影に日向に明野に

 サク、サク、と柔らかい落ち葉を踏みしめながらどんどん森の奥へと進んでいく。


 オオタカに続いてキタキツネ、更にその後ろに俺が付いている。時間など測っていないが、木々の隙間から覗く太陽が少し眩しくなったのでかなりの時間が経過したのだろう。


「そういえば二人ともローファーを履いてるんだな。足とか痛くないか?」

「平気よ」

「うん」


「ここは森のフレンズたちが移動に使うだからあなた達……特にヒトのぺろにも辛くは感じないはずよ」


 逆に心配されオオタカの優しさを感じたところで、周りの景色が一変し開けた場所に出た。湿った匂いが辺りを包み、優しいせせらぎも響いてくる。


 少し進んで見下ろすと、森の中に川が流れているのが見えてきた。


「ここが目的地なのか?」

「違うわ。もう少しよ。この崖を降りて上流に向かいましょう」

「崖……?」


 嫌な予感がしたと同時に、オオタカとキタキツネが地面に吸い込まれるようにして消えてしまった。


「おい!? っっぶな‼」


 そこは切り立った崖であり、建物一個分ほど下の高さにある場所に二人のフレンズは立っていた。

 身体能力一般人の俺がここを飛び降りたら確実に骨折する自信がある。


「降りられないなら運ぶわよ」


 煽るじゃないか!!

 オオタカが心配そうに手を振ったがここはヒトの男たるもの、できる所を見せるときである。


 周りを見ろ俺……ここは辺りで真ん中くらいに高い場所。大昔の侵食と隆起でできた丘に違いない。よっぽど大規模に崩れるか人の手が入っていなければ、間違いなく安全に下に降りるルートが存在する。


 あった。ちょうど上流側に存在する岩の凹み。


「ぺろ走り出したよ。何するのかな」

「あのヒト、無理してるわ」

「そうなの?」


 岩の側面を滑り降りながら着地点を見定め、渾身の力を込めて足場を蹴る!!


 もう少し余裕が欲しかったが木の枝を掴みながら下の岩に着地し、そこから一気に飛び降りた。ここからならあの二人まで最短ルートだ。


 着地までは完璧だった。


「そりゃ!!!! どうだ、これが賢い人間のちかラッ!?」


 足場が不安定でぬかるんでいる事は想定外だった。踏ん張れずにその場で転倒し、転がりながら川の浅いところに頭から突っ込んだ。



 ───────────────────────


「もう!!」

「うう……すいません」

「あははは!!」


 フレンズ二人に落ち葉やら泥やらを取ってもらいながら、同時進行でオオタカにめちゃくちゃ説教された。


「セルリアンが居たらどうするの」

「はい」

「怪我でもしたら試験入園? 中止になるわよ」

「仰るとおりでございます」

「今日は案内とだけ聞いてるから救急箱持ってないのよ」

「そうです」

「あんな無茶して……」

「仰せの通りです」


「ここに二人フレンズが居るんだから、一人でできないことは手伝うわよ」


「おお……おおお……」


 感動のあまり、体が勝手にオオタカの手を取って強く握りしめた。


「ありがとう‼」

「え、ええ……とにかく行くわよ」

「タカやさしい、ギンギツネみたい」


「二人とも、私が彼女ほど優しいと思わないことね」


 ───────────────


「よっ、はっ、ほっ!」


 オオタカが少し先で待っていてくれている。俺はそこを目指して必死に走っているが、待たせすぎて申し訳無くなってきた。最後に大きな岩を飛び越えて、ようやく二人のフレンズに追いついた。


「はあ……遅くてごめんよ」

「あそこはフレンズ以外に簡単に来られたら困るの。これでもヒトには一番楽なルートなのよ」


 オオタカが初めて険しい目つきを見せた。

 意外と人間を警戒してるようだ。おそらくあの太眉達からの事を色々聞いているのだろう。悪い人間などそこら中に居る。


「あなたの事は隊長たちから聞いてる。だから信じるし、大事な場所にも連れて行く」

「俺が悪いヒトだったらどうする? 隙を見せたら襲っちまうかもな」


「ん。ぺろ、タカのこと襲うの?」

「は!?」


 キタキツネが目を輝かせてしまっている。いやなんでだよ。


「げぇむでみたことあるよ。えっと、勇気を出せないヒトを襲ってつがいになるんだよね。そういうのを、えーと、えーと、


 こんぜんこーしょー婚前交渉っていうんだよね! ボクしってる」


「キタキツネ。言葉の意味をよく知らないなら人前で言うべきじゃないぞ」


「ヒトのつがいって大変なのね……勉強になったわ」


 君も感心している場合じゃないだろう。

 本当にやっちまうぞ。

 二人同時に。

 婚前交渉。


 ───────────────


「あなた達も見えてきたかしら? あの木がいっぱい生えてる場所の中心が目的地よ」

「ボク見えない」

「見えるわけがない」

「あら残念。もう少し歩きましょう」


 話した場所から更に歩き続けると、妙に木々の密度が高い場所が見えてきた。目を凝らすと、まるで子供の頃映画で見たような大木が、その葉で辺り一面を覆い尽くしているのが見える。


「更に奥にいきましょう。ちゃんとついてくるのよ」

「分かった」

「うん」

「ぺろは……大丈夫ね。キタキツネはあまり強く根を踏むと木が弱るから、慎重に歩きなさい」

「こゃん」


 一気に樹海のようになり、どこを歩いても木の根を踏んで転びそうになってしまう。


 顔を何度も枝にぶつけながら進んでいくと、開けた場所に出た。


「なんだ? 妙に明るいぞ」

「目が慣れないなら無理に歩いちゃだめよ」

「わっ! きれい……」


 視界が鮮明になるとともに、目の前の景色がはっきりとしてきた。


 泉だ。


 見上げると、泉の水を避けるように森の木々に丸い穴が空いており、そこから光が差し込んで水面に反射している。

 少し進んで覗き込むと、底に沈んだ枝の一本まで数えられるほど透明度が高かった。


「綺麗だ。こんな場所、パークの外じゃ見れないよ」

「ふふん。周りも見てみると良いわ」


 言われた通りに周りを見渡すと、泉の周りには色とりどりの花が咲き誇る花畑が広がっていた。


「天国か……ここは……」

「気に入ってくれてよかったわ」

「この場所はなににつかうの? みんなでだらだらするの?」

「だらだら……そうね。大体合ってる。秘密のお話をしたり、ただ寝たり。ここで鍛えてるフレンズも居るわ。使ったフレンズが花の世話をするルールなの」


 いいな。俺もここで暮らしたい。


「少し休むわ。ぺろも休んだほうが良いわよ。もう体力ないでしょう」

「お言葉に甘えて」


 俺は柔らかな草の絨毯に身を投げ出してその場で休むことにした。まだ昼になっていないが一連の運動のせいで足がパンパンで体が重い。


「キタキツネ」

「なに?」

「ここで昼までごろごろしようか」

「じゃあボクあっち行ってくるね」


 そう言い泉の方へ駆けていったので見てみると、泉の真ん中にある小島にオオタカが腰掛けているのが見えた。

 裸足になって足だけ泉に浸かり、体を冷やしているようだ。


 キタキツネは一飛びで小島に飛び乗り、同じように泉に入った。


 二人の仲も良さそうなので、ここはオオタカに任せて良いだろう。


 目を閉じて草が揺れる音を聞いていると、そのまま深い眠りに落ちた。


 ───────────────


「あ、寝ちゃった」

「必死に走ってたから疲れたんでしょう」


「キタキツネ、試験入園のヒトと……ぺろと過ごしてどう?」

「たのしいよ」

「随分簡潔ね。でも、あなたの顔を見る限りそれは本当みたい」

「うん。ふふ」

「なによ」

「なんでもない。ボクのど乾いた」

「後ろに新鮮な水が湧いてる場所があるわ。フルーツも育ててるから食べていいわよ。もちろん他のフレンズの分も残してね」



「こゃん」

「いっぱい取ってきたのね」

「ボクたべかた分からない」

「皮を剥くだけよ」

「タカ、やってー」

「あなたを甘やかしすぎないようギンギツネに言う必要があるわね……」



「よく食べるのね」

「そうかな」

「あなた少したくましくなったかしら?」

「……?」

「探検隊に入らない? キタキツネまた招待状貰ったんでしょう」

「ボクだらだらしたい」

「あなたゲームの技を見様見真似で使えるんでしょう。オイナリサマが言ってたわ」

「やー。やーだー」

「見学だけなら良いでしょ? この後帰るついでに見て行ってよ」

「えー」


 ──────────────


「おっと……」


 寝すぎたかと焦って時計を見ると、まだ昼までは余裕があった。


「キタキツネ、オオタカ、そこにいるか」

「ボクここだよ」


 声の聞こえた方を見ると、さっきと同じ小島にキタキツネが座っているのが見えた。


「タカ寝ちゃった。どうしよう」

「まさか体調崩したのか?」

「ううん。ボクも一緒に寝てたけど元気なはずだよ」


 キタキツネの居る小島に飛び移ってみると、確かにオオタカが地面に横たわって寝息を立てていた。


「オオタカ。おーい」

「タカ? 起きないの?」


 呼びかけても肩を叩いても反応はない。


「きっと疲れてるんだ」

「やっぱり、探検隊って大変なのかな」

「ほとんど休みみたいなもんって言ってたが、オオタカは大変らしいよな」


 ここに来るときに探検隊についてあらかた説明をしてくれていた。パトロールをしたり、フレンズの保護をしたり、本格的に開園したらお客さんのサポートをすることもあるとか。


 しかしオオタカのチームは事情あって集まりが悪いということも話してくれた。なにやら本業がアイドルだったり、気分屋すぎてやる気がなかったりするフレンズがいるらしい。


「ふんふん」

「どうかしたか」


 キタキツネがいきなり鼻を鳴らしながら、オオタカの手を取った。


「手からセルリアンの匂いがする。さっきぺろが握ったから匂いが混ざってるけど」

「セルリアン?」

「うん。それにね。ボク、ここに来る途中でタカのサンドスターが舞ってるのを見たんだ」

「一体どういうことだ?」

「フレンズはね、野生解放したりを使ったりするとサンドスターのざんし残滓が漂うんだよ」


 キタキツネが冷静にオオタカの体を分析している。


 セルリアンの匂いにサンドスターの残滓。パークについてはあまり明るくないが、つい最近オオタカがセルリアンを倒したと判断していいだろう。


「来る途中他のフレンズのサンドスターは感じたか?」

「ううん。無かったよ」

「それじゃあたった一人で戦ってたのか……それも、俺たちが安全にここに来れるために」

「それにここは守護けものの結界の中だよ。あれを通り抜けるなんて、ぺろよりずっと大きくて強いやつしかありえない」


 オオタカ……


 それなら今の揺すっても起きない状況に納得がいく。きっとサンドスターやらなんやら、気力さえも使い果たして戦ったんだろうな。


 そんなことを考えながらふと時計を見ると、すでに出発の時間になっていた。しばらく見守っていたがオオタカは眠ったままだったので、おぶっていくことにした。


「こんなきれいなところ教えてくれてありがとうな、オオタカ」


「クールに……ムニャア」


 ────────────────


「ふわぁ」

「あ、タカ起きてるよ」

「起きたか? もう拠点は目の前だぞ」


「あれ……なんで私寝てたのかしら……?」

「泉であのまま寝たんだよ。揺すっても起きなかったぞ」

「はう……悪かったわね」

「なあ」


「ん?」


「俺らのために危険を排除してくれてたんだろ?」

「あの場所を守っただけよ」

「でもボク泉と離れた場所でもタカのサンドスターみたよ」


 後ろから聞こえていたオオタカの声が聞こえなくなってしまった。


「素直じゃないな。一人じゃ難しいなら任せろって言ってたのはどこの誰だ? まあいいや、キタキツネが言いたいことあるってよ」

「ん?」

「わ……えっと、えっとね? ボク探検隊に入る」

「あら……!」


 オオタカはするりと俺の背中から降りた。もう先程の疲れた表情はどこにもなかった。


「だからオオタカ、もう無茶するなよ」

「ええ。忠告ありがとう。そうするわ」



 そんな話をしながら歩いているとにぎやかな声が聞こえ、探検隊の拠点に到着した。珍しく定刻に間に合って集合できた。これは喜ばしいことだ。


 タカは太眉と話した後先に拠点に入っていったので、キタキツネを連れてその後に続いた。


「背中が軽くなっちまった」

「なんか、変なこと考えてる?」

「え? やめてくれよ」

「ぺろ、かおこわい」


 変なことなど考えていない。


 俺はただ、背中に残る柔らかなタカの感触と、もちもちの太ももに思いを馳せていただけだ。

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カクヨムユーザージャパリパーク旅行記 ペロ2視点 ペロ2 @bide114514

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