第16話 遊園地デート

「慎ちゃん、女の子は~褒められて成長する生き物なのよ~」


 モモねえが僕の耳元でささやく。吐息がくすぐったい。


「ほら、冷花ちゃん、きれいでしょ~?」


 つい、僕の視線も引き寄せられる。

 そこには、いた。清楚な人形が。


 マジで神白冷花なんだよな?

 スリットニットのトップスに、プリーツスカート、茶色のコート。地味目なコーデだが、白銀の髪とはよく似合う。


 私服姿の神白と会うのは初めてだが、完璧な美少女だった。

 実際、通りすぎる男は神白をチラチラと見とれている。


 僕は神白から目をそらして。


「その……似合ってるんじゃね」


 あえて、ぶっきらぼうに答えるが。


「慎司さま、不合格なんだよぉぉ!」


 美輝に怒られてしまった。珍しい。


「デートなんだから。もうちょっと感情を込めるんだよぉぉ」

「デートって、グループデートじゃん」

「グループデートでも、デートはデート」

「そうなのか」

「し、冷花さんが気合いを入れたの、見ればわかるんだよぉぉ。努力を認めてくれると女の子は自信がつくんだからぁぁ」


 まさか、美輝に完敗するとは。モモねえと似たようなこと言うし。


「……自分の魅力を上手に引き立たせてるな」


 すると、神白は頬を染めるとともに、全身からド派手なピンクを出す。

 こっちまで恥ずかしくなる。


「じゃあ、入るぞ」


 日曜日。先日、決めたグループデートの日。

 僕たちは遊園地に来ていた。といっても、家の近所なので、外出している気分はしないが。


 12月も中旬に入り、道行く人から年末特有の色を感じる。特に、カップル。がダダ漏れだぞ。


 僕は神白にチケットを渡す。

 うっかり、彼女の指に触れてしまった。


 ――ビクッ。


 死神は電流に打たれたように震え、慌てて手を引っ込める。


「ご、ごめん」

「ううん、あたしこそ……びっくりしちゃって」


 か細い唇から弱々しい声が紡ぎ出される。

 メチャクチャ照れているぞ。小学生からエロゲしておいて、このウブさ。


「そこのチミたち。ラブコメしてんじゃねえっての」

「夢紅ちゃん。めっ、だよ~」

「怒った白桃もも先生、かわいいんだよぉぉっ⁉」


 女子3人が先に進んでいく。


「僕たちも行くぞ」


 神白に呼びかけると。

 彼女は頬をそめて。


「…………手、つないでいいかな?」


 上目遣いでねだってくる。


「ぷはっ」


 つい笑ってしまった。


「なにがおかしいの?」

「だって、おまえ。指が触れただけで動揺したじゃん」

「ひどーい。あなただってムッツリなくせに。そんなに胸が好きなんだったら、おっぱいと結婚すれば。《パイオツの輝き》くん」


 美少女の豹変ぶりに、近くにいたスタッフのお姉さんが目を丸くする。


「あははは。普段どおりで安心したぞ」

「あっ、今日は毒舌を封印したつもりだったのに」


 神白はしまったと口を押さえる。

 その様子だと、毒舌だと自覚はあるようだな。


「せっかく、あたしが付き合わせたわけだし、楽しまないとね」

「その調子だ」


 神白はコートのポケットに手を突っ込むと、手袋を取り出した。手袋をはめ、僕の方に手を伸ばす。


 意味を理解した。

 僕は神白の手を握った。手袋なら、こっちも気が楽だ。


   ○


 夢紅たちはジェットコースターに乗ろうとしていた。

 ジェットコースターは車両も6両。相当古いらしくレトロ感がハンパない。


 どうしても、昔を思い出してしまう。

 小学校に入る前は、両親に連れられて、よく来ていた。当時は別の場所に住んでいたが、母の実家が近くにあった。母の実家に寄るたびに、僕はせがんでいたわけだ。


「どうしたの?」

「なんでもない。思い出補正にやられただけさ」

「意味わかんない」


 神白は首をひねりながら、ジェットコースターに乗り込む。

 自分の隣の席を指さし。


「あたしの隣に座ることを許すわ。変なことしたら、針千本飲ますから」

「針千本飲ますって、夢紅みたいなこと言うんだな」

「はっくしょん!」


 後ろからくしゃみの音がした。夢紅がいた。古典的なギャグかよ!


 レトロなジェットコースターは、速度も遅かった。体感的には自動車に毛が生えた程度だ。


 なのに、後ろから美輝の悲鳴が聞こえる。


 ジェットコースターを降りた後。


「うぅっ、ジェットコースター。マジでムリ~」


 青い顔をした美輝に肩を貸し、ベンチに座らせる。


「美輝ちゃん、わたし、膝枕しよっか~?」

「白桃先生のお膝がいいんだよぉぉ」

「うふふ、美輝ちゃんったら、かわいいんだから~」


 モモねえは膝枕をすると、美輝の金髪を撫でる。

 百合色が漂うふたりを見て、神白は。


「キマシタワー」


 ポツリと頬を染める。


「なら、ボクは女帝ちゃんのパイオツをもらう」


 夢紅が後ろに回り込むと、ワシワシ。セーターを盛り上げる双丘が、ダイナミックに動く。よりによって、身体に密着するタイプのセーターである。あざーす。

 近くにいた男たちの視線がモモねえに集まる。多くがカップルか家族連れ。連れの女性から物騒な色が噴き上がる。ヤバい。


「おま、やめとけ!」


 バカを羽交い締めにする。


「離せ、ボクも癒やされたいんじゃ!」

「あらあら、夢紅ちゃんったら~」


 モモねえは笑顔で応じる。衆人環視の中、ワシワシされたんだぞ。さすが女帝。見事なまでの余裕っぷり。


「じゃあ、お姉ちゃんたちは休んでるから」


 モモねえは僕を一瞥し、ニッコリ。


「冷花ちゃんをお化け屋敷に案内してあげて~」


 断れない雰囲気だ。


「お、おう。僕はいいけど」


 神白を見る。


「…………えっ」


 神白は心底嫌そうな顔をした。色を確認する。怯えていた。


「大丈夫か?」

「……う、うん。お化け屋敷が怖いなんて、あるはずないじゃない」


 白状してるんですけど⁉


「嫌なら、ムリする必要ないからな」

「無理はしてないわ」


 神白は仏頂面で。


「この遊園地、雑魚ね。ジェットコースターも歩いてるみたいだったし。なら、お化け屋敷もたいしたことないでしょう。あたしにケンカを売ったこと、後悔させてやるんだから」


 封印したはずの毒舌を吐く。


 数分後。お化け屋敷の前にて。

 江戸時代の屋敷を模した建物は、戦前に作られている。歴史がある分、お化け屋敷として迫力があるというか。廃墟じみてるし。


「本当にいいんだな?」

「もちのろんよ」


 止めたからな。泣くんじゃねえぞ。


 中に入る。薄暗い和室に数十体の日本人形がいた。


「ひぇぇっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!」


 隣から悲鳴が聞こえた。

 それだけでなく、僕の腕にしがみついてくる。


「慎司くん。もっとギュッとしてぇ」


 ムギュムギュと柔らか物質を押しつける神白さん。さっき、手をつなぐのも抵抗があったよね?

 気づけば、僕のことも名前呼びしてるし。


「引き返すか?」

「ううん、せっかくのお化け屋敷イベントだもん。遊園地に来て、お化け屋敷を回収しないなんて、エロゲプレイヤーとして失格よ」


 神白は僕の腕に顔を埋めながら、歩き始めてしまう。当然、前が見えないわけで転びそうになる。


「わかった。僕が先導するから」


 女の子の体温と感触、柑橘系の香りを感じながら、先を進む。

 恐怖を誘うBGMと、『恨めしや』の声だけでも怖いらしい。神白は何度も僕にしがみついてくる。


 スタッフさんも僕たちを見て、苦笑いをしていた。


 無事にお化け屋敷を出る。

 モモねえたちのところに戻りたいが、神白はノックダウン状態。夢紅が見たら、笑いものにされること間違いなし。


 神白に復讐するか、彼女の顔を立てるか。

 迷っていたら、スマホが震えた。


『お姉ちゃんたちケーキが食べたくなったから、あとはよろしく❤』


 モモねえからのメッセージだった。


「ちっ」


 気を利かせたつもりみたいだな。

 モモねえの考えが読めて、舌打ちしてしまう。


 神白を近くのベンチに座らせて、スポーツドリンクを渡す。

 落ち着いた頃、モモねえのメッセージを見せる。


 神白はうつむきつつも、全身が橙色だった。明るく、楽しい気分らしい。

 念のため、聞いてみる。


「僕とふたりでいいのか?」

「うん、せっかくだし、まだまだ回収できてないイベントもあるから」

「そっか」

「けっして、あなたといることが楽しいわけじゃないんだからね」


 無表情で、ピンク色を漂わせて。

 神白さん、説得力がなさすぎるよ。


 さて、どうしたもんか。


 ふたりきりになったとたん、神白が僕のことを意識してるのがバレバレで。

 色的にも、態度的にも、絶対に僕のこと好きとしか思えん。


 このまま疑似デートを続けて、本気になられたら困るんだが。

 けれど、神白に喜んでほしいとも、僕は思っていて。


 一休みしてから、ふたりで遊園地を回った。

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