

 翌日は部活にも顔を出さず、あれ以来、連絡が取れていない。


 最近、積極的だった冷花が僕を無視する。深く傷つけてしまったのだろう。

 彼女が気がかりで、話さないといけないと思っている。


 けれど、感情が読めるなんて、どう説明すればいいんだよ?

 憂鬱すぎて、冷花から返事をくれないことに安堵する自分もいる。


 また、冷花が夢紅たちに僕の秘密をばらしていないことにも、僕は胸をなで下ろしていた。


 自分勝手だよな。つくづく、自分が嫌になった。


 憂鬱な気分のまま、2限まで終わった。

 次は、体育。しかも、マラソン。最悪だ。


 とりあえず、教室で着替えを済まし、廊下へ。玄関へ向かって歩き始めたのだが――。


 怒鳴り声が聞こえた。教室2つ分ぐらい離れたところからだ。

 しわがれたおじさんの声は、学年主任のものだった。背筋が寒くなる。


 まあ、僕に関係ない。そっと横を通りすぎよう。

 と思ったが、学年主任の前にいるのが、銀髪少女だと判明したとたん。


 自分でも気づかないうちに、足が向かっていた。


「死神、最近はおとなしくなったと思ったが、何様のつもりだ?」

「何様って、あたしはあたし。それ以上でも、それ以下でもないわ」

「小娘が、小癪な真似をっっっっっっっっっっっっっっ!」

「ふーん、都合が悪くなると、すぐに怒鳴るのね。あんた、それでも数学の教師? 数学は論理の学問よ。かりにも、数学教師だったら、ロジックであたしを負かせてみせなさい」

「なっ、なっ、なっ」


 バーコード頭の数学教師は言葉を失っている。全身から真っ赤な怒りのオーラを放っていた。

 一方、銀髪の彼女は澄まし顔で。


「ふーん。あんたなんかウンコ未満ね。ウンコですら肥料になって役に立つんだから。ミジンコに弟子入りして、生命のなんたるかを教わったら? そうしたら、1億年と2千年後には、人になれるんじゃないの」


 死神の鎌で、教師をメッタ斬りにする。


「おい、冷花。言いすぎだぞ」


 さすがに、割って入る。

 ここまで侮辱して停学にでもなったら、大変だ。

 だというのに。


「誰かと思えば、覗き野郎ね。女の子を丸裸にして、さぞかしご満足だったでしょう」

「ぐっ」


 冷花が怒るのも無理はない。僕は女の子の大事なところを見まくったわけだし。


「なっ、貴様、いまのはどういうことだ?」

「へっ?」


 もしかしなくても、勘違いされてない?

 しかも、学年主任の唾が僕のネクタイにかかったし。汚い。


「いえ、彼女が言っているのは比喩でして、実際に脱がしたわけじゃないですよ」


 すかさず釈明したのに。


「そんなことはどうでもいい」


 数学教師は僕の顔をまじまじと見つめ。


「おまえは対人支援部の部長だな」

「えっ、ええ」


 とりあえず、答えるも。


「貴様、これはどういうことだ?」


 気づけば、僕が追及されてるんですけど。


「神白の更生は貴様らに任せたはず。しばらくは、マシになったのだが……」

「はあ、そうですか」

「ところが、今日、授業の内容を巡って、このオレに噛みつきおった。どういうことなのか説明してもらおうか?」


 確かに、神白冷花と対人支援部の間で約束をした。僕たちが神白の恋愛探しを支援する代わりに、神白はおとなしくする、と。

 けど、僕に説明を求められても困るのだが。


「なんとか言ったら、どうだ?」


 マズい。とりあえず、なにか答えないと。


「あとで注意しておきますので、このくらいに――」


 僕が頭を下げたのに。


「あたしは間違ってないわ。教師のくせに間違った説明をするのが悪い。あたしたちが入試に失敗したら、どう責任を取ってくれるの?」


 神白がぶち壊しやがった。


「隠者くん。これは、あたしの問題。部外者が口に出さないでくれる」


 素っ気ない言い方に傷ついた。

 あれだけ冷花は僕を信頼してくれたはず。色でフラグを立てまくっていたし、最近では態度にも出ている。


 だが、僕が裏切ったから、脆くも崩れてしまった。


 と、そこで――。

 僕は強い違和感に気づいた。


 神白冷花に色が見えないのだ。ケンカしてるなら感情も動くはず。なのに、彼女の周りは無色透明。寝てる人や無心の人以外ではありえない。


 ふと、学年主任に目を向ける。一緒だった。色が見えない。真っ赤な顔で床を蹴り、怒っているのは明らかなのに。


 突然の異変に戸惑っていると。


「もういい。貴様ら、対人支援部は部としての実績を示せなかった」


 学年主任は苦虫を噛みつぶしたような顔をして。


「だから、年内で廃部だ」

「えっ?」


 さすがに、いきなりすぎる。


「そんなことできるんですか?」


 学年主任の一存で決められるのだろうか。


「貴様らのことは教頭に相談していた。生徒のメンタルフォローのために部の設立を許可したが、活動実績がないことを憂慮しておられた。そもそも、最初から部としては微妙だったのだよ。生徒が生徒の支援をするのは難しい。簡単にできるのなら、わざわざお金を払って、スクールカウンセラーなぞ雇っておらぬわけだ」


 長々と説明され、分が悪いことを悟る。


「オレが申し出れば、今週の職員会議で承認されるだろう」


 それだけ言い切ると、学年主任は去っていった。


 残された神白冷花はうつむいていて。


「なあ、冷花さん?」


 できるだけ優しい声を出したつもりだったのに。


「ごめんなさい。あたしのせいで……」


 蚊の鳴くような声で言うと、彼女は走り去っていった。


 始業のベルが鳴る。

 授業を受ける気分になれない。教室に戻る。


 教室にぽつりと。ひとりで物思いに耽る。


「全部、僕が悪い。みんなを騙していたから。真実を知った冷花が怒って……」


 ストレスのあまり、学年主任にケンカをふっかけたのかもしれない。

 その結果、死神の更生計画は失敗。対人支援部は廃部を言い渡された。


「もう、やめだ。隠者らしく引きこもるか」


 僕は帰り支度をすると、学校を出た。

 人とすれ違っても、色が見えなかった。

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