夕陽にバイバイ

 昨日の夜、前髪をパッツンにした。

今日は1歳下の幼なじみが留学に行く日だ。

パッツン前髪は決意の現れ。

今日こそ絶対に。

この長年の想いを伝えるのだ。


「何してんの?」


 部屋の扉を開けて、彼が入ってきた。

背中には小さなリュック。


「荷物少なくない?」


 私は彼の質問には答えずに聞いた。


「あぁ、もう先に送っちゃったから」


 あとは俺が行くだけ、と彼は笑った。

彼の見送りは私だけが行くことになっていた。

共働きの彼の両親は出発日を休みの日にするように言っていたが、平日しかチケットが取れなかったらしい。


「もう出るよ」


「うん」


 言葉少なに家を出た。

彼の少し後ろを歩く。

もうこんな風に一緒に歩くこともなくなってしまうのだろうか。


「なぁ」


 彼が後ろを振り向いて私を見た。

私が横に並ぶのを待って言った。


「チケット、本当は日曜日発のもあったんだ」


「じゃあ、何で平日にしたの?」


 彼が立ち止まって、私もつられて立ち止まった。

視線が合う。


「平日だったらお前と2人になれるから」


 呆然とした私を置いて、彼は歩き出した。

これってどういう意味なんだろう。


「早く! 飛行機行っちゃうって」


「ちょっと!」


 彼は私の手を握って走り出した。

それで、小さい頃を思い出す。

いつも手をつないで遊んでた。

あの頃は手を引いていたのは私だった。

泣き虫な彼は私がいないと何も出来なかった。

なのに、彼はどんどんたくましくなって。

気がつけばいなきゃ困るのは私の方で。


 夕陽が落ちてきて、茜色になった道にふたりの影が延びる。

繋がった2つの影が離れてしまう。


「どこにいたってお前のことを想うよ。大丈夫。離れたってまた繋がるから」


「うん。待ってる。だから、今はバイバイ……だね」


 搭乗口に消えようとする彼を見送る。

離れても大丈夫。

素直にそう思えた。


 くるりと彼が振り向いた。


「そういえば、何で前髪切ったのー?」


「ふふふ、帰ってきたら教えてあげるー」


 パッツン前髪は決意の表れ。

長年の片思いと決別するため。

彼に想いを伝えるため。

そう言ったら彼はどんな顔するかな?

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