船の到着(4)

 その日の夜も、ムラコフはラウロ司祭の船室に呼ばれていた。

「修理は順調だ」

 ラウロ司祭は、テーブルの上で両手を組んだ。

「昨日は一週間と言ったが、この調子だと五日程度で終わるかもしれないな」

「これも神のご加護ですね」

「ああ、そうだな。君も早く帰りたいだろう?」

「無論です」

 ムラコフの返事を聞くと、ラウロ司祭は満足そうに頷いた。

「しかしその前に、我らの本望を果たす必要がある」

 ラウロ司祭は大きく息を吸い込んで、それからこのように言葉を続けた。

「今日一日調べさせてもらって、この島のことはだいたいわかった。この島にはそれほどたいした資源はないが、しかし地理的に非常に重要だ。新大陸へ向かう途中の、中継点として使えるからな。今まで誰にも発見されていなかったことは、奇跡に等しい」

「……つまりは、ここを領地として押さえるおつもりでしょうか?」

「ああ、そうだ。仮にそうできれば、本来の使命以上の収穫になることは間違いない」

 そう言うと、ラウロ司祭は立派な羊皮紙を取り出した。

「誓約書だ。見たまえ」

 そこにはこう書かれていた。


『我らが国王は神の御名の元にこの土地を教化し、永遠に領地とする』


 話には聞いたことがあるが、現物を見るのは初めてだった。

 ラテン語で書かれた文章の下には、片側に国王のサインが入っており、もう片側は空欄になっている。

「酋長は、私が説得したが駄目だった。力尽くで無理やりサインさせることも考えたが、しかし船の修理に協力してもらっている以上、あまり事を荒げたくない」

 特に返事を求められている雰囲気でもなかったので、ムラコフはそのままラウロ司祭の次の言葉を待った。

「そのために、君をここへ呼んだんだよ」

「僕ですか?」

 ムラコフは首を傾げた。

「ラウロ司祭が酋長を説得できなかったとなれば、僕にできることは何もないような気がしますが――」

「いいや。私には無理で、君にだけ可能なことがある」

 それからラウロ司祭は、誓約書の右下の空欄の箇所を指差した。

「あの娘にサインをさせろ」

「なっ」

 ムラコフの反応には構わず、ラウロ司祭は言葉を続けた。

「酋長が無理なら、娘でいいではないか。聞いたところによると、来年には結婚して正式にこの島を継ぐのだろう?」

「しかし!」

「方法は何でもいい。もちろん穏便に説得できればそれが一番だが、ただそうすると、父親の耳に入るだろうからな。私の言いたいことがわかるな?」

「……我々は聖職者です。それなのに、何の罪もない娘を騙せと?」

「もちろん、強制はしないさ。納得できないのなら、この役目は引き受けなくていい。もし君が、このまま手ぶらで帰りたいと思うのならね」

 動揺を隠せないムラコフとは逆に、ラウロ司祭は至って冷静である。

「しかし、このまま手ぶらで帰って何になる? 今回の役に選ばれたことは、私はもちろん、君にとっても二度とないチャンスのはずだ。それに君もこの島のことが好きなら、なおさらここを我々の領地として、関係を作った方がいいんじゃないのかな? このまま放っておいたって、みすみす他の国に取られるだけだ」

「しかし……」

「やってくれるね?」

 ムラコフは返答に詰まった。

 感情では拒否しながらも、ラウロ司祭の命令に反発する理由が見当たらないのだ。

「……」

 結局のところ、ムラコフはその誓約書を受け取るより他なかった。

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